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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
62/192

『二章』⑧ 勝負



 「アレス騎士団、第参部隊隊長……」


 ボソリとその名を口の中で繰り返し、雄然と立つその男を〈空の瞳〉が確かに映す。

 


 そして考えるよりも先に体が動いていた。

 


 さっきまで抱いていた恐怖とか畏怖とか、とにかく体を縛りつける余計なモノは全て霧散し、アカネの足を動かしたのは純粋な、けれど正当ではないと自覚している「怒り」だった。


 パァン!と。

 アカネの掌がアレスの頬を打つ感触が、乾いた音が、虚しく響いた。


 驚くハルたちと店内の人たちと、アレス。

 アカネは眦に涙を湛えて、震えそうな唇を動かして、その言葉を言った。


 「ーー守ってよ!」


 「ーーーー」


 それだけだった。

 さて、その言葉の意味を正しく理解出来た人物が果たして何人いたことか。

 

 「復讐の二日間」の、その事の流れ、顛末を知る〈ノア〉の面々はーーハルは表情には出さないがその目に確かに痛みと悲しみを宿して。


 「なんで、守ってくれなかったの……!」


 「ーーーー」


 二度言って、そしてアカネたちの関係性を少なからず、分からないなりに少しは理解して、そして、その言葉が「アカネの思いだけどそうじゃない」ことに気づいて、静かに、そして憂いげに、どこか罪を負うようにーー瞳の光を落として、言った。


 「……すまない。守れなくて」


 ーーそれはちゃんとアカネの言葉の意味を理解して発言したのだろうか。

 

 あたしじゃない。

 エマちゃんだよっ。

 あなたたちがちゃんと、もっとちゃんと、正しく正義を実行していれば。守ってくれてればーー。


 「アカネ」


 と、ハルがアカネの肩を掴んだ。

 先程のセイラのように。


 「気持ちはわかる。本当だ。だけどコイツに当たっても仕方ないんだ。多分、コイツは悪い奴じゃねぇ。お前の怒りを、悲しみを、分からないんじゃなくて。分からないなりに理解して、謝った。だから、悪い奴じゃねぇ」


 「………、」


 わかってる。

 わかってるけど……ッ。


 「エマはお前に、コイツをぶっ飛ばすことを望んだのか?だったら俺が今この場でコイツをぶっ飛ばしてやる。……だけど違うんだろ。エマは最期に、お前に何を託したんだ?」


 ーーこの世界を守って。正しくして。悲劇の神様を倒して、涙を止めて。


 唯一無二の約束。

 違えない誓い。

 友との絆。


 エマが望んでいるのは、こんなことじゃない。

 アカネはゆっくりと、後ろ髪を引かれる思いで、我慢するように、ハルと共に後ろへ下がった。


 「……ごめん、ハル。ごめん、エマちゃん」


 感情しかぶつけることができなくて。

 何も、出来なくて。

 


 そうして、突然過ぎるアレス騎士団との邂逅に楽しかった旅行気分が見事に霧散して、店の扉を開けようとした時だった。



 外から扉が開いて、中に入ってきた昭和のヤンキースタイルの男が何の気無しに爆弾発言をかました。


 「お、いた。おいアレス。代わりの魔力源エンジンを譲ってくれるっつー漁師がいてな。何とか船を動かせることになったぞ」


 雷に撃たれた気分だった。もちろんハルにではなくもっとこう、巡ってきた幸運に。

 


 アカネたちは数秒前のしんみりモードから一転、欲まみれというか目が怪しく輝いているというか、とにかく獣みたいな目をしてアレスを一勢に睨んで。


 「……………え。なに」


 「「魔力源エンジンよこせ!!」」


 「いや、マジで何!?」


 第一回。

 チキチキ!魔力源エンジン争奪戦!


 アレス騎士団VS〈ノア〉。


 温泉街が懸かった戦いが、今始まる!



::::::



 「ーーで。なんでこうなったんですかぁ?」


 ウェーブがかった金髪をポニーテールにした、綺麗な桃色の瞳の、淡い白のパーカーワンピースを着た同い年くらいの、眠そうな美少女が海パン姿の男四人を見て呆れていた。


 事の成り行きはこうだ。

 

 ーー魔力源エンジンが欲しいから、勝負して勝った方が魔力源エンジンを手に入れられることにしよう。



 勝負内容はニ〇〇メートル競泳。

 一人一〇〇メートルを泳ぎ、どちらが先に岸に帰ってくるかを競う。

 出場者。

 〈ノア〉=ハル、ユウマ。

 アレス騎士団=アレス、アルスト。


 さぁ、勝つのはどっちだ!!


 

 「……みたいな感じでこうなったんだけど」


 「見事なまでに分からないですねぇ」


 自分でも何を言ってるのかわからなかった。


 自己紹介は互いに終わり、そして互いの船が同じトラブルに遭ったということで話しはスラリと通ったがそもそ魔力源エンジンを見つけたのはシャルロットーーアレス騎士団の面々だからアカネたちが欲しがるのもおかしな話ではある。


 と、理屈ではわかっているのだが退くわけにもいかないと思っているのも事実であった。


 だって温泉行きたいし。

 個人的にアレス騎士団にはなんか負けたくないし。


 シャルロットは眠そうな目をしたまま、


 「はぁ。まぁ、こうなってしまったらもうアレス隊長は止められないですからねぇ。そちらも似たようなものでしょう?」


 アカネは苦笑する。


 「あはは。おっしゃる通りです」


 視線の先、男共は勝負開始前からバチバチと火花を散らしていた。


 「泣いて辞退するなら今のうちだぞお前ら。ママのおっぱいが恋しくなってきたんじゃねぇか?」


 ハルの挑発にアレスは鼻で笑って、


 「寝言は寝て言いやがれアホ面青髪が。お前らこそ退くなら今だぞ。だって勝ち目はねぇからな」


 ハルは悪そうに口元を押さえて笑い、


 「おいおい。聞きましたかユウマさん。あの人俺たちに勝ち目がないとかおっしゃっていますよ?寝言ホザいてるのはどっちでしょうね」


 「そう言ってなさんなハルさん。彼らは実力の違いも分からない「ど」がつくほどの素人なんですよ、ママのおっぱいを卒業出来てない人たちなんですよ」


 アレスはカチンと青筋を浮かべて、


 「まぁ弱い奴ほどよく吠えるっつーからな。勝てる未来を想像して強がるのは勝手だよ。いやー、憐れだ。実に憐れで目が沁みる。……あ、やばい、何これ。目の前に勘違いしてる子が二人もいるから涙が止まらない……!」


 「あぁん!?だったらそのまま涙で一生前が見えなくなるくらいボコボコにしてやろうかぁん!?」


 「あぁん!?やれるもんならやってみやがれこの青髪チクチクウニやろうが!」


 「あぁん!?だったらお前はーー」


 と、そこで小学生より底辺な戦いを始めようとしたアレスとハル、それからユウマは急旋回するみたいに真横を向いた。


 叫んだ。

 奴らをみて。

 

 「「ってさっきからお前ら何してんだよ!」」


 ツッこんだ先、筋肉ムキムキ野郎のアルストが夢であった憧れの人を見るような目で、大好きなマスコットの実体化を見て喜んでいるようにキラキラさせた目で、ちょこんと座るギンに顔をすりすりしているのだ。


 ギンはアルストの顔から離れられずに最早呆れたような顔で、


 「こっちが知りたい。なにこれ。なにこの人」


 「おぉおおお。スマイルくん〜!まさかおれの想いが通じて魂を宿したのかあ!」


 「いやスマイルって誰!おれはギンだ!」


 「ギンスマくん〜!おれのモフモフ〜」


 「ダメだこの人話し通じないタイプ!」


 そんなこんなでウォーミングアップは終わり、スタート地点についた四人。

 第一泳者はユウマとアルストだ。


 「おいイケメンマッチョ。手加減はしねーからな。溺れても助けねーからな。足つっても助けねーからな。覚悟しとけ」


 「助けないストーリー多くないか?だがまぁやるからには本気だ。ギンスマくんはおれがもらう」


 「…………、」


 その時ユウマは後ろに待機して応援の構えをする仲間たちを見た。


 「なぁ、なんかコイツおかしくね?あれ、優勝賞品ってギンだったっけ?ギンってイケメンマッチョにモテたっけ?」


 アカネに抱かれたギンは必死に叫んで、


 「おれは賞品じゃないぞ!よく分からないけど負けるなユウマ!おれのために!」


 「任せろギンスマくん!必ず勝つ!」


 「お前じゃねぇよ!」


 白い歯を輝かせて笑うアルストにギンはツッこんで、そしてそれが応援側と泳者の、スタート前の最後のやり取りだった。


 審判は公平を期してセイラが務める。何故か水着だがそこには触れないでおこう。

 セイラは鉄砲のジェスチャーを作ると空に向けて、


 「では始めるぞ。先にニ〇〇メートルを泳ぎ切った方が勝ちだ。相手に著しく怪我を負わせる行為、あからさまにコースを妨害する行為は禁止だ。そして公平を期して魔法を使って泳ぐのは禁止とする。あくまで身体能力のみで泳ぎ切ること。わかったな」


 「「おう!」」


 「よし。ではーー勝負開始だ!!」


 パン!と、セイラの指から魔力弾が解き放たれ、花火のように弾けた。リレーの号砲のようだった。


 そして二人が海に飛び込んだ瞬間盛大な水飛沫が舞い上がり、アカネたちがビショビショになる。


 「………魔法、なしだよね?」


 「魔法はなしだが、魔力による身体強化は無しだとは言っていないからな」


 「身体能力ってそういう意味だったのね……」


 アカネからしたらそれも魔法だ。

 などと思っている間にも、二人は怪物級の速さで海を泳いでいたーー。



 「ーーはっ!口だけじゃないみたいだなイケメンマッチョ!やるじゃねぇか!」


 「お前もなギンスマくんの友よ!流石はギンスマくんの友だ!」


 「否定はしねーけどお前のその近しい感じを出してくるのなんなの!?」


 「ギンスマくんの友ならおれの友だろ!」


 「あ、お前そーゆータイプね」


 クロールとクロールの激突が爆撃が走ってるような水飛沫を上げながら白熱する。


 魔力による身体強化によって二人して領域外の泳力を発揮しているが、ただの魔道士ではここまでの

力は出せない。

 


 「泳ぐ」という動きは戦闘時とは異なり常に全身の筋肉をフルに働かせる。


 戦闘時は使いたい時に使いたい箇所に魔力を巡らせて強化するのが基本スタイルにして基礎的な魔力移動。


 しかし「泳ぐ」となると少なくとも腕、腹、脚、の三箇所の筋肉を同時に動かすことになる。



 魔力による身体強化を許可されたとしても、ここまでスムーズに三箇所だけでなく全身に巡らせて行うのは誰にでも出来ることじゃない。


 ユウマの魔力コントロールは「復讐の二日間」でお披露目されている。

 アレス騎士団第参部隊小隊長、アルスト・ウォーカー。

 その名は伊達じゃないことも、またこの場で証明された。


 五〇メートルを泳ぎ、二人はほぼ同時にターンをして岸に戻る。

 と、その時だ。


 ユウマが悪そうにニヤリと笑った。


 「あ、ごめん。手が滑ったぁ!」


 ザッパァアァアアアン!と。


 アルスト側の、クロールしていた腕をわざと大きく海面に叩き落として暴力じみた水飛沫をお見舞いした性格最悪野郎の汚名を手に入れたユウマ。

 

 この隙に距離を空けようとスピードを上げて、


 「こっちは足が滑ったあぁぁ!!」


 「な、なにぃぃ!?」


 ザッパァぁぁアアアン!と。ユウマの悪過ぎる攻撃を避けていたアルストがクロールしていた脚で海面を蹴って水柱を発生させ、一瞬だけ海流を変えてユウマの進路を妨害した。


 「脚がどうやったら滑るんだよ!ローションでも塗りたくってんのか!!」


 「お前が先にやったんだろ!その手に日焼け止めクリーム塗りすぎたのか!!」


 「「やかましわ!!」」



 そんなルールもクソもない光景を呆れた目で見ていたアカネは倒れそうになるのを必死に耐えて、


 「なにやってるのあの人たちは……」


 「いいぞユウマー!いけー!」


 「負けんなよアルー!やっちまえー!」


 「こっちもこっちでなに言ってんの……」


 

 そしてユウマたちがゴール寸前で、ハルとアレスが準備体操をしながら睨み合っていた。


 「絶対負けねぇ」

 

 「こっちの台詞だ」


 悪い予感しかない、とアカネは額を押さえ、シャルロットはため息を吐き、ナギがクスクス楽しそうに笑っていたらついにその時がきた。


 「ハル!任せたぞ!」

 

 「頼むぞアレス!」


 「「おう!」」


 ユウマとアルストが岸に到着し、そしてハルとアレス、両者アンカーの番になった瞬間。


 まさかの二人は目を光らせると海に入る前に互いの顔に一発ずつ拳を叩き込んだ。

 ゴキィ!!と。意味わかんない鈍い音が海に響く。


 とうとうアカネはツッこんだ。


 「いや何してるの!?」


 ハルとアレスは「ぐはぁ!?」と血を吐いた後、


 「海に入る前なら殴ってもルール違反じゃねぇからな!」


 「泳ぐ前に気絶させればこっちの勝ちだろ!」


 「正々堂々って言葉知らないのあなたたち!?」


 「「負けるかぁ!!」」


 結局二人して海に飛び込み、叫びながら超絶スピードで海を泳いでいった。

 アカネとシャル。二人の苦労組は互いに目を合わせて、


 「「あーゆー人なんです……」」


 大変申し訳なさそうにそう言うしかなかった。




 「「うぉおおおおおおおおおお!!」」


 二人の馬鹿がクロールで海を激しく泳ぐ。

 

 「なんだなんだぁ!?大口叩いてた割には大したことねぇなアレスくぅぅぅん!」


 「はぁ!?オマエ何言ってんだよ青髪!よく見ろ、オレは片腕しか使ってないからね!片腕とバタ脚しかやってないからね!」


 「はぁ!?俺なんかバタ脚だけだっつーの!お前なんか腕使わなくたって余裕だわ!見ろ!この圧巻のバタ脚泳法を!」


 「気持ちわりー以外の何物でもねーよ!水面を走ってる魚じゃねぇか!」


 「そーゆーお前はエラを負傷した魚じゃねーか!そこまで必死に生きてその先に何がある!俺の胃袋に入って楽になれ!」


 「訳わかんねーこといってんじゃねぇぞ骨折した魚くんがぁぁぁ!」


 「複雑骨折魚くんがぁぁぁ!」


 「「勝つのは俺だ!!」」



 泳ぎながらよくそんなに喋れるね、となんとなく遠くから見ててアカネは思う。


 ギンは再びアルストに捕まってモフモフされ、何故かナギに気に入られたユウマは戸惑っていて、セイラは呑気にクルクルしたストローでジュースを飲んでいて。


 シャルロットとアカネは自然と隣に立って馬鹿共の帰りを待ちながら話していた。


 「そっちもなかなか大変そうですねぇ」


 「あはは。まぁね。でももう慣れたし、毎日楽しいよ」


 「それは羨ましい限りですぅ」


 「シャルロットちゃんは、楽しくないの?」


 「さぁ、どうでしょうかぁ。そういう風に考えて毎日を過ごしたことはないですねぇ。騎士団団員に、そういったものは必要ないと考える人の方が多いですしねぇ」


 「必要、ない?」


 「はい。騎士団は国の剣。国を、民を守る月の下に燃える炎の剣ですぅ。その炎は自分のために燃やすのではなく、他者のために燃やす力の象徴。ようは自分のことより他人を優先しろってことですねぇ。だから自分の幸せとか、楽しいとかを考える人は少ないんですよぉ」


 「…………、」


 正直に言えば、アカネはアレス騎士団を好ましく思ってはいない。


 ただしそれはアレス騎士団という枠組みであって、そこに入団している人たちのことではないのだ。

 


 アレスもシャルロットも、アルストもナギも。

 話してみてわかる。

 

 とてもいい人たちだ。エマが言っていた正義の天秤を崩すアレス騎士団というのは、もっと野蛮な人たちの集まりだと思っていたから。

 

 でもそうじゃない。少なくともシャルロットたちはそうじゃないと思えた。


 でもシャルロットの言葉を聞いて、やはりアレス騎士団という『グループ』を好きにはなれなかった。


 ーー自分より他人を優先する。


 それは言葉通りに受け取れば美しく映るのかもしれないが、それを信念に、自分の中の芯にしたら、『何が自分のためになることなのか』が分からなくなって、ただ命令された通りに動いて何かを救い、何かを捨てる機械のようになってしまうのではないだろうか。


 上が救えと言ったら救って。

 上が捨てろと言ったら捨てる。


 助ける人間を選ぶ、歪んだ正義の完成なのではないだろうか?


 「………、」


 アカネは何も言えずに、シャルロットの横顔を見つめた。

 その横顔が、少しだけ泣いているように見えた。



 「「邪魔すんじゃねぇよ魚くん!」」


 底辺共の罵り合いはいつしかルールも無視して互いの頬をくっつけながら邪魔し合う形で泳ぐ羽目になっていた。 



 最早どっちが勝っても負けても納得できる未来は無さそうだ。この二人は魔力源エンジンのことを忘れて完全に自分たちの勝利しか考えていない。


 ーーその二人が、罵り合いをやめて怪訝な表情を浮かべてピタリと泳ぐのをやめた。


 「「ん?」」


 二人が感じたのは、明確な違和感。

 正確には海の中から、足の裏に伝わるものがある。

 


 ーー捕食者の欲気だ。

 同時に、二人の目の前の水面が盛り上がった。


 海が縦に持ち上がり、ポカンと口を開けて驚く二人の前に現れたのはバカでかい怪物だった。


 無数の目と口を持つ人間を模した上半身に、下半身は魚の、とにかく気色悪い代表のようなーー海獣だった。


 目が飛び出すくらい驚いた。


 「「でか!!なんじゃこいつはぁあぁぁ!?」」



 その反応は応援組も同じだった。


 「「「デカぁ!?」」」


 ただしセイラだけ余裕の態度を崩さずジュースを優雅に飲みながらこう答える。


 「海獣ーー魚緒イクテュオだな。ここの海域で出るとは聞いたことはないが、まぁキモいな」


 「言ってる場合か!あの二人がーー」


 マズイ、と言おうとしてアカネは言葉を呑み込んだ。あれだけいがみ合っていた二人が、今日初めて会ったとは思えないくらいに息を合わせて。

 ーー既に怪物に襲いかかっていた。


 そう、襲いかかる。

 逆だ。

 そして訂正したい。

 息を合わせて共に倒す、ではなく。


 「「俺が倒す!」」


 勝負内容が変更されて、どっちが先にイクテュオを倒すか、という流れになったらしい。


 そして魚緒イクテュオ討伐はすぐだった。

 

 同時に動いた二人は怪物の土手っ腹に体の大きさというハンデを思わせない絶大な拳を叩き込み、キリキリと鳴くような悲鳴を上げる海獣の口を、今度はアレスが踵落としの一撃で強制的に黙らせ、上から折り畳まれるように上半身の体が潰れて。

 


 その潰れた魚緒イクテュオを、どこにそんな力があるのか分からない怪力でもってハルが上空に投げ飛ばし、海との相性が最悪な雷の一撃でトドメを刺して黒焦げにした。


 怪物の死体が海に戻り、特大の水柱が完成し、津波級の波が一度だけ岸にいるアカネたちを呑み込んで。

 波が引くと、ハルとアレス。


 二人の馬鹿が溺れかけたような顔で水を吐きながら言った。


 「「お、おれの勝ちだ………」」


 「ふざけんな!」


 と、多分初めてハルに怒ったと後にアカネはそう語る。

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