訓練三〇分 1
目を離していたのは一日にも満たないというのに、既に廃村には前線基地とも呼べる小規模な陣地が設営されていた。
生物の進行を阻む有刺鉄線。銃弾から身を守る盾として活用する土嚢。指示を出せばすべてを蜂の巣にする遠隔操作型タレット。現代の基地に必要な最低限が人の消えた村を覆って軍事基地に変貌させていたのだ。
既にギャルド・モンドのロボットだけでなく、ニュー・ノバスコシア基地に駐留していた人間の要員も到着しており、新しく村の入り口に設置された門で帰還したF小隊の面々を出迎えた。
「来たか教授」
「おう、お前らが来るのをずーっと待っとったぞ」
背中から脳波コントロールされているロボット・アームを生やした男は、新自由国家同盟で開発された多くの新技術に携わっている。本名は誰も知らないが、普段は単に“教授”と呼ばれている。このあだ名は、ケモ大学の教授という肩書きを持つためだ。彼は大学で様々な分野の研究に着手しており、メガロドンのパナレーダーやギュスターブのナノ・シールドで用いられている技術は、彼がいなければ実戦配備するのにあと一〇年は時間を要したと言われている。
「トレーニングマシンは出来てるか?」
「バッチリできとるぞ。Jail-30も精製しといたったが……抜き打ちテストでもするのけ?」
「新人の選抜みたいなものだ。起動準備を頼む」
教授にVRトレーニングの準備を頼んだマックは、エリザの家にいると思われる少年のもとへ向かった。
あの少年が一体どれほどの能力があるかは定かではないが、協力的な現地人は欲しい。言葉は翻訳機で何とかなるが、筆記体のような字体ので書かれた文字は機械では翻訳しきれないこともある。文化だって、SW-1に長く暮らしている方が何倍も詳しいはずだ。そんな事もあって現地人の協力者を欲していた。ともに前線に赴いてくれるのであれば、なおの事だ。
少年はエリザの家で薪を割っていた。ニュー・ノバスコシア周辺は比較的寒冷な気候だ。しかし肉体労働で汗を流したのか、上着を脱いで上半身を晒していた。身体の凹凸は少ないながらも、鍛え上げられた肉体だ。
マック達の接近に気付いた少年は手を止めた。
「ねえ、聞いて欲しいんだ」
「俺たちの仲間になりたいって話か?」
少年は力強く頷いた。
「言葉はどのぐらいできる?」
「西方と南方の言葉なら普通に話せるよ。文字なら、東方の言葉を読み書き出来る」
北方以外ならほぼ網羅しているというわけだ。データを取るだけでも価値がある。
「仲間になる前に、試験を受けてもらう」
「なんだってやるよ」
「なら、目の前の仕事を終わらせろ」
マックは少年の傍らに転がる丸太の山を指差した。
「受けた仕事は責任を持って完遂しろ」
「もちろん!」
肯定した少年は、薪を割る手を早めた。マック達も踵を返すと、試験の準備に移るのだった。
間もなくして、仕事を終えた少年は扉を叩いた。
「薪割り、終わったよ」
それを出迎えたのはエリザだった。病気の容態は落ち着いているらしく、食卓でちびちびとスープを飲んでいた。既に時刻は昼時だった。
「ご苦労さん。お昼食べるかい?」
「ごめんなさい、すぐに行かなきゃ」
そう言われたエリザは少年の顔を見てすぐに事情を察し、落胆した。あれは戦争を知らぬ子供の目だ。それも、戦いに虚構の希望を抱く目だ。
自身が被害者になってなお、わからないのか。
「ギャルド・モンドのところへ行くのかい?」
「うん。あの人達といれば、父さんと母さんの仇を取れるから」
「そうかい」
エリザは長い間生きて来た。その分、多くの別れも経験した。その別れの中には少年と同じ目をした者が少なからずいた。
だからこそエリザは止められなかった。この目をした人間が他人の声ごときでは止まらない事はよく理解している。
「ほら、これはお礼だよ」
ポケットに用意していた一〇セニを差し出す。少年は受け取ろうと歩み寄り、銅貨がその手に包まれる直前、エリザは少年の手を握った。
「私には、あんたの生き方をどうこう言う権利はない。だけど年長者って立場から、一つだけ言わせてもらうよ」
「なに?」
無垢な瞳だ。エリザはこのような瞳を見せる人間を数多く見て来たが、一人の例外を除いて皆無様に死んでいった。
死ぬのはいい、人は誰しも死ぬ。だが、人生を後悔して死んでいくのを見るのは、何度見ようと耐えられなかった。
「何があっても、後悔のないように生きるんだよ」
「わかった。ありがとうございます」
口ではそう言っていても、少年は何一つ理解していなかった。
マックがVRシミュレーターの調整をしていると、小屋の扉が叩かれた。
「どうぞ」
「失礼しまーす」
入って来たのは、エリザの孫であるモリーだ。手には食事を載せた盆があった。
「お昼食べます?」
「おっ、ありがてえ」
真っ先に手を挙げたのはギュスターブだ。明日の食事のために傭兵となった彼にとって、現地の食事は慎重にという話には微塵も興味がない。
食えるうちに食う。空腹の時間はない方がいい。温かい飯ならなおよし。それがギュスターブの信条である。
温かいスープと固く冷たい黒パンを貰うと、彼はすぐにかぶりついた。
「あー……俺ももらうよ」
メガロドンはこの軽率な行動に呆れはしたが、咎めることはせず、とりあえずもらった。仮にも食事を作ってくれたのだから、本人の理解が及ばない理由で文句をつければ、モリーを傷付ける結果となってしまいかねないためだ。歴戦の色男は、恋愛の対象ではない女性への気遣いも忘れないのだ。
メガロドンは先に食事を始めたギュスターブの様子を伺い、口に入れるかどうか判断するようだ。
「ありがと。そこに置いといてくれる?」
ママキーヤ。人ならざる機械の目を持つ彼女は、その目を用いて一瞬のうちに食事は無害だと判断した。しかし、作業をしながら食事をできる程器用ではないため後回しだ。
「私は食事が不要なので」
胴体に格納した脳髄以外の有機体が存在しないウージーに食事は不要だ。むしろ食事をする為の器官が存在しないのだから、すると言った方が却って不気味である。
最後に、モリーは脳波スキャナーを被ったマックの前に立つ。
「あのー、お食事どうです?」
人間の感情は存外その仕草に出るものである。ギュスターブ以外、モリーのマックに対する反応で察した。若い人間、とりわけ少女は惚れっぽい。ましてや、あの状況下で現れたヒーローだ。恋愛感情に近いものを抱くのも不思議ではない。
しかし当のマックは無反応だった。モリーは困惑した。明らかに瞼を開き、時折瞬きしているのだから起きているはず、寝ているようには見えない。
「……あ、あれ? あのー」
念のためもう一度問い掛けると、
「そいつに今話しかけても意味あれせんぞ」
暗がりからの声、それに気付くのとほぼ同時に金属の細い腕が盆のパンとスープを持ち上げた。
「わっ! な、なに!?」
「おうすまんな、驚かせてまったか」
驚愕のあまり盆が手から滑り落ちそうになるところを、三本目の金属棒が支えた。これは教授の背から生えるロボットアームだ。
「こいつはな、今意識があってねーよーな状態なんだわ。多分そのうち食うだろうで、その辺置いといたってな」
「は、はあ」
「いただきます」
わかったような、わからないような。とにかく、今は無理ということでモリーは机にマックの分の食事を置いた。
さて、この人と談話にでも興じようと思ったのに、これからどうしようか。手持ち無沙汰となったモリーは空いていた椅子に腰を下ろした。そして、なんとなく尋ねた。
「今何してるんですか?」
「組み立て。訓練用の機械みたいなものですね」
と、ウージーは答える。
確かに、何かを組み立てているのはわかる。金属の棒をくるくる指先で捻ったり、大きな椅子のようなベットのようなものを包むガラスの棺桶だったり。
組み立てているのはわかっても、何をするものなのか。モリーにはサッパリだった。




