雷鎖
雪を踏みしめる音だけが響いていた。
吹雪の止んだ冬の荒野は、まるで息を潜めたように静まり返っている。
だがその静寂の奥に――異様な気配があった。
「……止まって」
リュシエルの耳がぴくりと動く。
精霊の囁きが、かすかに風を裂く雷鳴を告げていた。
「感じる……雷の気配。けど、空じゃない。地の底から……」
セリスが息を呑む。
その瞬間、大地を貫くような閃光が走った。
白銀の雪原が一瞬、昼のように照らされる。
そして、黒煙の中から歩み出た男――その全身に鎖のように走る青白い雷。
無数の雷鎖が背後で蠢き、まるで意思を持つ蛇のように空を裂いていた。
「“雷鎖”ヴェルグ……」
ガルドが低く名を呟く。
帝国騎士団時代に、戦場の記録で見た名だ。
黒羽の幹部の一人――戦場の支配者。
「ここを越えようとする者は、誰であれ斬り捨てる」
低く響く声。
だがその言葉には激情も憎悪もなかった。
ただ、淡々とした“任務の宣告”だけがあった。
ヴェルグの掌がわずかに動く。
空気が唸りを上げ、次の瞬間、雷の鎖が地面を這うように走る。
その一撃は、まるで大地そのものを拘束するような軌跡を描いた。
「来るッ!」
ハルトが前に出て、剣を振り抜く。
雷光が弾け、金属のような衝突音が響く。
だが、衝撃は凄まじく、長剣ごと弾き返された。
ガルドが大剣を構える。
炎翔の刃が紅蓮の弧を描き、雷の鎖を焼き払う。
しかし――燃え上がった炎の中で、雷はなおも生きていた。
青白い閃光が炎を裂き、逆に彼の腕を痺れさせる。
「……くそっ、力じゃ押し切れないのか!」
ヴェルグの瞳が一閃した。
彼の周囲で雷鎖が渦を巻き、空中に円陣を描く。
それは術式でも魔法陣でもなく、まるで戦場を“構築”するかのような精密な制御。
「雷鎖陣――展開」
その言葉と共に、氷雪の荒野は一瞬で雷の檻と化した。
逃げ場を失った仲間たちを、無数の光鎖が囲む。
セリスが杖を掲げ、光を放つ。
「聖域の環よ、雷を断て――!」
聖なる障壁が張り巡らされ、雷を一時的に遮断した。
だが――彼女の額から汗が滴る。
「っ……力が強すぎる……!」
「見事だ」
ヴェルグがわずかに口角を上げる。
「だが、“守り”だけでは戦は終わらん」
その瞬間、雷鎖が一斉に地面に突き刺さり――氷原が爆ぜた。
雪と氷が吹き飛び、轟音が夜を裂く。
リーナが矢を放つが、雷の壁に弾かれ、空気を焦がして消える。
「くっ……距離を取る! 一度退くんだ!」
ハルトの叫びに、ガルドが頷き、リュシエルが精霊の風を起こす。
暴風が吹き荒れ、雷の陣の一角を押し広げた。
「……ほう、そうくるか」
ヴェルグの瞳に冷たい光が走る。
「ならば、鎖を増やそう。お前たちが二度と結べぬように――」
雷が再び迸る。
夜の荒野が白く染まり、戦場が完全な光の牢獄と化した。