雪の灯
吹雪の中を走り抜け、ようやく風を遮る岩陰を見つけた。
ハルトたちはそこで身を寄せ、凍えた息を吐く。
外では雷鳴が遠ざかり、ただ雪だけが静かに降り続けていた。
「……ここまで来れば、ひとまず安全か」
ガルドが炎翔を地に突き立て、剣身に残った雷の焦げ跡を拭った。
その傷跡が、戦いの苛烈さを物語っている。
リーナが矢筒を抱えたまま、ほっと息をついた。
「でも……あんな魔法、初めて見た。雷がまるで生きてるみたいだった」
「鎖は“命”を縛る術……」
リュシエルが低く呟き、風の精霊を呼んで雪を払う。
「それを自在に操るなんて、人間の領域じゃない」
ハルトは雪を払いながら、周囲を見渡した。
「どのみち、この国では補給も休息も期待できない。氷冥王の支配下だ。
――立ち止まれば、すぐに飲み込まれる」
そう言って、彼は炎翔の側に膝をついた。
ガルドが無言でうなずき、剣の刃先をわずかに地へ突き立てる。
その瞬間、紅の火花が散り、雪を溶かした。
そこから小さな炎が生まれ、焚き火がともる。
「……助かったわ」
リーナが手をかざし、わずかな温もりに息を漏らす。
セリスは壁にもたれ、光を失いかけた杖を握り締めていた。
その宝珠が、ふいに淡い光を放つ。
「セリス?」
ハルトが駆け寄る。
次の瞬間、杖から幻のような光があふれ、洞の奥に像を結んだ。
――氷の湖。
その中央で、白い髪の女性が静かに立っている。
冷たい涙が頬を伝い、地に落ちるたびに氷の結晶が生まれていく。
「……セラフィナ……?」
ハルトが名を口にした瞬間、幻は音もなく砕け散った。
セリスが目を開き、かすれた声で言った。
「……見えたの。氷の中で……誰かが泣いてた」
誰も言葉を返せなかった。
ただ焚き火の音が、静かに雪の洞を満たす。
リュシエルはしばらく黙って炎を見つめ、それから静かに言った。
「この国の寒さは、ただの氷冥王の術じゃない。
誰かの“想い”が、まだここに縛られてる気がする」
ハルトが目を細め、低く呟いた。
「……なら、凍ったままにはしておけないな」
ガルドは炎翔の柄を握り直し、火に映る剣身を見つめた。
「この寒さの奥に……まだ戦いが待ってるってことか」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
焚き火がぱち、と弾ける音が、決意のように響いた。
外では再び吹雪が舞い始める。
その音は、まるで遠い誰かのすすり泣きのように――
けれど、焚き火の灯は確かにそこにあった。
小さくとも、消えぬ希望の光として。