冬の国出発前夜
夜の帳が降りると、エルフの里は静寂に包まれた。
秋を越えた安堵がほんの少し漂ってはいたが、誰も気を緩めることはできなかった。
明日には冬の国へ向かわねばならない――そこはすでに氷冥王の領域、敵の本拠。
焚き火を囲み、仲間たちはそれぞれの思いを胸に沈黙していた。
最初に口を開いたのは、ガルドだった。
「……あの王も言ってたな。クロードは氷冥王の右腕だって。正面からやり合えば、こっちが砕け散る可能性のほうが高い」
低い声には、ただの不安ではなく、戦士としての冷徹な現実がにじんでいた。
リーナが顔を上げる。
「それでも行かなくちゃ。……私たちが止めなきゃ、冬は終わらない」
握り締めた双紅弓刃に、紅の光がかすかに脈動した。
セリスは小さく息を吐き、杖を見つめながら呟いた。
「私の力は……まだ足りない。聖癒光環だって、何度もは使えない。……それでも、みんなを守りたい。守れる自分でいたい」
震える声を最後まで言い切ると、ハルトが静かに頷いた。
「おまえが支えてくれるだけで、俺たちは何度だって立ち上がれる」
その言葉に、セリスは少し目を潤ませ、黙って微笑んだ。
リュシエルは焚き火の炎に視線を落としたまま、淡々と口を開いた。
「……冬の国は、私たちのこれまでの旅とは違う。誰も助けてはくれないし、逃げ場もない。だからこそ、互いに信じ合うしかない」
その冷静な言葉は、逆に仲間たちの心を固めた。
ハルトは長剣を膝に置き、刃を撫でるように見つめた。
「……空っぽの俺でも、今は分かる。戦う理由は仲間のためだ。どんな氷の闇に閉ざされても、絶対に折れない」
焚き火の火が、ぱちりと音を立てて弾ける。
その赤い光に照らされた仲間たちの顔には、疲れが刻まれていながらも、確かな決意が宿っていた。
やがて、リーナが立ち上がり、夜空を見上げて呟く。
「……この夜を越えたら、もう引き返せない。だからこそ、今日だけは迷わないでいよう」
星々が静かに瞬き、彼らを見守っていた。
冬の国へ向かう旅立ちの前夜――それは、決意を確かめ合う最後のひとときだった。