凍てつく心核
洞窟の奥は、息を呑むほど静かだった。
氷壁に閉ざされた道を進むたび、足音が反響して、まるで遠い誰かの声のように返ってくる。
ハルトとセラフィナは慎重に進んでいた。手にした灯火の明かりが、青白い壁を淡く照らす。
「この先に……何かがあるのね」
セラフィナの言葉は、確信というよりも、自らに言い聞かせるようだった。
やがて、空気が変わった。
凍りついた通路の先、氷壁の中央で淡い光が脈動していた。
それはまるで、氷の中に閉じ込められた雫――冷たく、美しく、そして苦しいほど儚い。
ハルトは息を呑む。
「これが……“凍った涙”ってやつか?」
セラフィナは頷き、ゆっくりと氷壁に手を伸ばした。
指先が触れると、氷の奥で脈打つ光がわずかに反応し、まるで彼女の存在を確かめるように脈動する。
「……私の一部。
ずっと昔に――ここに置いてきた“何か”。」
彼女の声には、震えがあった。
それが寒さのせいではないことを、ハルトは直感で理解する。
彼は一歩近づき、彼女の肩に手を置いた。
「なら、取り戻そう。ここで凍らせたままにしておく理由なんてない」
セラフィナは振り返らなかった。
ただ、氷の中で揺れる光を見つめ続けた。
「……怖いの。
もし、これを取り戻したら……私は、また“泣く”かもしれない」
「泣くのは悪いことじゃない。
それが生きてる証だ」
ハルトの声は柔らかく、静かに響いた。
その言葉に導かれるように、セラフィナはもう一度、氷へと手を伸ばした。
指先が氷に触れた瞬間――。
眩い光が洞窟全体を包み、風が巻き起こる。
氷の結晶が砕けるような音とともに、セラフィナの心に何かが流れ込んだ。
過去の記憶、凍らせた感情、そして失われた温もり。
瞳から、一粒の雫がこぼれ落ちた。
それは氷ではなく、確かに温かい涙だった。
「……あたたかい」
呟いた声が、白い息となって消える。
ハルトはそっとその隣に立ち、光の中で目を細めた。
氷壁の奥、砕けた結晶がゆっくりと光を失っていく。
けれどそこにあったのは、喪失ではなく――再生の静けさだった。