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救世の地 3

 依頼の品と生存者を牛車に載せ、一行はアンシャンに進路を向けた。

「おいおい勘弁してくれよ。また麻薬戦争が始まるのか?」

 壺の中身についてモホークが聞くと、彼は呻くような声で嘆いた。

「こいつはどうする。適当に処理するか?」

 モホークは疎ましげに傍の壺を小突く。

「今は信頼の構築が重要だ。出来る限り完璧にこなすぞ」

「じゃあこっちは電子ドラッグを輸出するか。こういうの(アヘン戦争)、あんたらのお得意だろ?」

 コロニーの皮肉にバーゲストは閉口した。しかし、決断を覆したりはしない。

 このコカインで一〇〇人が狂わされるかもしれないが、見逃す事によって一万を救う結果となると信じているからだ。

 もちろん、地球側が皮肉のような行動に出る可能性も否めないが。

 ギークはそんなメンバーの様子を様子を見つつ、イェシュアと生存者が座る正面に視線を向けた。彼女は今、生存者のアフターケアの真っ最中だ。

「この錠剤をなくなるまで、朝起きた時に飲んで。少し体調が悪くなるかもしれないけど、望まない結果は避けられるわ」

 彼女が手渡すのは一種の避妊薬だ。ただし、市販されているものとは比べ物にならない強力なもので、受精卵だけを選んで殺す毒だ。

 副作用もそれなりにあるが、名も知らない男に孕まされた挙句、命を懸けて出産するよりマシだろう。

 続いて、牛車の御者台に視線を向けた。そこではソヴォクが牛を操っている。彼は意外にも多芸な男で、少し練習をしただけで簡単に牛を操ってみせた。

「そろそろ到着だ」

 すると、丁度アンシャンの貧民街が見えてきた。


 依頼の品はギルドではなく、依頼主に直接届ける手はずになっていた。その為の通行許可証もソヴォクの手にあり、大手を振って壁の内側に入る事が出来た。

 壁の内側からの依頼は何度かあったが、直に入るのは初めてだった。

《ソヴォク、御者台に移りたいので止めてもらえますか》

《わかった》

 ギークの役割は戦闘だけでなく、現地の文化等の情報収集及び分析だ。この貴重な機会を逃すわけにもいかず、ソヴォクが牛車を止めると素早く御者台に移り、ニューロン記録を開始。これはナノマシンを介して視覚と聴覚が得た情報を記録する手段であり、見ただけでは他者に気取られることはない方法だ。

 もっとも、現地の人間にとっては映像・音声の記録なぞ想像もできない領域の話だろう。

 さて、壁の内側では外部の農村部と同じ場所とは思えない光景が広がっていた。

 清掃の行き届いたゴミ一つない石畳の舗装路に、活気のある市場。大通りでは絶えずに馬車が行き交っている。

 人々の顔にも農村部の住民が浮かべていた絶望はなく、半壊した建物は見当たらず、わずかな物資を巡って争うような光景も存在しない。

 治安を守るための衛兵隊は、詰所で時間を潰すどころか巡回している光景さえ目に入った。

 分配された富。行き届いた行政サービス。安全が保障された人権のある生活。

 紛れもない幸福がそこにあった。

《選ばれし者が得られる、人並みの生活って訳だ》

《そう。そしてこっち(地球)とそう変わらない》

 一部の人間の生活を守るため、多くの人間が血の汗を流す。ある程度の差はあっても、いつの時代の地球でも繰り返されてきた光景だ。


 大通りの半ばほどで角を曲がり、人通りの少ない脇道へ。依頼者の商会とはここで受け渡しをする手筈となっていた。

 回収地点の倉庫前では一人の男が待ち構えていた。彼は外見的な特徴が薄い、裏の仕事向きの顔立ちをした男だった。

「おたくらグショエマジナか?」

 どうやら訛りの強い話し方をしているようで、男の言葉が正確に翻訳されていない。

《僕が代わりに話します》

《出来るのか?》

《多分》

 ギークはこのような事態に備えて現地語を独自に研究していた。まだ完ぺきではないが、こちらの方がマシかもしれない。

 翻訳装置を停止させ、尋ねる。

「すみません、もう一度お願いします」

「おまえさんら“礼儀正しい冒険者達”け、って聞いたんだわ」

 その言葉をギークが体内通信で翻訳すると、ソヴォク以外が噴き出した。

《俺ら礼儀正しい冒険者達だってよ。最高だな》

《なにも面白くない》

 一同から向けられる嫌味に彼は不満げだが、それ以上何も言う事はなかった。

「それと、数名の生存者を発見しました。一人はそちらの隊商で……」

「待て、そんなのは知らん。俺らが欲しいのは荷だわ、はよしてくれ」

 隊商の人間の多くは冒険者や、郊外で募集された貧困層の出身だ。多額の報酬で人員を募った様子だが所詮は使い捨ての駒。身柄を引き受けてやるような義理はないというわけだ。

「荷台にあります。一つ現場で開封されていましたが、全て確保しました。確認を」

 男が後方から荷台を覗き、壺を数えると呟く。

「よし、確かに」

 彼が右手を挙げると、倉庫から音もなく作業員が現れた。

 人種や体格、性別まで様々だったが、一つだけ素顔が伺えないように仮面を被っている点は共通していた。

 明らかに只者ではないと判断したギークは、仮面の作業員達のデータ収集に注力した。現地の犯罪組織であれば当然要監視対象だ。

 装備や容姿だけではない、入手できる限りの生体データを記録していく。

「これで全部か?」

「ああ、全部だ」

 積み込みが終わると、早々に作業員達は倉庫に姿を消した。その場に残っていたのは出迎えた男だけ。

「ありがとさん。報酬は商会本部で貰ってくれ」

 すると男の担当は倉庫ではないらしく、大通りに向かっていった。

《さあ、報酬を貰って終わりにしよう》

 仕事でもなければこのような場所に用はない。ソヴォクが牛を走らせると、振り返る事さえしなかった。

C94原稿に力を入れるので近々休載するかもしれません

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