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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』㉜ 激突の予感

 


 九泉牢獄パノプティコン二階層。

 収容罪人等級・C級。


 闘技場のように円形に広がる大広間を囲うようにいくつもの牢屋が並ぶ、死臭と狂気が渦巻く地獄の浅層。


 本来なら二階層の牢屋には何千人ものC級罪人が陽の光を求めて唸り、己の殺人衝動に悶え、過去の行いに反省どころか絶頂しているはずが、しかしその退廃的な毎日は今日をもって唐突に終わりを迎えた。

 

 彼らを解放したのは裏社会では有名なかの一族、ドロフォノス。


 解放条件は泥犁島ないりとうにいる善人共を皆殺しにすること。


 よって罪人たちはその条件を当然のように呑み、暗闇の牢獄から脱することに成功していた。

 

 奴らを殺すことは簡単だ。だが罪人はどこまでいっても人殺しのクソ野郎。罪人に過ぎない。


 いっそ無邪気と言える傲慢、それから過信が渇望してしまう。望んでしまう。 


 殺すのは自分だ、と。


 彼らは血肉に飢えた獣と言っていい。


 何年も、何十年も暗闇の牢獄に閉じ込められ、人の血の温かさと肉の感触を味わっていない罪人たちは、我先にと殺人を謳歌しようとする。

 

 だが脱獄した罪人の数は多く、相手の数は比例していない。そこでドロフォノスからこう提案があった。


 ーーならみんなで山分けすればいいじゃない。


 正直解放条件以外で従うのは癪ではあったが、罪人同士で誰が殺すかを決めるという無駄な時間の浪費をなくすことにはそれで成功したのもまた事実。


 その流れの一つが、ここだった。


 収容罪人等級・C級。

 二階層。


 その、『死体の山』の上に座る罪人を見て、セイラ・ハートリクスは汚物を見たように目を細めた。


 「やぁ、きたね。待ってたよ」


 そんなセイラの来訪を待ち侘びていたかのように声をあげたのは死体の山の上にいる罪人だ。

 


 夜から色を奪ったような黒い髪に、爛々と輝く目を強調させる深いクマ。痩せ気味の顔に体は、どこか病弱な印象を見る者に与えてくる。


 中性的ではあるがおそらく男。病院着のような囚人服が、奇妙に似合っていた。


 「……それは?」


 罪人が椅子代わりにしている死体の山はなんだ、と短く訊いた。


 彼は気軽に答える。  

 気軽に答えてしまえていた。


 「あーこれ?これはね、ボクの獲物を生意気にも奪おうとした奴らだよ。弱いくせにイキがるし五月蝿いからさ、殺しちゃった」


 飛んでいる虫を払って殺した、くらいの気軽さだった。到底大量虐殺をした人間とは思えない精神性ーー故に罪人なのか。

 

 嫌悪が増してならないセイラはそれを吐き出し冷静さを維持するように息を吐く。


 「貴様らを主導したのはドロフォノスの人間か?」


 「そうだよ?というか、そんなことを訊いてどうすんのさ。今は関係ないことだろう?」


 「関係ないとは随分不思議なことを言う。私たちは貴様らを再度牢屋に戻すためにここにいるんだ。そして貴様らが外に出ることになった原因を探るのは当然のことだろう。二度手間、というやつなんだからな」


 セイラの嘲弄気味の言い方に、罪人は微かに目を細める。


 「……面白いことを言う。まるでボクに勝てるみたいな言い方だ。泣かせたくなる」


 「泣くのは貴様だよ。わんわん泣き喚いて許しを乞え。そして後悔するといい。貴様が犯した罪と、貴様を再度牢屋にぶち込んだ私と戦ったことを」


 「……へぇ。本当に面白いなぁ、きみ」


 イラつかせるために煽った言葉ではあったが、どうやら餌には食いついてこないらしい。


 病弱そうな罪人はセイラを興味深そうに見つめると仄かに笑い、死体の山を階段のようにして降りてくる。


 「そこまで大口を叩くからには余程の魔法なのか、それともただの馬鹿なのか。どちらにせよ面白いよ。自由になって一番最初に殺す社会適合者がきみでよかった」


 「それは何より。……ただまぁ、短い脱獄期間で、その間に殺せなかった相手になると思うがな」


 当然のように言ってのけてセイラは唇の端を緩める。


 まるで最初から相手にならないと雰囲気で雄弁と語るようだ。

 


 しかしそれでも目の前の罪人は動じずに、ただ自分の獲物を品定めするみたいに殺人衝動にまみれた様子でセイラを見つめている。


 その粘ついた愛憎にも似た視線にセイラの中の嫌悪は増す一方だが、しかし手間が省けた部分もあるため、それについては罪人に感謝しようと思う。


 九泉牢獄パノプティコンに入る時、散開した罪人共を考えると数百人を相手にすると覚悟を決めていたから、だから目の前の罪人が仲間割れ……殺し合いをしてくれたおかげで最終的に倒すべき相手は一人になったのだから有り難い。


 それが例えS級でも、面倒は格段に減った。


 その罪人が、死体の階段を降り終え、地面に足をつける。

 

 溜まっていた血に足がつき、波紋が立った。


 「その減らず口がどこまで続くのか見てみたくなった。手足をもがれてもその余裕が保てるのか、さて、きみはどうだろうね?」


 セイラは肩を竦める。


 「さぁな。そんなに気になるのなら試してみるといい。貴様が冒涜していた、背後に積まれた命の亡骸たちにしたことを。同じようにな」


 罪人は区別なく悪である。しかしそれでも人間なのは変わらない。


 世界に疎まれ、恐怖を抱かれていたとしても、その「死」を弄ばれて、踏みつけられて、椅子にされて、冒涜されるのは何か違う。

 


 感情、思考だけでは終わらない。

 実際に、セイラ・ハートリクスは『罪人選別』に疑問を持っている。


 罪人にも罪人の人生があり、罪人に至るまでの道があって、なりたくてなったわけじゃない人も中にはいただろう。


 ならば最終的に自分の心の弱さが招いた現実だと唾を吐きかけるのは短慮であろう。

 

 悪い人だからといって、全てが悪とは限らない。

 悪い人だからといって、その「死」が笑われていいわけじゃない。 

 

 だからそれを平然とやってのける目の前の罪人に向けるべき慈悲はなかった。

 

 あるのはただ、ただただ、憤怒のみ。

 

 無惨に無慈悲に無遠慮に散った「命」のために、セイラ・ハートリクスという一人の女は怒りを受け入れ、そして支配する。


 キン、と。

 赤色の、淡い発光と共に高いガラスを空気に貼るような高い音が響き、セイラの右手に金と青の宝剣が握られた。


 「話は終わりだ。檻の中で眠りにつけ」


 「ボクは泣き虫なんだ。涙で溺れないように気をつけなよ」



:::::::::


 

 ーー散開した罪人の相手をするには当然ながらこちらもバラけて対応するかしない。

 


 考えるまでもなく、散開した罪人たちを一つ一つグループで分けるとして、それらをこちらが懇切丁寧に団体戦に持ち込むのはいくらなんでも効率が悪い。

 


 しかし一方で〈ノア〉×アレス騎士団の混合チームの戦力を分散させるためにバラバラになったのは目に見える。

 

 だがそれは、逆に言えば罪人チームたちは混合チームの実力を侮っておらず、むしろ危険視しているからわざわざ散開したと考えられなくもない。


 つまりこれは罪人たちの思惑に乗るか乗らないかの単純明快な話でしかなかった。

 

 「ーー手間が省けた、と言うべきなんでしょうかぁ?」


 泥犁島ないりとう、その半壊した家々が並ぶ簡易村。

 


 ここは九泉牢獄パノプティコンに駐在するアレス騎士団団員が住まう居住区。

 

 いくら脱獄不可能「だった」収容施設といえど、罪人を監視、取り締まる人間がいないと無法地帯と化してまう。

 

 だから「仕事がただ罪人を見ているだけ」とはいえ「国の目」としてアレス騎士団がここにいた。


 アカネが考えていた「元の世界」の刑務所の形を考えればわかりやすいかもしれない。

 

 ーーだがしかし。


 泥犁島ないりとう、その駐屯地に赴いてシャルロット・ガーデンは眠そうな目を微かに細めながら低く呟いていた。


 凄惨。

 血肉の海。

 死体の森。

 

 ここにいたはずのアレス騎士団団員、総員二四名がその命を望まぬ形で終えていた。


 誰がやったのか、それはこの駐屯地に足をつけた瞬間から分かった。

 分かってしまった。

 いやでも。


 「……まさかあなたの相手をしなくちゃいけないなんて、私もついてないですねぇ」


 グチャ、チャグ、グチブチ、ゴキボキブチキュチュチャグ、と。


 視覚も聴覚も狂いそうになる現実が、目の前に広がっていた。

 生理的嫌悪、人間的嫌悪、根源的嫌悪が、シャルロット・ガーデンを襲う。

 

 

 ーー仲間と罪人の死体を食べてる人がいた。



 人、と言ってもいいのだろうか?

 その辺りは判断しかねるが、ともあれ人の形をした怪物が、アレス騎士団団員の、何回かお茶をしたことがある女性をガツガツと食べていた。

 まるで飢えた獣のようである。


 「ーーんぁ?」


 シャルの存在に気づいたのだろう、食人鬼と言っても過言ではない罪人がこちらへ振り返った。

 

 顔は他人の血で真っ赤、下半身だけを雑に巻いた囚人服はボロボロ。

 

 くちゃくちゃと咀嚼してるのは……言いたくはないのでシャルは敵意を持って睨み、口を閉ざす。

 

 そして何よりもシャルの神経を逆撫でし、気分を害するのはーー食人鬼が二人もいるという信じられない現実だった。


 男と女。


 年は二人ともシャルより少し下くらいだろうか。金髪に赤い瞳の、顔が瓜二つの、双子の罪人。

 二人の食人鬼は全く同時にシャルを向き、こてっ、と首を傾げている。


 「だれかな?兄さま」


 「だれだろうね、姉さま」


 鈴を転がす可憐な声だった。どちらも涼やかで、透き通る声だった。それがより一層、どこか不気味さを与えて聴く者に悍ましさを感じさせる音だった。


  似合わない。

 惨状と、光景と、行いと、罪過と、双子の存在がまるで合っていなかった。チグハグで、歯車が噛み合っていない。

 

 いいやだからこそ、人を食べるという異常性があるのか。

 

 ともあれ罪人の中でも更に異質な怪物共を前に、シャルはそっと息を吐くと足下に落ちていた騎士剣を拾い上げた。


 「慈悲はないですよぉ」

 

 双子は雑に口元の血を拭うとクスクスと笑った。


 「クスクス。慈悲って不味いんじゃなかったかしら、兄さま」


 「クスクス。思わず吐いてしまおうか迷ってしまうくらいにだよ、姉さま」


 「話にならないですねぇ」


 同じ言葉を発しているのか疑いたくなるほどに噛み合わない。


 罪人たちの思惑に乗り、こちらも散開して追いかけたのだがこの双子を相手にすると考えたらハズレクジを引いたと思うのは普通だろう。


 常人なら失禁していると状況下、シャルは自分の運の無さに嘆息した。


 「はぁ。まぁ、この対戦カードになったなら仕方ないですねぇ」


 目的は泥犁島ないりとうを跳梁跋扈する全罪人の確保。だからどちらにせよ相手にする罪人ではあるのだ。

 遅いか早いか。

 その違いでしかない。


 双子の罪人は互いの頬をくっつけて、


 「どうやって食べますか?兄さま」


 「どうやって食べようか?姉さま」


 双子の目に、シャルは皿に乗った食材にしか見えていないようだ。

 双子の罪人は手も握って、


 「バラバラ?グチャグチャ?どれにしますか?兄さま」


 「どっちもすればいいんだよ、姉さま。そうしたらいっぱい楽しめるよ」


 「わ。兄さまは本当に頭がいいですね。大好きです」


 「僕もだよ姉さま」


 罪人は個性が強く、自我が歪んだ形で定着しているため狂った奴らが多いが、この双子はまた格段と違った。

 異質。

 異常。

 

 いい提案でも褒めるべき答えでもないのに、双子の罪人は互いを慰めるように頬を擦り、握る手を熱くして、舌舐めずりをした。

 

 「生憎とぉ。バラバラにされるのもグチャグチャにされるのも嫌なので、普通に勝たせてもらいますねぇ」


 「勝ちってなんだろうね、兄さま。美味しいのかな?」


 「美味しいよ、姉さま。特にーー勝ったと油断した相手を食い殺した時の『勝利の味』は、今でも忘れられないからね」


 幼い顔立ちに、罪人の悪意と悦が光る。

 そしてそれが合図だったかのように、半壊した家々の影から多勢の罪人がヘラヘラと笑いながら姿を現した。

 

 シャルをぐるりと囲う布陣。

 しかしシャルは焦ることなく、たった一言こう告げた。

 亡き仲間の剣を握って。

 弔い合戦を始めるように。


 「数より質なんですよ。犯罪者が」


 

 では始めよう。

 正義の執行を。




::::::::



 セイラ 対 涙病ダクアロス



 シャル 対 共食メデア



 ーー開戦。

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