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嬉笑転結  作者: 楠 竜児
春うらら-①
9/21

第8話 痛な情報屋(転)




「平岡ァァァァ!」

 俺とユウキの怒号が新聞部に乱れ飛ぶ。


「ぎゃあああああ!」

 それに続いて、部員たちが絶叫する。よほどびっくりしたのか、目に涙を()めている生徒もいた。


「……」

 まず、辺りをぐるりと見渡して、ここが実際の新聞部であるかを確かめる。小さい部屋だが、いくつもの写真や未完成のまま放置されている新聞記事などが乱雑に置かれていた。

 ぱっと見ではあるが、新聞部で間違いなさそうだ。

 今度は部員たちであろう人たちを見れば、俺たちと同じ1年生の生徒は見受けられない。恐怖で体ががたがたと揺れ動いている人が多く、まずは怪しい人でないことを伝える必要がある、と俺の頭が判断した。


「あの、皆さん」

 落ち着いてもらおうとまだこの高校で使ったことのない敬語を使ってみる。ざわざわ、と部員たちの中で小さな(つぶや)き声が飛び交ってはいたが、大分静まったようだ。これでこちらの話も聞いてもらえるかもしれない。


「僕達、怪しい者では無いんですよー?」

 なるべく優しい声で。相手を怖がらせないように気を付けながらにこやかに笑顔を作る。

 「そうそう」、とユウキが俺の言葉に相乗りする。俺とユウキ、二人がお互いに目線を合わせ、アイコンタクトをとる。


――おい、何か言えよ! 

 俺から、ユウキへ目で合図。


――いやいやお前だろ? 

 首を横に振って、くいっと顎を俺の方に突き出し、「お前がやれ」ということを伝えるユウキ。

 

 ここで争っていては時間だけが過ぎていく。はぁ、とため息を漏らした俺は、観念して……。それだと言葉が悪いので、覚悟を決めて、ということにしようと自分に言い聞かせる。ユウキにだけは負けを認めたくないからな。

 またにこにこと営業スマイル100パーセントの表情を見せながら、大きく息を吸った。


「普通、怪しい人はこんな登場の仕方はしないでしょう?」

 恐らく先輩たちには俺の笑顔は太陽よりも眩しく見えているだろう。隣でユウキがジト目で俺を見ながら、やれやれと両手を広げている。え? 何かミスった?


「いやいやいや! 叫びながらドア開けて来る人こそ『ザ・怪しい人』だと思います!」

「そんな登場の仕方だったら借金取りだって普通の人だよ!」


 と、俺たちの評価は変わらず「怪しい人」であった。


「と、とにかくですね? 俺……。ぼ、僕らは平岡って人に用があって来ただけなんですよ」

 このことを言えば手っ取り早く怪しいと誤解している先輩たちが怪しくないと思ってくれる。そう考えた俺は、ここにやって来た一番の目的を話す。再びざわざわと騒がしくなった部室に、すっ、と天井に手が伸びた。真っ直ぐ、しなやかに伸びたそれは、部の雰囲気を大きく変えた。すぐに手を伸ばしたのは誰なんだろうかという人間特有の好奇心が働いて、その人に自然と目が行った。その人物はフッ、と鼻で冷たく笑ってから、その口を開いた。


「僕が平岡だブフッ!?」

 そして、その口を無理矢理に閉じさせる。言葉の途中、平岡の胸に何かが当たり、それが衝撃となって痛みを生じさせた。そのあと、血でも吹き出すんじゃないかという勢いの声を発する。

 何か、といえば俺たちの拳なわけだが。がっしゃーん! と机の方に吹き飛んだ平岡。机が倒れ、その上に乗っかっていた紙や写真などがひらひらと宙を舞ってから床に散らばる。


「部長ぉおお!」

「先輩!?」

 心配して倒れ込んだ平岡に駆け寄っていく部員たち。


「ケッ」

「フンッ」

 そして、それを冷たい視線で見下げる俺たち。


「う……」

 平岡がうめき声を一声したあと、よろりと立ち上がる。ぱんぱん、と制服の(ほこり)を払ってから、くいっとずれ落ちた眼鏡を上げた。


「な、何だね君たちは」

 胸を抑えながら平岡が俺たちに直球に尋ねる。


「用なんて一つしかありゃしねぇよ」

 不良のように眼を飛ばすユウキ。その視線は真っ直ぐ、ただ一人平岡だけを捉えていた。ユウキは、数秒睨んだ後、俺に目でこう伝えた。


――出せ。

 主語も述語もない言葉が送られてくるが、俺はすぐに察してこくり、と頷く。そして、あの封筒を取り出して、


「平岡……先輩」

 平岡が俺より上の学年だと途中で気づき、慌てて先輩という単語を付け加える。


「聞きますけど、この手紙に見終え、ありますよね?」

 平岡に、それをはっきりと見せた。

 先程の長岡の質問よりもさらに直球な質問をぶつける。なぜなら、この手紙は新聞部の部長である平岡信(ひらおかまこと)本人が書いたものであるからだ。これに関する奴の懺悔は後で聞くとして、彼の反応を伺う。


「……?」

 ――その彼は、首をかしげていた。まるで、その手紙の存在を知らないかのように。ちっ、と小さく舌打ちした俺は、さらに問い詰めて、


「この手紙を書いた人を知っているんですよね……?」

 邪悪な笑顔を振りまいて、封筒を持った右手をそのまま開き、平手にしてから、それを平岡の顔に叩き込んだ。

 本人が書いたんだから、知っていて当然なものである以上、言い逃れはできねえぞ、と俺は口に出さず目で平岡にそう訴える。

 ――現に、平岡は顔に封筒が乗っていて俺のアイコンタクトも通っていないわけだが。


「こ、このてが……」

 だからか、やけに話づらそうにしているので、とりあえず封筒を平岡の顔から離す。


「き、君たちはテロリストかね……」

 平岡が、封筒から開放されて一言呟く。またずれ落ちた眼鏡をくいっと上げた。ずれ落ちるくらいならさっさと取り替えればいいのに。


「いいから、質問に答えて下さい」

「あ、悪徳商法……これは立派な脅しだと思うんだが」

「いいから、質問に答えて下さい」

「君たちは一年生だろう……? 一応僕は三年生なんだが」

「いいから、質問に答えて下さい」

「RPGの村人かね君は!」

「質問に答えないのが悪いんです。その先輩が例に例えたRPGだって話が進んで村を救えば、村人の反応だって変わるんですよ? だから、僕の質問に早く答えてください。

 ――この手紙、知ってますよね?」

 怒り口調になっても、笑顔は絶やさない。


「この手紙を書いた人……」

 ぱっ、と俺から手紙を取って、それをまじまじと見る平岡。ふむ、と顎に手を当てて考え込み始める。そしてそのあと、彼は自分を囲っている後輩のうち一人の肩を優しくぽん、と触って、


「君……だろ?」

「えりゃぁぁああああ!」

「どりゃぁぁああああ!」

「へぶルぁ!」

 左から俺、右からユウキが自分の腕をそれぞれ平岡の喉元に叩きつけるプロレス技、「ラリアット」をかます。平岡は声にならない叫びのあと、宙を待って大きな音と一緒に床に落ちる。


「く……か、かはっ」

 喉を攻撃されて呼吸に苦しむ平岡。やはりプロレス技は安定した高威力を出すな、と感心する。


「ふざっけんなよ! ここにちゃんと差出人の名前が書いてあんじゃねえか!」

 封筒の裏に書かれている「新聞部部長 平岡 信」の文字をユウキが指さしながら怒鳴り散らす。


「ぼ、僕は知らない! 大体この封筒も初めて見たんだ!」

 それでも、平岡はきっぱりと否定する。どうやら、これは教育が必要みたいだな、と俺とユウキが彼に接近。


「ちょ、ちょっ! 接近戦(インファイト)はさすがにどうかと!」

「……」

 にやり。俺とユウキは、無言のまま不気味に笑い返した。





 彼女、幾重(いくえ) (のどか)はきゅっきゅっ、と履き慣れた上履きを履いて渡り廊下を歩いていた。彼女は先月にこの高校を卒業、進学した大学に通う新米(しんまい)の大学一年生である。

 卒業したのは先月だが、今、母校となったこの高校に足を運んだのには、理由があった。




 私は、この高校の新聞部の部長を務めていた。後輩たちも私の指示に反対することなくてきぱきと動いてくれ、私なりに満足のいく新聞を毎月発行できたと思う。

 部長があと1日で終わるという3月の昼下がり。卒業式に参加してくれた新聞部の長岡君に私は言った。

「平岡君に、新聞部の部長を依頼したいの」

 平岡君は、自分のような者ではとても先輩のように新聞部をまとめられません! と言った。三年生の新聞部員が卒業することで、新聞部の中ではますます過疎化(かそか)が進んでいく。それを解決するには今度この高校に進学してくる新年生に入部してもらう必要がある。

 そうしてもらうためには、一年生が入部しやすい環境を作り上げなければならない。そうすると部長選びが大事になってきて、私は迷いに迷った結果、平岡君を次期部長に任命することとした。


「この新聞部を任せられるのは貴方(あなた)しかいない」

 だからお願い、と交渉してみたところ、「分かりました」と決心してくれた平岡君。私は笑顔で、


「ありがとう」

 これから新聞部をよろしくね、と簡単な部長任命会を終えた。


 

 あのあと、彼は「新聞部を僕が変えてみせます」と自信満々に言ってくれた。最初は部長になるのも嫌がっていたのに、と、おかしくてついくすっ、と笑ってしまう。

 こうして私は部長を平岡君に任せて卒業し、今に至る。今日は平岡君があのあと、新聞部をどうまとめあげているのかが気になって、ついつい足を運んでしまった。


 この新聞部の部室まで続く廊下を通るのも、とても久しく感じた。段々と早足になって気が付けば私は新聞部の部室の引き戸の前で止まっていた。


「……頑張ってるのかなぁ」

 早く戸を開けて皆に声をかけたい。皆がどう頑張っているのかが早く見たい。その気持ちが破裂寸前まで膨れた後、私は引き戸に手を当てた。

 後はこの戸を横に動かすだけで扉は開く。どんな表情をして皆に会えばいいのかな、と考えながら、私はその戸を開けた。


「――皆っ、元気にして……!」




「ふっ!」

 俺が拳を握り、下から平岡の顎めがけて突き上げる。思わず彼が目を瞑って、


「ぐぼぁぁあっ!」

 叫び、後ろに磁石でもあるのか、平岡はその磁石に引きつけられるかのような勢いで後ろの方に吹き飛ばされた。


「――皆っ、元気にして……!」

 その時に、ガラガラっ、と引き戸が開く音がして、倒れて動かない平岡以外の皆の視線が部室の引き戸に集中した。

 しーん、という擬音が辺りを覆う。


 引き戸の先、部室前に長く垂らしたロングヘアの赤髪の女の子が一言笑顔で言ったあと、部室の状況を見て目を丸くして立っていた。女の子、と表現するよりかは、清楚な身なりにすらっと伸びた身長は「大人の女性」のイメージを醸し出していた。

 部員たちが、俺が、ユウキが、そして「うう……」と(うめ)き立ち上がった平岡が、視線だけを彼女へ動かせる。


「い、幾重先輩……!?」

 我に返った平岡が驚きを隠せずに動揺してその名を呼んだ。幾重と呼ばれた女性は、


「……」

 黙り込んだまま動かない。


 そして、明らかな作り笑顔を口元に浮かべたあと、



「ごめんなさい部屋を間違えました」

 と、アナウンサーもびっくりな早口でガラガラっとその戸を再び閉めた。





今回はショートショートの構成ではなく、ストーリー構成ですお届けしました。


◆人物紹介


平岡 信

新しい新聞部の部長。ずれ落ちる眼鏡をよくくいっとすることが似合いそうな頑張る高校三年生。

【訂正】苗字が「長岡」でしたが、設定上は「平岡」だったため「平岡」に直しました。


幾重 和

前期新聞部部長。長い赤髪に抜群の体つきは大人の女性なイメージを醸し出す。

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