幼き日のリーナ
秋の森は静かで、鳥の声と木々のざわめきだけが響いていた。
まだ小さなリーナは、ひとりで木の根に腰かけていた。
「どうした、顔を曇らせて」
声をかけてきたのは父――エルフの王だった。
威厳を湛えながらも、その眼差しは娘を見つめる時だけ柔らかかった。
「……わたしは、混じりものだから」
リーナはぽつりと呟いた。
「みんな、そう言うの。お母さんが人間だから、私は本当のエルフじゃないって」
王はしばし沈黙し、やがてリーナの頭に手を置いた。
「血など関係ない。おまえは私の娘であり、この森の命と同じように尊い」
その声は力強く、だがどこか切なさを含んでいた。
リーナはまだ納得できずに顔を伏せたが、父の手の温もりだけは忘れなかった。
⸻
また別の日。
村の外れで木剣を振っていたリーナの前に現れたのは、オルドだった。
まだ壮健な頃で、その眼は今よりもさらに鋭い。
「嬢ちゃん、剣を振りたいのか」
「……強くなりたい」
「なぜだ?」
「誰にも、混じりものって言わせたくないから」
オルドは豪快に笑った。
「いい答えだ。なら剣を振れ。振り続けろ。誰も口を挟めぬくらいの剣を手にすれば――黙らせられる」
その日から、リーナは小さな体で何度も剣を振った。腕が痛くても、膝が震えても。
オルドの言葉が、彼女の背を押し続けていた。
⸻
大人になった今でも、リーナは時折その夢を見る。
父の手の温もり、オルドの笑い声。
――だからこそ、戦える。
あの日の悔しさと誇りを胸に、仲間と共に。