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秋を越えて

 赤黒い瘴気が結界を満たし、視界すら霞む。

 ヴェルネは指先をかざし、漆黒の炎を渦のように巻き上げる。


「抗う意志……それを踏みにじるのが、私の“秋葬”よ」


 炎が一斉に放たれた。

 大地が割れ、空気そのものが焼かれる。


 ガルドが前に出て、大剣を両手で振り抜く。

「――下がれ!」

 轟音と共に衝撃が奔り、仲間たちを炎から庇った。


 すかさずハルトが横から長剣を振るい、迫る影を弾き飛ばす。

「一歩も通させない!」


 リュシエルは炎の隙間をすり抜け、ヴェルネへ短剣を突き込む。

 だが、瘴気の壁が立ちはだかり、刃は届かない。


「……まだ、届かない……!」

 彼女は悔しげに息を詰める。


 背後でセリスが必死に詠唱を繋ぎ、仲間に光を降らせた。

「立って……! まだ終わってない……!」

 その声が震える身体を支え、全員の足を動かす。


 しかし――ヴェルネの魔力は衰えない。

 彼女の周囲を巡る瘴気は、まるで絶望そのもの。


「抗いは甘美。だからこそ、葬るに値する」

 ヴェルネの瞳が紅く光り、結界全体が唸りを上げる。


 その瞬間――リーナの胸に鋭い熱が走った。

 握る双剣が脈打つように震え、紅の光を帯びて弓の形へと変わっていく。


「……応えてくれるのね」

 リーナの唇が震える。


 双剣は彼女の手の中で再び紅く輝き、矢を番える弓となった。

 彼女の意志に応じ、刃と弓を自在に行き来する宝具――《双紅弓刃》の真の力が、いま初めて解き放たれた。


 ヴェルネの表情がわずかに揺らぐ。

「……その姿……やはり、王家に伝わる“抗い”の象徴……!」


 リーナは仲間の背を見渡し、迷いなく叫んだ。

「私は葬られない! 仲間も、希望も、この刃で必ず守る!」


 紅の光を纏った矢が弦に掛けられ、弓がしなる。

 放たれた一矢は瘴気を裂き、結界を震わせながらヴェルネへと飛ぶ。


 その瞬間、ガルドが大剣で正面を押さえ、

 ハルトが迫る影を払い、

 リュシエルが一瞬の隙を突いて刃を閃かせる。

 セリスの声が仲間を支え、力を重ね合わせる。


 全員の想いが矢と共鳴し、ヴェルネの胸を貫いた。


 赤黒い炎が弾け、瘴気が悲鳴のように掻き消える。

 ヴェルネの身体を覆っていた闇が砕け散り、彼女はよろめいた。


「……これが……“秋”を……超える光……」

 最後の微笑を浮かべ、ヴェルネは闇の中へと崩れ落ちていった。


 ヴェルネの身体が闇に呑まれて消え去ると同時に、結界を覆っていた瘴気が一気に揺らぎ、砕け散った。

 押し潰されるようだった重苦しい気配が霧のように消え、森に風が流れ込む。

 冷たい夜気が頬を打ち、ようやく息ができるような感覚が広がった。


 全員がその場に立ち尽くし、互いに顔を見合わせる。

 誰もが傷だらけで、体は限界を超えていた。

 それでも――全員が立っていた。


 セリスは杖を支えにしながら、安堵の吐息を漏らした。

「……終わった、のよね……」


 ガルドは大剣を背に戻し、低く頷く。

「少なくとも、この結界は崩れた。今はそれで十分だ」


 リュシエルは短剣を収め、森の奥を鋭く見やった。

「けれど……黒羽の幹部はまだヴェルネだけじゃない。次が待っている」


 その言葉に誰も反論はしなかった。

 勝利の余韻よりも、これからの道の厳しさを誰もが理解していたからだ。


 ハルトは仲間たちを順に見回し、土に汚れた顔を緩めた。

「……でも俺たちは、生き延びた。全員で」


 その言葉に、リーナの胸が熱くなる。

 彼女は手の中にある《双紅弓刃》を見下ろした。

 戦いの最中に紅く輝き、弓と双剣の力を解き放った宝具。

 まだ重く、完全に扱いこなせているわけではない。

 だが今は、その重みを誇りとして受け止められる気がした。


「……ありがとう」

 リーナは小さく呟いた。仲間に、そしてこの刃に。


 焚き火のように小さく揺れる風が、五人を包んでいく。

 オルドの不在を思えば心細さもあった。

 だが同時に、もう彼の背に隠れている必要もないことを全員が理解していた。


 ――彼らは自分たちの足で進むしかない。


 そしてその先に、さらなる闇と黒羽の幹部たちが待ち受けていることを、誰もが感じていた。

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