第11話「初陣」
ハロワン第11話「初陣」
全体会議を抜け出した産土は、見学と称し、早速陸を任務へと連れていく。
プロとしての産土や朝霧の活躍を目の当たりにし、オーデへの理解もより一層深まった陸。
初陣となる今回任務で、陸は一人、「いつかこの二人と肩を並べて歩けるくらい、強くなろう」と決意する。
P.S.
今回はアクション回なんですが、アクションシーンてすごく書くの難しいなと、、勉強中です……!
むしろアクションより、任務を通して垣間見える産土のプロの顔に注目いただけると嬉しいです。
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今回は、アクション回です。(残酷な描写はありません)
独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!
物語の進行に併せて随時更新してまいります。
宜しければご覧くださいませ。
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産土と陸がクロノス本部を出るまでの間、産土の端末には案の定、少なくとも五回以上は全体会議への呼び戻しを促すクロノスからの連絡が入っていた。しかし彼は、それら全てを涼しい顔で無視して外へ出た。
「お待たー」
産土が手をひらひらと振る先では、既に朝霧が建物の外でタバコをふかしていた。
「おう」
朝霧は短く応じると、火の落ちたタバコを足元で丁寧に踏み消す。
「……あんぱんも抜けてきてたんだ……」
当然のようにそこに居る朝霧を見て、陸が驚いたように呟いた。そんな陸の顔を見ながら、産土がニッと笑って言う。
「じゃ、行こうか。本物をお見せしに」
軽口まじりの彼の言葉には、会議室での重たい空気はすでに感じられず、不思議と足取りも軽やかに見える。
状況が呑み込めず立ち尽くす陸の肩に、朝霧が無言で手を置いた。分厚く節の太い手が、妙に温かく感じられる。
「若いのも見たいだろ? 死生観、変わるぞ」
「……え? 見たいって、何を……?」
きょとんとする陸に対し、歩き出した産土が肩越しにちらりと目線をよこす。
「俺の神技」
軽く肩をすくめて言い放つその姿には、どこか自嘲気味な色も混ざっていたが、同時にほんの少しだけ、陸を受け入れるような柔らかさもあった。
***
【ユートピア内地――第3地区〈メルヘナ〉にて】
しばらく歩き、隣の区域に入ったところで、産土が足を止める。
「じゃ、この辺りで始めようか。この辺は、公園とか閑静な住宅街が近いから、案件も比較的穏やかでさ。初任務にはうってつけなわけ」
「なるほど……」
陸は周囲を見渡す。確かに周囲には、団地、公園、整備された歩道と、物騒な雰囲気はない。
「あ。そうだ、俺、V.A.M投与してないけど……」
いきなりのことで、任務時にFANGが投与しなければならない体力増強剤を投与していない旨を告げる陸に、産土が振り返りざまに答える。
「今日はお初だからね。見学、見学」
朝霧も横から頷きつつ補足する。
「それに、この辺のはV.A.Mいらねぇくらいさ」
「そうなんだ……」
陸は少し緊張した面持ちで、二人の後を追う。
「ここからオーデを見つけるんだよな……」
だが、その“見つける”という工程がまるでイメージできずにいると、朝霧が説明を挟む。
「俺たちにはできない。見つけられるのは、“印”が見えるボスだけだ」
「しるし……?」
「あぁ。見えてる景色が劇的に違うってわけじゃないらしいが、オーデが居る場所には微かな違和感、印が見えるらしい」
「へぇ……」
陸は不思議そうに頷きながら、黙々と歩き続ける産土の背中を追った。
「……まだ居ないってことだよな?」
「あー」
産土は前を向いたまま、あくび混じりに返事をする。
「さっき、この辺は比較的穏やかって言ってたけど、その“印”で、その案件が軽めか重めかってのは分かるもんなのか?」
好奇心のままに尋ねる陸を、産土がちらりと振り返りながら答える。
「いや、完全に運だよ」
「……そういうもんなんだな」
(なるほど……だからせめて、傾向的にマシな案件が多いエリアを選んでくれたってことか)
腑に落ちたような顔で頷きながら、陸は三人でのパトロールを続ける。
三十分ほど経ち、すっかり陽も落ちて、街がトワイライトアワーの闇に沈みつつある。住宅地の静けさの中、三名の足音だけが響いていた。
「……これって……見つからないこともあんのか?」
ぽつりと呟くように陸が問うと、産土は足を止めず、振り返りもせずに応えた。
「あるけど、お前せっかち? これ、まだ全然序盤よ」
「そうなのか……」
陸は小さく肩をすくめる。
導守の活動がもっと即応性のある戦闘系かと思っていた自分に気づき、少し恥ずかしくなる。
導守の活動は思ったより地味で長丁場なのだと実感した。
「一件対応するだけでも、それなりには疲れるのにさ。それが頻繁に来たら、たまったもんじゃないでしょ」
「そっか……大変なんだな。ていうか意外と地道なんだな」
産土の現実的な言葉と、街の静寂が妙にマッチする。片方の眉を上げ、陸の方を振り返る。
「なに、もう嫌んなったの?」
「いや、なんか……ボスって、こんなに歩くんだって思ったっていうか」
「なんじゃそりゃ」
産土は鼻で短く笑う。
「なんかタクシーとかばっかり乗ってそうじゃん」
「イメージ通り、金なら有り余ってるけどね」
産土が皮肉げに笑うと、陸はあっけらかんとした様子で特に深く考えずに思ったことをそのまま口にしていた。
「あーそれもそうだけど、なんつーか……体力とか、そんなになさそうだから、」
「あ?」
ピタリと産土の足が止まり、鋭い視線が陸を射抜くように向けられる。
陸は「しまった」と、慌ててごまかすように笑って顔をそらした。
そんな二人のやり取りを、少し後ろから見ていた朝霧が、静かに笑みを浮かべた。
「ボス、楽しそうだな」
産土は不機嫌そうに返す。
「楽しくねぇ」
「三人になってから退屈しないな」
朝霧の声はどこか茶化すようでいて温かかった。
「……あんぱんが楽しいんでしょ」
そして、そうこうしていた次の瞬間――
「お、」
産土が小さく声を漏らし、足を止めた。
その声色が変わったのを感じ取った陸は、思わず背筋を伸ばす。空気が張り詰めるのがわかった。
丁度、一際人気のない路地に差し掛かったところだった。
「居た」
産土の視線が鋭く一点を射抜いた。
ついに来たか――陸の身体に緊張が走る。
産土は暗がりに潜む気配の方へと静かに向き直る。路地の暗がりに何かが潜んでいる気配が濃くなる。
「じゃ、早いとこ終わらせるよ」
その軽い調子とは裏腹に、産土の動きには迷いがなかった。
膝まづくようにしてその場にかがみ、地面に片手をついたその瞬間、彼の纏う雰囲気ががらりと変わった。
陸は息を呑む。全身を研ぎ澄ませ、彼の一挙手一投足を逃すまいと目を凝らす。
「――開廷」
産土が短く呟くと同時に、地面に光が走った。
蛇のようにうねりながら、淡く輝く“道”が闇に潜む対象に向かって伸びていく。
その人間離れした技に、陸は無意識のうちに拳を握っていた。
朝霧は隣で無言のまま、しかし冷静な目で見守っている。
音もなく走る光の筋。路地の闇を切り裂くように伸びたその先に、やがて風が起きる。
やがてその“道”の周囲だけ、吸い込まれるような強風が吹き荒れ始めた。
「これが道だ。これから審議所へ向かう」
朝霧は短く説明を入れると、すでに利き手で引き抜いていた愛刀を“道”へと勢いよく突き立てた。
陸も遅れてはなるまいと、慌てて見よう見まねで自分の腕を“道”に差し込む。
「掴まれ」
朝霧がそういう屋否や、一瞬で浮遊感が身体を包み込む。
視界がぐるりと回転し、目を開けていようとするが、やがて強風に瞼を閉じざるを得なかった。
――そして、
次に目を開けたその先には、さっきまでとはまるで違う世界が広がっていた。
闇の中に立っているのは、産土と朝霧、そして――見知らぬ、子ども。
「見えてる?」
産土が自分の目をトントンと指さしながら陸に問いかけた。
「ああ……見えてる」
陸は呆然としたまま、思わず自分の腕を触ってみる。大丈夫だ……生きていると、確かめるかのように。
「よかった、当たりっぽい」
産土が陸の横に立ち、いつもの調子で説明を始める。
「ここは〈審議所〉。
〈クグリコ〉の裁判をする場所だ。現世と常世の、丁度真ん中にある空間。だからここでは、死者も生者も互いにその姿を可視化し、触れる事ができるようになる。――つまり、生きてる導守が、死者を可視化して裁けるようになるってわけ」
産土の声に気づいたのか、男の子がゆっくりこちらを振り向いた。
陸は思わず身構えるが、産土がそっと手を差し出すようにしてそれを制した。
「大丈夫。見てて」
そう言って、彼は男の子に近づいていく。
「おはよう」
不安そうにこちらを見つめる男の子に、産土は静かに、優しく声をかける。
「突然、目の前に知らない大人の人が現れて驚いたよね。でも、大丈夫。すぐにおうちに返してあげるからね」
視線を男の子の高さに合わせるようにしゃがみこみ、産土は穏やかに語りかける。
「おうちに帰るためにはね、君と僕を線で繋がなくちゃいけないんだ。ちょっと眩しくなるけど、痛くないから、泣かないで、ちょっとだけ我慢してくれる?」
男の子が、小さくこくりと頷いた。いつになく献身的な産土を見た陸は、唖然としてその様子を見つめた。
「いい子だね」
産土は優しく頭を撫でる。しかしその目線では、しっかりと男の子の首のリードを確認する。
(……3回か)
首元には、リードの付け根だけが、3輪ぶらさがっていた。それが意味すること――
それは、過去少なくとも3回は、導守が執行に失敗していることを意味していた。すなわち、案件難易度が当初の見込みよりも上であるということを意味していた。
しかし産土はまるでそんなこと悟らせぬよう、顔色一つ変えず訊ねた。
「今みたいなこと、今までにも何回か言われたことあるかな?」
男の子は、黙ったまた頷いた。
「うんうん、それは三回くらいだったかな?」
同じく、こくんと素直に頷いてみせる男の子。
「そかそか」
産土は男の子の頭をひとしきり撫でると、「ちょっと待っててね」と言って立ち上がり、再び陸たちのもとへ戻ってくる。
その顔からは、さっきまでの男の子に向けていた笑顔が完全に消えていた。視線は鋭く、まるで別人のようだ。
その様子に、陸の体には無意識に力が入る。
その隣で、朝霧が静かに首を鳴らす。
「詳細は分かんないけど、コレただの軽めじゃない。今までに三回は執行に失敗してる。少なくともパルファンはある。何が能力出現のトリガーか分からないから、まずは距離をとりながら進める」
朝霧はその産土の説明に素早く状況を理解する。
「了解。俺が出る。若いのは見とけ。――武器を取るのは、自分を守るときだけでいい」
朝霧と産土は男児に向かい合った。
陸は2人の切り替えの速さに戸惑いつつ、「ちょっと待って」とその背中に呼びかけた。
「軽めじゃないなら、その……ここで辞めるのはダメなのか?」
産土は肩越しに振り返り、少しだけ苦笑を浮かべた。
「だめ。“お巡り合わせ”って言ってね、一度審議所に連れてきた〈クグリコ〉には、どんなにヤバいのでも、最後まで向き合わないといけないルールなの。にしても、このエリアでこういうのに当たるの初めてだなぁ……」
産土が目を細める。
「お前、引き強いねぇ」
返す言葉を失った陸は、ただ二人の背中を見つめるしかなかった。
これからArcが始まる大事な時期に、自分の練習のために、産土と朝霧を危険に晒してしまっている――そう思うと、陸は胸が締めつけられるようだった。
産土はもう一度、優しい笑みを浮かべながら男の子に向き直った。
「じゃあ、今から君と僕を繋いでいくね。眩しくなるよ。目を、瞑って」
産土が朝霧に目配せする。
朝霧は黙って頷く。
少年は言われた通りに目をぎゅっと瞑る。
産土は男の子から視線を離さずに、審議の態勢に入る。右手の小指からリングを外すと、彼の小指の付け根からは、淡く黄金色の光輪が浮かび上がる。
「……!」
陸はその眩しさに息を呑み、目を凝らした。
産土はそのまま小指を立てて顎にあて、左手の人差し指と親指で輪を作り、それを上から重ねる。
深く一度だけ息を吸い、瞳を開く。
その瞬間――黄金の光が彼の小指から、少年の首元のリードへと一筋に伸びた。
産土の目は金色に輝き、両の手を合わせて光の道を放つその姿は、まるで天啓のように神々しかった。
その荘厳な光景に、陸はただ見惚れるばかりだった。
……しかし、次の瞬間。
――プツン
繋がりかけた光が、男の子に届く寸前で断ち切られた。
「っ……!」
瞬間、朝霧の手が、素早く刀の柄へ伸びる。緊張が一気に高まり、辺りの空気が重くなる。
そして――
少年の背後から、ぐにゃりと影が生まれた。呻き声と共に、影はぶくぶくと膨れ、醜悪な塊へと姿を変えていく。
「うわっ……!」
陸はとっさに銃を構えた。
その横で、いつの間にか陸の元へと戻ってきていた産土が、周囲の音でかき消えぬよう、大きめの声で言った。
「撃っちゃダメだよ。火に油だから」
影はさらに膨れあがり、地面を割るような轟音を響かせていた。
(これが……オーデ……!?)
汗が首筋を伝う。体が震える。
そんな陸の横で、産土はまるで他人事のように、飄々と現状を分析していた。
「首輪をかけるのが発動条件になってた感じだね。なるほど、自分のじゃなくて相手のアクションをトリガーにした発動条件、新しいねこのパターン。よく考えたじゃん」
冗談めかした声に、まるで楽しんでいるような口調。
知り合いに話しかけるくらいのテンションで化け物に対峙しており、その表情には焦りや不安が微塵もない。
その余裕に、陸は隣で言葉を失い、ただただ見入っていた。
「……しかしまぁ、首輪ってのが悪趣味よね。俺もそう思う。いきなりあんなの巻かれたら俺だってビビるもん。わかるよ、うん。……けど――」
その言葉と同時に、産土の姿がふっと視界から消えた。
「えっ――」
一瞬後。
すでに産土は飛び、もうオーデの真横にいた。
(……は、や……っ!)
風が遅れて吹き抜ける。
その場にいた誰もが彼の動きを予測できず、その空間は完全に産土が支配していた。
彼の表情は余裕を極めており、産土の瞳は金色の光を湛えたまま、猟奇的に、不敵に細められる。
「……しちゃうよね」
オーデ耳元へ口を寄せる。そして――
「……ドキドキ♡」
甘く囁くような、まるで恋人に仕掛ける誘惑のように扇情的に放たれた声。
その様子が陸の目には、産土にとってこの状況はまるで娯楽でしかなく、楽しんでいるかのようにすら映った。
これにはオーデすらもその初動が遅れた。
その隙を、産土は逃さない。
すぐさま輪を形成し、まず直接オーデの首と思しき部分に――次いで少年のリードに――同時に触れた。
「同期」
唱えと同時に目を閉じると、産土の体は光のベールの様なものに包まれた。
まるで祈りのように、目を閉じた彼の姿は神聖ですらあった。
陸が息を呑む中――隣の朝霧が、愛刀を抜いた。
「若いの。ここからが俺らの本番だ。……見てろ」
――!
オーデが唸り声を上げ、光のベールを纏う産土に襲いかかる。
だが、その一撃は。
「――っ!」
ガンッ!
朝霧が間に入り、鋭い太刀筋で正面から受け止めた。
鋼と鋼が激しくぶつかるような音が響き渡る。
そのまま次の一撃――またその次も、朝霧は一歩も退かず、すべてを跳ね返した。
鍛え抜かれた剣技は、まるで生きているかのように滑らかに撓り、鋼鉄の様に屈強に敵の前に立ちはだかった。
陸は思わず見惚れる。
目の前の男たちは、まさに“本物”だった。
(これが……)
導守とFANGの戦い。
その真髄を、陸は今、初めて目の当たりにしていた。
朝霧はオーデと刃を交えながらも、攻防の合間を縫うようにして陸に説明を入れた。
「導守は……こうやって対象を裁く。記憶を読んで、執行か、転生か……いま、見極めてる最中だ」
オーデの猛攻は容赦がない。
朝霧の言葉に被せるようにして、連撃が飛ぶ。
「見極めには体力も知力もあらゆる生命エネルギーを要する。つまり今のボスは超絶無防備な状態だ。だから俺らFANGは……」
――シュッ!
「この時間中は……何があっても」
――ガン!!
「ボスを……守る!」
――ズザーーーーーッ!!
朝霧の鋭い反撃が、オーデを一時的に後退させた。
その隙を利用して、朝霧は素早く陸に状況を続けた。
「いまボスにはあの〈クグリコ〉二名の記憶が流れ込み、2人のお宿を決めるための裁判をやってるところだ」
淡々と語りながらも、朝霧の五感は全てオーデに向けられている。
彼の動きは一分の隙もなく、研ぎ澄まされていた。
「ボスはかなり消耗を強いられてる。視覚、聴覚、触覚……あらゆる機能が強制的に一時停止状態となり、ボスの全てをその処理だけに使わなければならないらしい。だから今のボスは、かなり非力でいつやられてもおかしくない程危なっかしい状態ってわけだ。だから俺らFANGがいる」
――ガッ!!
再びオーデが襲いかかる。
だが朝霧は、それを一瞬の身のこなしでかわした。
(これがあと……どれくらい続くんだ)
陸は時計にちらりと視線を落とし、無意識に息を呑んだ。
朝霧は汗一つかいていない。どこまでも冷静で、余裕すら感じさせる。
しかし果たして、自分にも、あれができるのか――そう思うと、緊張で喉がカラカラに渇いた。
「まー……たおしちゃだめ……!」
「っ!」
不意に足元で声がする。
陸が目を向けると、いつの間にか、あの男の子が陸のズボンの裾を握っていた。
驚く陸に向かって、少年は泣きそうな顔で必死に訴える。
「まー! まー! 倒したらだめ!!」
「……どうした?」
陸はしゃがみ込み、少年の目線に合わせた。
少年は涙を溜めながら、震える手でオーデを指差す。
「まー! かわいそう……だめなの……!」
「まー……?」
その言葉を繰り返した瞬間、陸の中に恐ろしい仮説が浮かぶ。
(……まさか……)
喉が詰まりそうになる。だが、確認せずにはいられなかった。
「……まーって……”ママ”、って言おうとしてるのか?」
少年は、力いっぱい首を縦に振った。
「まー!! 助けて! 助けてー!!」
泣き出した少年の声に、陸は凍りついた。
(あの化け物が……この子の、母親……!?)
少年は陸に一刻を争う勢いで迫った。
「はやくたすけて!!!」
「……っ」
陸はたまらず、朝霧に届くよう大声で叫んでいた。
「あんぱん!! それ、この子の母親だ! できるだけ攻撃しないで!!」
佳境の朝霧の耳には、完全には陸の声が届いていない。
「——あんだ?!」
「この子のお母さん! 攻撃をやめてって、言ってる!」
もう一度叫んだその声が届いたのか、朝霧はオーデに強めの一撃を入れて一瞬の間を作ると、陸たちの方へ視線を向けた。
「そりゃ、よかった」
「……え?」
思わず声が漏れる陸に対し、朝霧は平然と続ける。
「なら、坊やから、母ちゃんに攻撃を止めるよう言ってくれないか」
「え、な……!?」
陸は絶句した。朝霧の無謀な要求に、陸の額には冷や汗が滲む。
「いやいや、無理だろ! どう見てもソレに自我なんて残ってないし、近づけたら危なすぎる!」
「そうかぁ? モノは試しだ、やってみよう」
「まじか……」
少年の両肩を抱いたまま、陸は動けなくなる。
だが朝霧は、静かな声で作戦を伝えてくる。
「次の反撃で、俺が奴の視界を潰す。そしたら少しは動きが鈍る。若いのはその隙に坊やを連れて、オーデの目の前まで行け。目を開けた時、坊がそこにいりゃ……もしかしたら、話を聞くかもしれない」
「……」
「それができなきゃ、あと数分これが続くだけだ。若いの、お前が決めろ」
朝霧はいつもと変わらぬ無気力なグレーの瞳で淡々と言い放った。
背中でオーデの動きに細心の注意を払いながら陸に続ける。
「あと、忘れるな。可哀想だが――その坊も母親も、もう死んでるってことをな」
「……っ!」
その一言に、陸はハッと我に返った。
(……そうだった。これは“救出”じゃない。あくまで”死後の裁判”の場だ。あの子と母親は、すでに……)
陸は、先ほどの作戦は、ただの情に流された行動だったのだと気づく。
そして、自分が勝手にリスクを増やしていたことにも。
視線を落とすと、少年が訴えかけるような目線で陸を見上げていた。
陸は今一度冷静になって、戦況を分析する。
(あんぱん、さっきそばに来た時少し疲れてだけど、傷ひとつ付いて無かったし……それによく見ると、あんぱんからは攻撃してないんだよな。あくまでも身を守るために、基本的には攻撃を交わしながら、時々大きめの反撃を織り交ぜて、自分の体力回復をしながら、温存してる……。
となるとここでさっきの作戦を試すのは、俺たちにとってリスクを上げるだけ。なら――、)
ここは自らが男の子を説得しようと、陸が覚悟を決めかけたそのときだった。
「――!」
男の子が突然、陸の腕を振りほどいて走り出したのだ。
「まー! しーになって!」
男児は人差し指を唇の前に立て、静かにするよう合図を送るようにして、オーデへ向かって小さな身体で懸命に叫んだ。
「おい、待てって! 危ない!」
陸が慌てて追いかけ、男の子を小脇に抱きかかえて引き戻す。
それでも陸の腕の中でもがきながら必死に叫び続けた。
「しーになって! まーまー! やーめーてー!!」
――すると
その一際大きな声に、オーデの動きがふと止まった。
そしてゆっくりと男の子に視線を向け、言葉を紡いだ。
「ママはダイ丈夫。首ノをトンないト……ママも二人とも、消えテ無くなッチャウ……。もう少シデ終わらせるカラ……心パイしないデ」
「……!」
その会話に勝機を見出した陸は、すかさず声を張り上げる。
「違います! 首のそれは、あなたたちを正しく導くためのものです!」
その声に、オーデは敵意を剥き出しにして陸を睨むが――男の子が陸の腕の中にいるため、手を出せずにいる。
(……なら、今しかない)
陸は、この機を逃すなと、震えを押し殺し、必死に言葉を続けた。
「いきなり繋がれてびっくりさせちゃったのは、すみません! でも、もう暫く待っていれば、あなたも、この子も、今までのように、もうユートピアの街を昼夜彷徨わなくて良いんです!」
オーデはじわじわと陸に迫りながら、低く問いかけた。
「……アノ男が、私たちヲ救うトいうノカ」
「……そうです!」
陸の声は震えていたが、まっすぐだった。
「記憶の同期が終われば、きっと……報われます! 二人とも!」
「……同期ガ終わレバ、私たちハ……迷子ジャなくナル……?」
「そうです!」
「ソレは……本当ナンだね?」
「はい……!」
一瞬、オーデの表情が――何かに納得したように、和らいだ。
が――
――バッ!!!!!
風を裂く鋭い音。
陸が目を見張るより早く、オーデが振り下ろした攻撃は――
「へ……?」
産土へと向かっていた。
(待って……そっちは……!)
動揺した陸の頭に、最悪の予感が駆け巡る。
(――これは……こんな不意打ちのひと突きは、かわせない……!)
自分がミスリードしたから、産土は致命傷を負うのか、或いは……と最悪のパターンが脳内を支配し、揺れる瞳でそちらを見ると――、
――ガッ!!!
朝霧が、間一髪で割って入った。
「……あんぱん!」
動きを読んでた朝霧が、紙一重のところでその一撃を、確かに受け止めたのだ。
オーデは息荒く、目を見開いて吠えるように叫んだ。
「ずっと……アの子と一緒二イたイ! 迷子でも、ナンでモいい! 何モ知らナイ人間ども二、あの子ト引き離サレルくらいナラ……!」
なおも力を込めるオーデの腕に、朝霧は静かに懐から懐中時計を取り出し、ちらりと視線を落とした。
「……残念だが。時間だ」
そう言うのと同時に、産土を包むように纏っていた光のベールがふわりと流れるようにして、男の子の元へ向かって伸びていった。
再び瞼を開いた産土は、慈しみを湛えた微笑みで男の子に向き合った。
「汝、穢れなき魂よ。新たなる命の始まりへと還ることを許されん。安らぎと共に、旅立つがよい」
静かで、穏やかな声音。まるで祈りのような産土の宣言が、空気を震わせた。
陸は自然と息を飲んだ。
(……記憶の裁きが、終わったんだ)
少年は、転生すべき魂と判断されたのだ。
「まーも、くる……? ずっと、いっしょ?」
言葉はたどたどしくとも、その願いは真っ直ぐだった。
産土は、ふっと優しく笑い、光の扉の方を指し示す。少年はパッと表情を明るくし、歓喜の声を上げた。
「まーと! ずーっと、いっしょ!!」
少年はオーデの体にその小さな手を当てると、満面の笑みで言った。
「まー、すぐ来てね!」
扉が開かれる。
少年は躊躇なく、その光の中へと進んでいった。
産土はそれを見届けると、手にしたリードをスッと引き、静かに切る。
少年の姿は、やがて光の粒となり、天へと昇っていった。オーデとなった母親へ手を振りながら。
陸は思わず呟いた。
「……よかった。これで、2人とも……天国へ行けるんだな」
その声は、どこか救われたようで――安堵を滲ませていた。
しかし――
「……」
産土は、一言も返さなかった。じっと、空へ昇っていく光を見送り、
次の瞬間、振り返ると――
「……っ!」
陸の背筋が凍りつく。
産土の表情が、先ほどまでとはまるで別人だったからだ。
その目は、どこまでも冷たく、一切の情を剥ぎ取ったような――執行者としての顔だったのだ。
そのあまりの豹変ぶりに、陸は驚愕を隠せない。
「ボス……?」
産土は、もう何も言わない。
静かに、リードを持ち直すと、今度はオーデを繋ぐリードの先端に、漆黒の杭のようなものを通し、自らの足元へと打ちつけた。
――ガンッ!
杭は地を貫き、その先にオーデの魂を縫いつける。
さっきの少年とは、まるで違う対応に、陸は言葉を失いながらただただ見ていた。
その産土の口から、静かに――宣告が放たれる。
「汝の罪を、繰り返すべからず。オーデよ、自然へと帰り給え。もう、人為に振り回されることはない。
裁きを受けるべく――オーデと契りを交わしし、愚かなる御魂よ。その本来の姿を、今ここに、現し給え――」
産土が唱えを終えると、ドロドロとオーデがまとっていた黒い濁流が全て剥がれ落ち、中から一人の女性が姿を現した。
それは――まだ若く、華奢な体つきの人間の母親だった。涙で全身を震わせながら、彼女はその場にぽつんと立っていた。
自分の運命を悟り、瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「……やはり息子とは、同じ場所には行けないのですね。私は、同じ場所には行けないと気づいて居たから、ずっと……こうしてずっと抵抗してきたんだと思います」
言葉を紡ぐ母親に目もくれず、産土は静かに言葉を重ねる。
「我が手により、輪廻の輪より断絶す」
彼は胸の前で両手を組み、再び詠唱の構えを取った。
その表情に、情はない。
「――執行」
「そんな……! 一緒に、弔ってやるんじゃなかったのか……! ボス……!」
思わず声を上げた陸に、隣に立っていた朝霧がぽつりと呟いた。
「聞こえてねぇよ」
「……え?」
「記憶を読んだボスは、導守の力に完全に支配される。いまのボスは、ボス自身の思考も感情も一切持っていない。ただ“公平な審議者”として、決定を執行する存在だ。
裁きを下したのはボスじゃない。ボスの中にある導守の力が、そう判断したんだ」
朝霧の言葉と同時に――
杭の根元から、漆黒の渦がゆっくりと広がり始めた。
それはまるで、宇宙の果てのようなブラックホール。何もかもを飲み込む無限の渦が、母親の足元から這い上がりあっという間に全身へと広がっていく。
(あれは……どこに繋がってるんだ?)
思わず息を呑む陸。
圧倒的な終わりの気配が、そこにはあった。
産土の目からは先ほどまでの無機質な光が消え、“執行”が完了し、ようやく彼の意識は戻ってきたようだ。
母親はそれに気づいたように、消えゆく前に――産土の背に向かって、声をかける。
「……最後に、ひとつだけ教えてください。……あの子は、天国へ……行けたのでしょうか?」
その声音には、ただ一人の母としての、静かな祈りが込められていた。
産土は、ゆっくりと振り返り――いつになく穏やかな口調で、静かに答えた。
「行けましたよ。幸せに生まれ変われるように……僕が、ちゃんと見届けます」
母親は安心しきったように、菩薩のような微笑みを浮かべながら漆黒の炎の中に消えていった。
「そう……よかった……ありがとう」
産土は、無限の中に消えていく男の子の母親を見送りながら、小さく言った。
「……そなたを、忘れない。安らかにおやすみください」
それが唱えか、彼自身の言葉だったのか――それは彼にしか、わからないことだった。
「――閉廷」
***
産土の唱えで審議所空間が閉じ、視界は一気に元のユートピアの景色へと戻ってきた。
「……戻ってきた」
陸はつくねんとした表情で立ち尽くしていた。
「初任務、おつかれさん」
朝霧が、陸の背中をぽんと軽く叩いた。
首をこきっと鳴らした産土は、いつもの調子に戻って、ちらりと陸を見やる。
「無傷じゃん。じょーできじょーでき。なに、感動でぼーっとしてんの?」
わざとらしく肩をすくめて笑う産土に、陸はすぐには応じられなかった。
「……すごい情報量だったから……頭が、まだ追いつかなくて……」
言葉を探すように、ぽつぽつと語る陸。
「あの母親は、一体何をしたから裁かれたんだろうって……気になって……それにあの子は、いつまでも母親を待ち続けるのかなって……」
「はいはいはーい」
産土はぱんぱんと手をたたき、気だるげに帰路を歩き出す。
「感情移入しないしない。あの子はもう生まれ変わる輪廻のサイクルに入った。母親を待つことはもう無いよ。全く新しい人生を始めるんだ。今度は穏やかで、優しさに満ちた毎日を生きるんだよ」
産土の目は遠くの方を見つめていた。
「……皆がオーデオーデって恐れてんのは、化け物でもなんでもない、俺らとおんなじ、ただの人だ」
陸は顔を上げ、戸惑いながら彼を見た。先ほどの戦いを思い出し、陸は言葉を詰まらせた。
戦ったオーデ――あれは確かに、人間のような形をしていた。そして最後の瞬間、悲しげな目をしていたのが、本当に血の通った人間の様だった。
「死んだ後も放置され、誰にも弔われなかった孤独な魂。それがオーデと契約してしまう哀れな魂“クグリコ”だ。彼らはどこに還ればいいか分からず、終わらない永久を彷徨ううちにオーデと出会う。他に何も頼れるものも無い、居場所も無い孤独な魂は、自然とその強大な力に吸い寄せられ、契約し、その力を拠り所とする。こうして人為を帯びた超自然的な力が発生する。それがオーデと呼ばれて恐れられている」
産土の声は淡々としていたが、その眼差しにはどこか切なさが宿っていた。
彼は自らの小指の刻印を見つめながら、続きを話し出した。
「混同しやすいものとして、呪いや怨霊ってのがあるけど、これは全くの別物。大抵の場合、明確な復讐の意思や、怨霊みたいな強い負の感情を持った魂から転じる。
でも、オーデの場合はそれとは少し違う。
本来純粋な攻撃性を帯びていない魂や、負の感情があってもそれに完全には飲み込まれていない魂が、終わりの無い永遠の彷徨いに疲れ、苦しみ、居場所を求めるうちにオーデと契約してしまう」
陸は、ただ静かに聞いていた。胸の奥で何かがぎゅっと締め付けられるような気がしていた。
「さっき討伐したオーデは、母親の魂が引き寄せてしまったものだった」
産土の言葉に、陸は脳裏で戦闘の光景を思い返しながら、絶句する。
確かに――どの攻撃も、まるで「我が子を守る」ような動きをしていた。産土や朝霧を押しのけ、庇うような仕草すら見せていた。
産土は審議署で対象から読み取った記憶を手短に話した。
「あの親子、父親から酷い扱いを受けていた。そんな日々に終止符を打つべく、ある日彼女は夫を手にかけてしまった。彼女の家族は、もう誰も生きていなかったらしい。だからこそ、自分があの子を守りたいって人一倍強固な母親の意思がオーデを引き寄せちまった。それほどまでに、生前も、死んだあとも、必死にずっとあの子を守ってきたんだろうな」
陸は唇を噛みしめた。あの母親は、最後まで子供を守るために戦っていたのか。
「オーデは人類の敵、討伐対象――。確かに本来人為を帯びないオーデがクグリコとの契約によって人為を帯びてしまうことは、自然の摂理に反する事象――文字通り、自らの意思で大量虐殺も叶う人間兵器が野放しになってる状態だ。防がないとならない。でもね――、」
そう言って、産土は静かにどこか哀しげな笑みを浮かべる。
「もとはと言えば彼らを生み出してしまった、彼らがそうならざるを得なかった理由があったこと――それ自体があっちゃいけないことでしょ。でもそれを忘れてる奴らが多すぎる。蚊帳の外の連中がどんなにギャーギャー騒いでも、俺ら導守だけは絶対にそこをはき違えちゃならない。
そう思うと、クロノスやら諸外国の皆さんが、“討伐”とか言っちゃってること自体、随分と滑稽に思えてくるでしょ?」
産土は小さく肩をすくめて続ける。
「彼らはただ、行き場を失っただけ。本当は、オーデと契約してしまう前に見つけて、解放してやるのが一番なのよ」
陸は産土の横顔を見つめた。彼の表情は、どこか遠いものを見ているようだった。
「魂をいち早く見つけて、粛々とお宿に導いてやる。そんな地味なのが、俺の仕事だ。死神やら、討伐やら、そんな大層なもんは本来必要ない」
産土は、ふっと細めた目で陸を見やる。陸は深く息を吐き、真剣な眼差しで見つめかえす。
「……俺は、全然ダメだ」
突然の言葉に、産土が小さく眉を上げて彼を見返す。
「あの時、偉そうなこと言って……本当に悪かった」
陸は、初めて産土と会った日の事を思い出していた。
あの時は産土の口車に乗せられてしまったが、一連の話を話す真剣な産土の様子に、彼の覚悟と仕事に対するプロフェッショナルを痛感し、過去の自分の発言を悔いた。
彼の語った一つ一つの言葉、その裏にあった覚悟と職責。それを目の当たりにしたからこそ、自分の未熟さを痛感した。
それに――
「自分の都合で無理言ってついてきて、あげくミスリードしてボスを危険に晒して、あんぱんがフォローしてくれて……結局迷惑しかかけられなかった。本当に悪かった」
厳格な雰囲気で心底申し訳なさそうに深々と頭を下げる陸に、産土は目をパチクリさせながら朝霧の方を見た。
「……そなの?」
「はぁ……」
朝霧はバツが悪そうに頭をかきながら、口を開きかけてやめた。「言わなきゃバレねぇのに」とでも言いたげな顔だった。
それでも産土は、さらりと肩をすくめて言った。
「まぁ、そんなこともあんじゃない? 平気でしょ。あんぱん居るし」
予想外の軽さに、陸は驚いて顔を上げた。
「それに俺だって、慈悲深い聖人サマじゃない」
産土は自分の右手の痣――導守の刻印に、目を落とした。
「全部自分の目的のためにやってることだし。そのためじゃなけりゃこんな仕事できないって」
彼は再び、陸に真正面から向き直る。
「お前にも譲れない目的があんでしょ。どんなに人に迷惑かけても、迷っても、恐怖に支配されても、その事だけ考えな。そうすれば無様にも活路が開けたりする。生きてこそだ。もっと生きることに貪欲になれ。そうじゃないといざという時に死にきれない」
産土のいつになく真剣な眼差しに、陸は目が離せなくなった。
「そうだな……その通りだ」
陸は再びここへ来た目的を思い出しながら、産土の言う事を噛み締めた。
その様子を見て産土はふっと口角を上げ、そして、初めて――彼の名を呼んだ。
「陸」
その呼びかけはまるで、彼ら二人の間の何かが変わったことを表していた。
「確認はもうこれで最後にする。降りるなら今だよ?」
そう告げた産土の瞳には、これまでとは違う色が宿っていた。もはや試すような視線ではなく――仲間としての問いかけだった。
陸は一呼吸おいてから、まっすぐな目でこれから仕える自らの主を見た。
「……意思は変わらない……! これからも、宜しく頼む」
産土はにやりと笑い、この話の終わりを示唆するようにわざとらしく大きな欠伸をしながら再び歩き出した。
「あーあ、つかれた〜……めしめし〜」
朝霧はふっと笑いながら、産土と肩を並べて歩き始める。
「若いの、何が食いたい?」
陸は先に歩き出した朝霧と産土の数歩あとを追った。見慣れたその背中は、今の陸には届かないほど偉大に見えた。
そんな2人が自分を一員として受け入れてくれていることが、陸は何より嬉しかった。
(この人達となら……きっと…)
今まで感じたことのない胸の高揚に身を任せ、少しの気恥ずかしさなどはねのけるように、2人の背中に向かって言葉をかけていた。
「ボス、あんぱん、ありがとう」
朝霧は振り返らずに、日本刀をひょいと掲げてみせる。
一方で産土は、ジト目で陸を振り返りながら、少しムッとしたように言った。
「いいから早く何が食べたいか言いなって。決めねぇとあんかけラーメン一択にすんぞ」
その返しに、自然と笑みがこぼれる。
陸は軽く駆け足で2人に駆け寄る。
(いつか――肩を並べて歩けるくらい、強くなろう)
この日、陸はひとり胸に誓った。




