『二章』⑱ 望まぬ命は高らかに
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「まずいことになりましたねぇ」
爆発した砂浜から森林部を走るシャルが表情を険しくして言う。
ハルの魔法のおかげでなんとか全滅を免れたのはいものの、事態は一刻を争う。
「こんなに急いでるのはいいけどよ!ドロフォノスは本当にもう九泉牢獄にいるのか!?」
ハルの疑問にアカネは同意見とばかりに頷いた。
あの謎の怪物の用件、それにシエが言っていたことやノーザンが口にしていたこと。
あれらは全て九泉牢獄を何らかの方法で占拠して、罪人たちを解放するということだ。
そしてそれなら、わざわざあんな回りくどいことをしないで直接来ればいいだけだ。
そうしなかったということは、まだ九泉牢獄は無事だということではないのだろうか?
「それを確かめるために急いでいるんですよぉ。どうにも、胸騒ぎがしてなりませぇん。ドロフォノスの目的は、本当に罪人を解放するだけなんでしょうかぁ?」
「どういうこと?」
「そもそも。ドロフォノスは全てが謎に包まれているんですぅ。一族の規模はかなりものなのに、本拠地の手がかりすらない、というのは流石におかしくはないでしょうかぁ。情報の隠蔽や欺瞞などを徹底しているのは理解しましたが、ドロフォノスはどうやって今回の『罪人選別』の情報を手に入れたんでしょうかぁ」
その意味深な言い方に、同僚であるナギが目を細めた。
「シャル。あなたまさか……」
「内通者、いますよねぇ?」
それは衝撃的な思考、そして発言だった。
しかしもし仮に内通者がいたとしたら、情報漏れの発生にも頷ける。
だがその場合、その内通者はアレス騎士団内部の人間で、そいつは罪人一家のドロフォノスと通じていたことになる。
よくある流れだな、とアカネは息を吐いた。
というか、温泉に行こうとしてただけなのにいつの間にかとんでもないことに巻き込まれてる気がする。
『罪人選別』のことを昨日の朝知って、嫌だなと思って、そしたら今はその『罪人選別』のことに関わっていて。
ーーと、そこでアカネは思った。
どうしてこのタイミングだったのだろうか?
『罪人選別』は三年に一度行われているそうだが、アレスやハルを殺すにしても、何故今このタイミングで九泉牢獄を狙ったのだろうか?
例えば、今までの『罪人選別』は問題なかったが、今回の『罪人選別』は見逃せなくなった、とか。
つまり。
処刑を阻止しようとしている?
「ねぇシャルちゃん。ここまで『罪人選別』に関わった今だから訊くけど、今回の処刑対象にドロフォノス家って含まれてるの?」
シャルは首を横に振った。
「いいえ。ドロフォノス家はいませんが、全員が識別名持ち、S級罪人ですぅ」
なら、アカネの推測は考えすぎか。
だがそこで、セイラが足を止めた。皆も止まって振り返ると、彼女は凝然と目を見開いていた。
「全員が、S級だと……?」
ギンを頭の上に乗せたアルストが首を傾げる。
「それがどうかしたのか姉さん」
「お前たちは……気づいていないのか?」
なにが、と問おうとして、アカネより先にナギが口を開いた。
「いいえ。気づいてるわよハートリクス。最初から今回の極刑対象の問題には」
「どういうこと……あぁ。そうかぁ。そういうことですかぁ。私としたことが、今ようやく気づきましたよぉ」
三人の美女間でアカネたちには分からない糸が繋がったらしい。
説明を求めるアカネの視線にセイラが気づいて、彼女は息を吐くと言った。
「三年に一度行われる『罪人選別』だか、今まで一度も極刑対象が全員S級だったことはないんだ」
「えっ?」
「それだけじゃない。本来『罪人選別』、罪人を処刑するのは私たち第参部隊じゃなくて、第陸部隊なのよ」
「……全部が、いつもと違うってこと?」
偶然、ではないだろう。
内通者とやらが仕組んだ企みなのだろうが、当然ながら目的も真意も見えない。
だが。
「でも動いたってことは、S級ってことは、ドロフォノスとなにか繋がりがある罪人が今回の極刑対象にいるんじゃないの?」
「………唯一可能性があるとすれば」
シャルが顎に手を添えて考えると、チラリとハルを見た。言い辛いことがあるような、そんな雰囲気だ。
だがここでそんなことを気にしている場合ではないと判断したのだろう。彼女は息を吐くとそれを言った。
ある意味。
ドロフォノスなんぞ凌駕する脅威を
人類滅亡レベルの問題を。
「今回の極刑対象には、神魔がいます」
「ーーーー」
凝然と目を見開いて、ハルはその場で魔力を吹き荒らした。周囲の木々が揺れ、大気が震え、アカネたちの髪が靡く。
見たことがないくらいに、ハルの顔は怒りのような、悲しみのような、言い表せない色に染まっていた。
「は、ハル!?」
そしてハルの魔力が落ち着いたのは数秒後だった。長く、長く息を吐き、彼は一言謝った。
「悪い」
アカネは戸惑いながらも、
「う、ううん。あたしは別に平気だけど、どうしたの?」
こんなに取り乱すハルは見たことがなかった。
神魔、という罪人の名を聞いて取り乱したようだが、ハルと因縁があるのだろうか。
チラリとセイラを見ると、赤髪美女は目を伏せて、
「エリスはな、ハルが倒したS級罪人なんだ」
「………そー、なんだ」
「もう数年前の話だよ。ハルが倒したあと、てっきり死んだと思っていたんだが。まさか九泉牢獄に収容されていたとはな」
「エリスを回収したのは私たちですぅ」
アカネの知らない話があった。それは当然なのだが、そうじゃなくて。
ハルがこんなに取り乱すなんて、一体どんな人なのだろうと。アカネが知らないハルがいる気がして、それがなんだか、淋しくて。
「あいつは、生きてたのか……」
「はい。瀕死の状態でしたけどぉ」
「あいつは、ここにいんのか」
「はい。最下層に」
「……そうか。そうなのか」
「………ハル?」
途端に、だ。
ハルは雷を纏って全速力で走り出した。ドン!と、地面が抉れる踏み込みで、暴風が吹き荒れてアカネたちを置いて一人でどこかへ行こうとーー、
「冷静になれ、ハル」
「ーーーーっ!?」
その超スピードに、セイラだけが反応できた。いや、おそらくアカネ以外は出来たのかもしれないが、反応と行動を行えたのはセイラだけだった。
問答無用で上から地面に叩き落とし、ハルが大地に落ちる。
背中を強打したハルが苦鳴し、彼の腹部を踏みつけて、セイラが口を開く。
急な展開に、アカネはついていけない。
「もう一度言う。落ち着け」
ハルは歯を食いしばって、
「どけ、セイラ!離せ!あいつが、あいつがここにいるんだぞ!まだ生きてやがったんだ!」
「あぁ。だが今はエリスに構っている暇はない。私たちは九泉牢獄に向かい、ドロフォノスの接触があったかどうかを確認しなければならない」
「あいつは牢獄にいるんだろ!だったら同じことじゃねーか!」
「幽閉されているんだぞ。もしお前がエリスを殺すために牢獄内に入り、あいつが脱獄したらお前は法を犯す。それは私の仲間として許さない」
「かんっけいねぇ!!」
ズヴァチィ!!!と。雷が落ちた。雷が撒き散らされた。セイラは簡単に避け、シャルたちアレス騎士団も躱し、アカネはユウマに抱き寄せられてなんとか退避に成功する。
ーーハルが、怒ってる。
「あいつは、あいつだけは俺が「殺さなきゃ」なんねーんだ!邪魔すんなよセイラ!!」
「やれやれ。困ったヤツだよ、お前は」
こんなことをしている場合じゃないのに。
そんなことは誰もが理解しているのに。
イレギュラーが、どこまでも連続する。
アカネの目の前で、予測不可の戦闘が、産声を上げ始めた。
罪人ではない。
敵でもない。
なのに、この構図。
「そこをどけ!!」
「目を覚まさせてやる」
ハルとセイラ。
二人の強者が、激突した。




