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記憶のなかの音楽
記憶のなかの音楽は
本物に劣るときもあれば
勝るときもある
それはけっして単なる模造品ではない
暗い気持ちで歩いているとき
こころをよぎってくれた音楽に
どれだけ助けられたことか
耳朶を震わして胸に伝わる音色と
空気に触れることなく内側に響く音色は
同じではない
記憶のなかの音楽は
死んだ人のように淡い
そよ風のように優しい
“淡しとは単に捕えがたしという意味で、弱きに過ぎる虞を含んではおらぬ”
漱石さんもそう書いている
記憶のなかの音楽は
記憶のなかの死者のように
消えない淡さで支えてくれる