温情の果て
冷たい殺戮の夜が明け、被害がまったくなかったシャンプーシャン村は日常に戻った。農民は壁の外に広がるソバ畑へ不安を抱きながらも出向き、商店は何事もなかったかのように開店した。
例外といえば、ダギーズの野営地に放置された武器防具、その他軍需品を漁る者がいた。ローサとカミラはそのうちの一人だった。
「ねえ、やめませんか? 罰当たっちゃいますよ」
「ただでさえこっちは荷牛で路銀が減るのよ? 少しでも使えるものを探さなきゃ、途中で立ち往生するわよ」
結局、探していた荷牛は見つかった。逮捕された行商人たちの商品は村が押収し、その押収した牛を売ってもらえることになったのだ。
もちろん、行商人が提示した最初の額ほどではなかったが、安くはない。それにこの先長くなさそうな衰弱した牛だ、いつ死んでもおかしくない。
売って旅費の足しにしようと考えたカミラは血眼でダギーズが放棄した武器……とりわけ、ライフル銃や短銃、弾薬類を探しているのだった。
「この槍はマシね。載せといて」
「はいっ、っと」
武器の類に詳しいカミラが売れそうな物を選別し、知識のないローサは荷牛に載せる。
「なによこの芸術品みたいな鎧。死人にはもったいないわね」
そうつぶやくと、カミラは頭蓋が消し飛んだ遺体から鎧を剥ぎ取った。妙に手慣れた手つきだと、ローサは感心すべきか恐れるべきか悩んだ。
「はい、これ載せて……」
つい先ほどまでの癖でカミラは手渡してしまったが、どこの家の倉庫に転がっていたのかと尋ねたくなるような、豪華絢爛装飾過多な鎧。その重量はカミラでさえ少し骨が折れるほど。線の細いローサには酷だったのではないか。
手伝おうかと振り返ると、
「よいしょっと」
苦もなく牛の背に載せていた。いやむしろ、牛の方が辛そうだ。
意表を突かれたカミラは唖然としたが、冷静を装って言った。
「あんた……意外と力あるのね」
「はい! 畑仕事とか、牛の世話もしていたので」
なるほど、農民であり酪農家か。誤解されがちだが、農業や酪農は重労働だ。日が昇る前の早朝に目を覚ますと、土を耕し草をむしる。収穫の時も重い作物を抱えるのだ。力がつかないわけがない。
「ふーん。じゃあ、ある程度荷物を任せても良さそうね。この盾持って」
小さな穴の穿たれた盾を渡すと、カミラは周囲を見渡した。
―――さっきから誰かが見ているわね。
カミラ達と同じように火事場泥棒を狙っている人間は複数いたが、先ほどから適当な距離を保ち続けている人間がいる。全てを偶然で片づける野はのは簡単だが、今の状況では危険に繋がる。
「覗き見はいい趣味とは言えないわね」
「はい?」
「あんたじゃなくて」
見破られては仕方がないと考えたのか、顔を隠した男が四人、壊れたテントの陰から四方を囲う様に姿を見せた。
「誰に雇われたか、見当はついてるわ。もしかして、この場にいるのかしら?」
火事場泥棒がこちらの収穫を狙っての行動かとも考えたが、それにしてはタイミングが微妙だ。女二人と判断するには観察するにしても、気配を隠していた時間が長すぎる。お粗末な尾行からして、手練れが慎重に行動しているとも考え難い。大方、隙を見て二人を拘束しようとでも企んでいたのだろう。
よって、カミラは彼らをギルドの職員が雇った村のろくでなしと推測した。最近の恨まれるような記憶といえば彼ぐらいで、連中の顔は見覚えがあったためだ。
「このまま帰るっていうなら、見逃してあげてもいいけれど……」
襲撃者たちは一歩も引かず前に踏み出した。
「そうもいかなさそうね」
交渉の余地はないと判断したカミラは、盾を抱えて硬直するローサに視線を向けた。
「あなたは牛とぴったりくっついてなさい」
牛に背中を任せ、胸を盾で守ればそれなりには安全だ。向こうはもとよりローサに特別関心があるわけではないらしく、カミラが歩けばそちらに意識を向け、距離を縮めた。
槍があればすぐにでも突ける間合いにまで迫ると、カミラの背後で詰める気配がした。
後ろ足で蹴り上げると、ちょうど柔らかい肉質の玉のようなものを潰した感覚を覚えた。たまらず、男の一人が叫んだ。
「ごめんあそばせ、“足ごろ”な位置にあったので」
謝意の欠片もない嫌味を述べると、脆い部分を抑えて悶絶する男の顎を蹴りあげた。この鮮やかな一連の技に、男たちは見とれるような恐れるような。数で優位に立っているというのに僅かに怯んだ。
「なにしてんだ、さっさと殺せ!」
どこからかギルドの職員ことフーの怒声が響いた。やはりどこかに隠れて戦いの推移を見守っているらしい。
「まだ生きてたのね? 今度は絶対に殺してやるから待ってなさい」
そう宣言してやると、声は止んだ。その間に暴漢たちは戦場に転がっていた武器で武装したようだ。槍が二人に、剣が一人。相手が武器を持つというのなら、手を抜いてやる必要はない。カミラは自身の獲物であるククリナイフとダガーを抜いた。
カミラが持つ獲物を見て、ナイフよりも剣の方がリーチは長く頑丈だと確信したのか、剣を持つ男は素早く間合いを詰めて剣を突き出した。
わかりやすい動きから繰り出される攻撃を読み切っていたカミラは容易くククリで受け流すと、鳩尾にブーツの爪先を叩き込む。あまりの衝撃に男の体が宙に浮き、叫ぶことさえままならずうつ伏せに倒れた。この様子ならば、一〇秒程度は脅威ではなくなるだろう。
攻撃の隙を突きやすいのは数的優位の状況において最大の利点だ。槍の二人組はカミラの前後を包囲すると、すぐさま正面の大男が距離を詰めた。
これはフェイント、本命は背後の男。急速に距離を縮める背後の気配を完全に読んでいたカミラは、華麗なターンで攻撃を回避すると、槍に腕を当てて軌道を調整して大男の土手っ腹を突かせた。
金属の打撃音と荒い呼吸音が響くだけの戦場に、ようやく悲鳴が響き渡る。
「あっ、ちがっ……!」
謝罪の言葉が最後まで発せられることはなかった。混乱した男の胸部を突き上げるようにダガーの切っ先が一突き、二突きと、胸骨を避けて心臓を徹底的に破壊していた。続いてカミラは少なくとも二度、持ち主が息絶えた槍を拝借。まるで古くから根付いていた老木の根の如く、未だ地面に這いつくばっていた剣の男に深々と突き刺した。
確実な死を間近に呆然としている男の胸から生えたダガーを引き抜き、どさりと崩れ落ちる。
そうして、二分と経たぬうちに戦場には再び死の沈黙が訪れた。
―――あっけないわね。
ナイフを鞘に戻すと、カミラは葉の入ったパイプとマッチを取り出して火を入れた。ゆったりとした、心落ち着かせる紫煙が辺りに漂った。
至福のひととき。
「おい東方人!」
それを邪魔する者は誰であろうと許されてはいけないのだ。
件のフー、ギルドの職員がローサの柔肌に刃物を突き付けていた。
「よくも俺に恥をかかせてくれたな」
「こちらこそごめんなさい。こんな真似をするぐらいだったら、いっそ殺してあげていた方が世のため人のためでしたわね」
注意を向けさせて不意を突こうとしたのだろうが、奇襲を目論んだ男の口に寸分違わず短銃が押し込まれた。カミラの握る短銃の火縄には火が入っている。弾を出すために必要なプロセスは引き金を引くだけだ。
「素直に武器を捨てろ。そうしたら、お前の雇い主は死なずに済む」
「……っ!」
ナイフの先端がローサの頬に傷をつけ、ゆっくりと血が滴る。それを見たカミラは銃口で拘束した男の頬の内側を短銃で叩き、フーとの間に立たせた。
「それで従えば、私たちをまたあの穴に押し込もうって魂胆でしょう?」
「死ぬよりはマシだろう?」
「まさか。死んだ方がマシ」
フーは強欲で残酷な生物だが、同時に臆病で意気地なしだ。他者を害することに全くの抵抗はないが、血を嫌っていて自分の手を汚したことはカミラの知る限り一度たりともない。彼はいつも金と脅迫で人を動かしている。
確たる証拠はないが、簡単に喉を切り裂いてみせるほどの度胸はないだろう。
「ねえ、知ってる? 報酬は直接貰うよりも死体から抜き取った方が確実に、多く手に入るのよ」
フーからはカミラが浮かべる表情の詳細は伺えなかった。ただ、拘束された男の後頭部のわきからちらりと、殺気と狂気が満ちた瞳が睨んでいた。
この女は悪鬼だ。怒りと強欲に染まった化け物。このガキは人質になり得ない。カミラの発した殺気はフーを完全に恐慌させていた。
だが、あの女の短銃。銃は一発撃ったら装填に時間がかかる。拘束した男殺すのに発砲するだろうから、十分逃げる隙は生じるはず。
呼吸を整え、適当にタイミングを伺う。確信もなく、保証もないまま、文字通り適当なタイミングでフーは人質であるローサを置いて飛び出した。
背後から響く銃声、背中に受けた強烈な衝撃。思わずフーはその場に倒れ込んでしまった。
あのろくに照準も出来なさそうな状況で、男ごと撃ったというのか。
「狂犬め」
悪態をついても、現実を切り開くことはできない。背後から悪鬼が迫る。
「もう、何があっても許さないから」
「待ってくれ」
フーがそう言い終える前に、カミラが持つ刃は喉を切り裂いていた。
辺りから敵意が消え失せたことを確認したカミラは、腰を抜かしていたローサの側に立った。
「生きてるみたいね、よかったわ」
呆然とした表情で見上げる彼女に語り掛けると、ひどく暗い表情で呟く。
「ごめんなさい」
「感謝される覚えはあるけれど、謝罪される覚えはないわね」
「あの時、あの人を止めなければこんな事には……」
「黙りなさい」
ローサの考えは決して間違いではない。冒険者ギルドでフーを殴り倒した際に首を切り裂いていれば、こんな事にはならなかった。見方次第では、この荒くれ者たちが死ぬ必要もなかったと考えられる。温情によって生じた無意味な死。ローサにとって、それは自分自身の信条を揺るがしかねない事態だったのだろう。
若さゆえに意志が弱く、そして優しすぎる。いや、甘すぎる。この娘を不用意に外を出歩かせてしまえば、間違いなく世間に食い物にされてしまうだろう。そう、まるで自分が若い頃の様に。
カミラは自分自身にさえ認めることはないだろうが、まぶしく輝くような清純ぶりに嫉妬した。そして、心打たれた。
「あの時、あなたが止めたのは正しいことよ。ただ、今回ばかりは運が悪かっただけ」
他者に左右されない、されたがらない普段の彼女なら絶対に言わない台詞。だがこれは紛れもない本心であった。
「だから変わっちゃだめよ。間違っているのは私の方なんだから」
そう言うと、ローサに手を差し伸べた。
「さっさと行きますよ。理由はどうあれ、現地の住民に見られたら面倒な事になるわ。止まっている時間はないのでしょう?」
相手は仮にも村のギルドの職員。死体とよそ者二人が同居している現場を見られれば、相手の素行から事情を察してもらえるだろうが、どちらにせよ足止めを食らう事は必至。祖母の薬を求めるローサにとっては、ただでさえ足止めを喰らっていたのにこれ以上の問題は避けたかった。
まるで追われるかのように、ローサとカミラの二人はその場を後にした。




