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灰色の犬
幼いとき
キャンプ場で知り合った
灰色の犬
一日だけの友だち
勝手につけた名前で呼んだ
その名はもう思い出せない
キャンプ場を立ち去るとき
見送っていた犬の顔
寂しさという感情を
勝手につけた名前と同じように
勝手に見出だして胸を痛めた
寂しかったのはこちらの方か
過ぎ去った年月から鑑みるに
あの犬はもう死んでいる
いまのいままで忘れていた
なぜ思い出したのかもわからない
子どもの頃は、野犬に遭遇することが多かったな
体当たりされて、恐怖で硬直したり
鎖につながれていると侮って囃し立てていたら
先端が切れていて追いまわされたり
あの犬たちも、もう死んでいる
知らない場所で
知らない顔で
知らない一生と知らない死で
かつて知り合った人のうち、何人が死んだのだろう
どれだけの死を知らないのだろう
あの懐いてくれた灰色の犬は
奇跡的な長命でもないかぎり死んでいる
それだけは確かで
それだけを思い出したかった




