氷の山脈
雪は絶え間なく降り続けていた。
足を踏み出すたびに膝まで沈み、吐く息は白く凍る。
見渡す限りの銀世界――それでも、彼らは止まらなかった。
「……すごい。森が全部、氷に飲まれてる」
セリスが呟いた。杖の先に灯る小さな光が、雪の反射を受けて青白く瞬く。
「ここが“冬の国”ノクトヘイムか」
ガルドが雪に覆われた岩を見上げながら言う。
「まるで、生きてるみてぇだな。山が息してる……」
風が吹くたび、雪の壁が軋み、どこか遠くで氷の砕ける音が響いた。
リーナは矢筒を握りしめ、警戒を解かない。
「気を抜かないで。……誰かに、見られてる」
その言葉と同時に、ハルトが剣に手をかけた。
「感じるな。……この圧、瘴気じゃない。何か――もっと重い」
吹雪が裂ける。
氷柱の向こう、巨人のような影がゆっくりと姿を現した。
身の丈は人の倍近い。
大地を踏みしめるたびに雪が弾け、氷の結晶が空を舞う。
全身が岩と氷で覆われた異形の男――《剛壁》ダルガ。
「貴様らか……氷冥王の地を汚す愚か者どもは」
その声は雷鳴のように響き、雪を震わせる。
ハルトが一歩前に出る。
「俺たちはただ進むだけだ。この冬を、終わらせるために!」
ダルガの瞳にわずかな笑みが宿る。
「終わらせる……? ならば、その“決意”がどれほど脆いものか、氷で試してやろう」
地面が鳴動した。
次の瞬間、足元の雪が爆ぜ、巨大な氷柱がいくつも突き上がる。
「避けろッ!」
ハルトの声と同時に、全員が散開。
リーナの矢が一瞬の隙を突いて放たれたが、氷の壁に弾かれて砕け散る。
「硬い……まるで、大地そのもの!」
ガルドが前に出て大剣を構えた。
「なら、力で砕く!」
炎翔の大剣が紅蓮の軌跡を描き、氷壁を叩き割る。
だが――割れた氷の奥に、さらに厚い氷が層を成していた。
「馬鹿な……っ!」
「無駄だ。」
ダルガが腕を振ると、砕けた氷片が浮き上がり、弾丸のように降り注いだ。
ハルトは剣を振り抜き、リュシエルが精霊魔法で風の障壁を張る。
「ウィンド・シェル!」
氷片が弾かれ、雪煙が舞い上がる。
セリスの声が響く。
「《星輪の杖》、光よ――!」
聖光が走り、仲間の傷を癒す。
しかし、光が届く前にまた氷柱が生まれ、道を塞いだ。
「……こんなの、戦いながらじゃ進めない!」
リーナが叫ぶ。
ガルドは歯を食いしばり、背中越しに言った。
「俺が前を割る。おまえらは突破口を見つけろ!」
大剣が唸り、氷の壁を押し返す。
その瞬間――地響き。
上方の崖が大きく裂け、雪塊が崩れ落ちる。
「……雪崩だッ!」
ハルトが振り返る間もなく、視界が白に呑まれた。
轟音と共に世界が揺れ、すべてが吹き飛ぶ。
リーナが叫ぶ声も、セリスの光も、届かない。
ただ、氷と雪の奔流の中で――ハルトの姿が消えた。