拾 覚
「えー、皆さんに悲しいお知らせがあります。同じクラスの坂田くんですが、体調不良でしばらくお休みすることになりました」
朝の会で先生から言われた言葉を、鬼の鬼龍院はどこか納得した顔で聞いていた。
ここ最近、日に日に元気がなくなっていく坂田の様子に気づいていたのだ。
体調が悪かったというのであれば、それも納得できた。
「それと、鬼龍院くん。悪いけど、坂田くんの家にプリントを持って行ってあげてくれない?」
「え? あ、はい」
なぜ自分に、と思いつつも、同じ妖怪のよしみということもあって鬼龍院は引き受けた。
放課後に先生からプリントを受け取って、坂田の家へと向かう。
ピンポーン。
「はーい。あら、鬼龍院くん」
「坂田くんのおばさん、こんばんは。坂田くん……じゃなかった、ノゾムくんにプリントを持ってきました」
「あらまあ、わざわざありがとうね。あの子も喜ぶわ。さ、あがって頂戴」
坂田の母に促されるまま、鬼龍院は家の中へと入る。
「坂田くん、入るね」
「あ、鬼龍院くん」
鬼龍院が見た坂田の顔は真っ青で、体調の悪さがにじみ出ている。
それでも、か細い笑顔で、坂田はにっこりと微笑んだ。
「風邪?」
「ううん」
坂田くんは、鬼龍院くんから心配の言葉とプリントを受け取った後で、ゆっくりと口を開いた。
「見たんだ……」
「見た? 何を?」
「人間の悪意……かな……」
坂田くんは、覚。
人間の心を読み取ることができる妖怪である。
中学一年生となり、徐々に本音と建て前を使い分け始める人間の存在は、心を読み取ることのできる覚にとって地獄の始まりだった。
にこにことした笑顔で優しい言葉をかけながら、心の中では嫌悪や恨みを抱えている人間の姿を見続けた結果、坂田はそのギャップに混乱し、理解できず、怯えてしまった。
どんどん他人の言葉を信じることができなくなっていった。
周囲への不信は心を病ませ、ついに体を壊した。
「お母さんが言うには……覚一族皆がいつかは通る道らしい……。だから、心配しないでね……」
「ああ……」
坂田の苦悩は、鬼龍院にとって共感できるものだった。
鬼龍院もまた、小学校卒業と共に級友を食らうことで、人間を食す鬼としての通過儀礼を経験しているのだ。
その後しばらくは、食事が喉を通らず、体重が五キロ落ち、両親から心配されたものだ。
だからこそ、妖怪特有の苦悩は、痛いほど分かった。
今は、何の言葉もかけるべきではないことも。
「また、来週もプリント届けに来るよ」
「うん、ありがとう」
鬼龍院は何も言わずに坂田の家を後にした。