『二章』⑰ 元凶の悪意
「ーーここは泥犁島ですよぉ」
これからどう動くか、そもそもここはどこなのか。そういう話をしていたらアレス騎士団副隊長のシャルロット・ガーデンがゆったりとした口調でそう言った。
流石に、全員が固まる。
「シルエット・ドロフォノスの好愛魔法は空間転移が可能かもしれないんですよねぇ?それならあの時、「お父様」の介入を受けて無理矢理、泥犁島が好きだと思わせられた可能性がありますぅ」
「だがそれが事実として、何故私たちをわざわざ泥犁島に誘う必要がある?いや、誘われたのはアレス騎士団か」
セイラの疑問は当然だ。
何かをこの島で企んでいるのなら、アレス騎士団は邪魔でしかないはず。
ところが、シエ・ドロフォノスは言った。
精神状態は安定したようだった。
「邪魔者を殲滅すると言っていました」
「殲滅だと?」
「アレス・バーミリオン。ハル・ジークヴルム。この二名を確実に殺害するために第参部隊と〈ノア〉を巻き込んだと」
「ーーーー!?」
ハル以外の全員が驚愕し、彼を見た。狙われているというのに当の本人は呑気な顔をしている。
ドロフォノスの目的は罪人の解放のはずなのに、何故ハルを殺す必要がある?
繋がらない。本来の目的と全く繋がらない。
アカネがハルを心配そうに見ている時、シャルが挙手をして口を開く。
「あのぉ。よろしいですかぁ?」
皆の視線が集まる。
「アレス隊長が狙われるのはわかりますぅ。あの人はあぁ見えて第一級特異点と呼ばれる、いわば世界の切り札で、魔神を倒せる唯一の人間だと言われていますからぁ。……だけどハルくんが狙われるのは何故ですかぁ?ハルくんが強いことは先の戦闘で理解していますが、ドロフォノスにアレス隊長と同格レベルで狙われているのは、どーゆーことですかぁ?」
「………真六属性、だから?」
「え?」
ついと出たアカネの声に、シャルが首を傾げる。あ、と思わずアカネは口を押さえたがもう遅い。
別に隠していたわけではないが、ハルが真六属性だと知られたらどう対応されるから分からなかったのだ。
アカネはセイラを見ると、彼女は問題はないよとばかりに微笑んだ。
アカネは説明を求めるシャルの視線に答える。
「ハルは、雷の真六属性なの。もしかしたら、それが関係してるのかもしれない」
アレス騎士団の面々は驚愕し、全然そうは見えないハルを見た。わかる。その気持ちはすごくわかる。
「そー、だったんですねぇ。ハルくんが、あの雷神。なるほど、道理で強いわけですぅ」
「まぁそれほどでもあるな!ハッハッハ!」
胸を張って得意げにするハルを可愛いと思いながら、アカネは話を戻す。
「罪人の解放、アレスさんとハルの殺害。この二つがドロフォノスの目的だとして、それはいつなの?」
「それはーー」
アカネがシエに問うて、彼が答えようとした直後。
音もなく、だった。
シエの雰囲気が、ガラリと変わる。咄嗟にアカネたちは彼から離れーーハルが問答無用で雷撃をぶちかまし、シエに直撃、家が大破した。
轟音の炸裂。
しかし誰もハルを責めない。砂浜に躍り出たアカネたちは、ハルの判断が正しかったと肯定している。
なにかをされたわけじゃない。
ただ、あの場で倒しておかないと取り返しのつかないことになると本能が警告したのだ。
そして、それは失敗に終わる。
ハルが舌を打ち、砂煙が晴れた。
『なるほど。これが真六属性の力か。思っていたより大したことはないな』
「あ?」
あからさまな挑発。上から目線の傲岸不遜な態度と言葉。
ハルが苛立ち雷を全身に帯電させて、いつでも戦える態勢へと入る。
砂煙が晴れた向こう、立っていたのは中年の、シエ・ドロフォノスその人だが、絶対に「彼」ではなかった。
雰囲気、魔力の質、圧、殺気、佇まい、眼光。
何もかもが圧倒的で、次元が違う人間だった。
逃げ出したい気持ちを必死に押さえて、アカネは日本刀を右手に握る。
「あなた、は……?」
シエの皮を被った怪物はアカネを見て笑う。
『ふむ。貴様があの女が言っていた……。なるほどなるほど。なに、心配するな。少し交渉をしに顔を出しただけにすぎん』
「交渉……?」
『そうだ。なぁに簡単なことだ。九泉牢獄に収容されている全罪人を解放し、泥犁島を我々ドロフォノスに明け渡すこと』
交渉、という意味を理解しているのかと疑いたくなるものだった。
そもそもこちらに何のメリットもない時点で交渉とは呼べない。意味不明すぎる提案に、アカネは絶句する。
対して、シャルは肩を竦めた。
「話になりませんねぇ。語学を勉強してから出直してきてくださぁい。それは交渉ではなく、一方的な命令ですぅ。第一、私たちアレス騎士団が罪人の言うことを聞くとでも思っているんですかぁ?」
罪人を解放すれば世界がどうなるか想像がつかない。死体が量産される最悪が発生するのだって朝飯前だろう。
そんな未来を許容する者など、この場にはいない。だからこそ意味不明。そんなことは怪物も理解しているはずだ。
と、いうことは。
これは断られる前提の話で。
……つまり、これは。
ハッとなって、アカネはシャルを見た。
シャルも気づいているようだった。
男が、悪魔のように嗤う。
『おっとすまない。私にとって交渉は命令と何も変わらないのでね。だがそうか。断るか。ならば仕方がないな』
「私たちと戦うための口実が欲しかっただけってことですかぁ?」
『いいや違う』
否定すると、怪物は狂気の笑みを湛え、言う。
『殺すための口実、だよ』
「ーーーー!」
ボゴボゴボコボゴボゴ!!!と、シエの体が内側から押されるみたいに膨らんだ。はち切れんばかりに、風船のように膨らんで、発光する。
魔力が、内側に凝縮された。
セイラが目を剥いた。
「ーーー!自滅する気か!」
『さぁ。罪人たちの宴の始まりだ!』
直後。
カッ!!と。世界が光に包まれて。
「ーーの、げきりんーー!!!」
ハルの声が聞こえて。
絶大な大爆発が砂浜一帯を巻き込み、泥犁島に轟音が轟いた。




