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再び、凍ての空の下で

 氷の洞を出ると、吹雪はすでに止んでいた。

 灰色の空の下、果てしない雪原が淡く光を返している。

 風もなく、世界が息を潜めたように静まり返っていた。


 ハルトは振り返った。

 洞の奥には、もう誰の姿もない。

 ついさっきまで隣にいたはずのセラフィナが――いない。


「……セラフィナ?」

 声は氷壁に吸い込まれ、返事はなかった。

 そこに残されていたのは、白い花のような氷の結晶がひとつ。

 淡い光を内に宿し、静かに脈打つように揺れている。


 ハルトはそっと膝をつき、掌で包んだ。

 冷たいはずの結晶は、不思議とあたたかい。

 指先から伝わる微かなぬくもりが、彼女の気配を確かに伝えていた。


「……消えたのか。それとも……」

 夢を見ていたような感覚が、胸の奥で渦を巻く。

 あの涙も、あの笑みも、幻だったのかもしれない――そう思う自分と、

 けれど確かにここにいたと信じたい気持ちが、心の中でぶつかり合う。


「……行くよ、セラフィナ」

 小さく呟き、結晶を胸元にしまう。

 心の奥で、かすかな鼓動が呼応した。


 雪を踏みしめ、一歩、また一歩。

 吹く風が足跡をさらっていく。

 それでも、その軌跡は確かに彼女のもとへと続いていた。


 やがて、遠くから声がした。


「――ハルト! ハルトなの!?」


 その声に顔を上げる。

 丘の向こう、吹きすさぶ雪を割って、仲間たちの姿が見えた。

 リュシエルが先頭に立ち、ガルドとリーナ、そしてセリスが駆けてくる。


「やっと見つけた……!」

 リュシエルは息を弾ませながら、ハルトの肩を叩いた。

 その目には、心配と安堵が入り混じっている。


「心配したんだから。まったく……ひとりでどこまで行ってたのよ」

「悪い。少し、道案内をしてもらってた」


「誰に?」とリュシエルが首を傾げる。

 ハルトは一瞬だけ言葉を探し、穏やかに微笑んだ。

「……寒さを知らない人に、ね」


 意味のわからない言葉に、リュシエルは眉を寄せたが、追及はしなかった。

 セリスが杖を掲げ、淡い光を灯す。

 雪に覆われた丘の先、氷の大地が果てしなく広がっている。


「――この先が、“永冬の原野”。黒羽の本陣があるのはその奥ね」


 ガルドが大剣を背に、低く息を吐く。

「氷冥王の手先がひしめいてるって話だ。気を抜くな」


 リーナは弓を握りしめ、吹く風を読む。

「風の流れが変わってる……。何かが、近づいてる」


 その時だった。

 地の底から、雷のような音が轟いた。

 雪原のあちこちが盛り上がり、氷の亀裂が走る。

 黒い鎖のような稲妻が、大地を這うように走った。


「なに……これ……!?」


 リュシエルが目を見開いた。

 セリスの杖が共鳴するように光を放つ。


「この魔力……強い。あれは……“雷鎖らいさ”の気配よ」


 ハルトの胸に、不穏な鼓動が鳴った。

 彼は結晶を握り締め、仲間たちに向き直る。


「行こう。ここを越えれば、黒羽の本拠が見えてくる」


 吹雪が再び荒れ始める。

 遠く、雷光の中に――鎖のようにうねる影が揺らめいた。

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