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静寂の回廊

 谷を抜けた先、空気が変わった。

 風が止み、雪の音さえ消えた。

 世界が一瞬、息を潜めたように感じられた。


 足元を覆う氷は鏡のように滑らかで、歩くたびに靴音が反響する。

 それはまるで、誰かが彼らの足跡を見守っているかのようだった。


「……この感じ、嫌な気配だな」

 ガルドが低く唸る。

 炎翔の刃先がかすかに蒼く染まり、空気の温度が下がる。


 リュシエルが歩みを止め、壁に手を当てた。

 氷の中には淡い光を放つ影が浮かんでいる。

 それは人の形をしている――けれど、動かない。


「……人? でも、凍ってる……」

 セリスの声が震える。


 リュシエルは指先で氷をなぞった。

 その中の影が、まるで応えるように淡く光を放つ。

 薄く、春の花を模した紋章――フロリエールの象徴が見えた。


「……嘘。これ、春の祈堂の紋だわ」

「春の国の?」

 リーナが眉をひそめる。

 リュシエルはこくりと頷いた。


「母が仕えていた場所。……どうしてここに?」


 その瞬間、氷壁の奥から淡い光が広がった。

 周囲の影が揺れ、光の粒が舞い上がる。

 風が逆流するように流れ、彼らの前に“幻影”が浮かび上がった。


 それは一人の女性――

 白銀の髪を揺らし、穏やかな微笑を浮かべる巫女。

 その隣には、蒼の外套を纏った一人の男。


「……母さん……?」

 リュシエルの声が震える。


 男の顔は、氷の光の中で輪郭しか見えない。

 けれど、どこか懐かしい声が響いた。


『この子を……守る。たとえ、世界を敵に回しても』


『ええ。私たちの春が、凍らないように……』


 声が途切れると同時に、幻影は崩れた。

 氷の粒が空中で砕け、白い霧となって消えていく。


 沈黙。

 誰も言葉を発せなかった。


「……今の、いったい……」

 リーナが小さく呟く。


 リュシエルは俯き、母の形見の剣を握り締める。

 その手が震えているのを、ハルトは見逃さなかった。


「……母は、誰かと……誰かに託してた」

「誰に?」

 ハルトが問いかける。


「……わからない。でも、声を聞いた気がする。冷たくて……でも、悲しそうな声」


 彼女の言葉とともに、剣が淡く光る。

 その刃の中に、一瞬だけ――

 “蒼い外套の影”が映った。


 ハルトは息を呑む。

 見たこともないはずの光景なのに、胸の奥がざわついた。

「……この気配……なぜだ、どこか……懐かしい」


「“白氷”……クロード……」

 リュシエルの唇から、その名が零れ落ちた。


 その瞬間、冷気が走る。

 氷壁の奥から、かすかな蒼光が脈動した。

 まるで呼応するように、遠くから低い鼓動が響く。


「……奥だな」

 ガルドが剣を構える。

「行こう。この先に、答えがある」


 ハルトは頷き、仲間たちを導くように前を向いた。

 足元の氷が淡く光り、道筋を描く。


 その光は、まるで誰かが彼らを導いているようだった。

 だが、それが“誰の意志”なのか――まだ、誰にもわからなかった。

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