宮廷魔導師ヴェルネ
それはまだ、フェリオーネが「実りの国」と呼ばれていた頃のこと。
ヴェルネは王宮に仕える若き宮廷魔導師だった。栗色の髪を結い上げ、白の法衣に身を包み、誰よりも勤勉に「秋の理」を研究していた。
「秋は、死ではない。循環の理。落ち葉は腐敗し、やがて大地を肥やす……」
彼女は幾度となくそう語り、王や学者たちに論を説いた。
だが王は、秋を「収穫の象徴」としてのみ利用し、豊穣の祭りのための儀式を強いるばかりだった。
ある年――大飢饉が訪れる。
瘴気の走りともいえる黒き病が森を侵し、畑を枯らした。
ヴェルネは必死に儀式を進言したが、王は聞き入れなかった。
「民は励ましを求めている。実りの祭りをやめるわけにはいかぬ」と。
彼女は裏切られた思いに沈んだ。
研究を尽くしても、真実を訴えても、王も、民も、誰も耳を貸さない。
やがて飢えに倒れる民を目の当たりにしながら、ヴェルネはひとつの結論に辿りついた。
「――人は“秋”を理解できない。ならば、私が秋そのものを顕現させる」
その夜。
城を離れ、彼女は瘴気の結界へと足を踏み入れた。
闇は甘い囁きを与える。
“秋は衰退。秋は死。秋はすべてを閉ざす理”――。
彼女の胸に渦巻く孤独と憎悪は、その囁きを拒めなかった。
かくして、宮廷魔導師ヴェルネは死に、黒羽の幹部「秋葬」として甦った。
「秋は生の巡りではなく、終わりそのもの……。すべてを葬るためにある」
その声には、かつて王宮の書庫で未来を夢見ていた少女の面影は、もうどこにもなかった。