民間軍事国家4
北西の方角へ一〇キロほど。ギャルド・モンド一行は人が住む気配を察知して足を止めた。幾分か前から匂いが漂っていたが、今まさに目前の崖の下から、食事を作る際の白い煙が立ち上っていたのだ。
崖の下をそっと覗いてみると、そこには一軒の廃屋が建っていた。手入れがされている様子はないが、それでも煙突からは白い煙がスープのような匂いを撒き散らしていた。お世辞にも“うまそうな匂い”と呼べるような類のものではなく、塩水を茹でたような酷い臭いだったのだが。
《おいおい、俺らが調べるのは幽霊村じゃなかったのか?》
《一軒だけ生命反応がある家があったが、妙だな》
怪訝に思ったマックは、体内通信を用いてママキーヤに命じる。
《あの家を調べろ》
《了解》
ママキーヤの人工眼球に備わっているのは、肉眼が持つ視力だけではない。複合センサーを用いた透視能力が備わっているのだ。ヘルメットは機能を補助し、さらに精巧な透視を可能とする。
《中に人間が九名ほど。それと、村中に人間が潜んでる。あと……武装してる、ライフルね》
《ライフルだと? 確かか》
《間違いない。といっても、前装式の骨董品みたいなものね》
そう聞いた途端、マックの眉が吊り上った。現地の技術は中世レベルの低さと偵察の結果が出ていたというのに、実用に耐えうるの銃があるのならば近世クラスではないか。
国軍の人員が無能なのは周知の事実だが、あまりにもずさんすぎる仕事だ。
《なんだよ、“ワンの騎士”みたいな剣と魔法の世界じゃないのかよ?》
メガロドンは旧アジュマーン首長国から、あらゆる自由が保障されている新自由国家同盟に亡命してきた筋金入りのアニメ・オタクである。彼が挙げたワンの騎士も、ゼロ年代に日本で人気を博したライトノベルだ。
《全員が持っているわけじゃないけど、五人に一人ぐらいは担いでるわね》
《どうします? 不用意な接触は危険かもしれません》
《同感だ》
数はそう多くないとはいえ、銃で武装しているのは確かだ。状況が不確かな中で銃撃戦を繰り広げるのは危険だ。
《よし。ウージーとママキーヤの二人はここに残って武装勢力の監視を。メガロドン・ギュスターブは俺と一緒に予定通り人が住む民家を調べるぞ》
四人は頷くと、素早く行動を開始した。
マック達は廃村を迂回するように移動し、廃村の外れに位置する二軒の民家へと身を隠しながら接近。木陰から顔を出すと、ヘルメットの望遠機能で偵察を開始した。
並んだ民家は石造りのヨーロッパ風で、煙突からはモクモクと食事の煙が立ち上っている。そして、野菜が顔を出している畑や三頭の牛と五匹の羊を飼っている小屋など、自給自足を行っている気配がある。
規模からして個人ではないが、数十人の大規模でもない。数人が共同生活を営んでいると見るべきだろう。
《行くか?》
《待て、中央の家屋に動きあり》
メガロドンが警告を発した直後、民家の扉が乱暴に開かれた。
「おばあちゃん!」
悲痛な叫びの直後、少女を担いだ男が出て来た。続いて、布袋を抱える男四名。全員が武装しており、中にはライフルを背負っているものもいた。マックには、彼らが黄色いスカーフを身に着けている点が印象に残った。
「孫を返せっ!」
「放せババア!」
その後を追うように老婆が家から飛び出して男に縋り付くも、乱暴に振り払われた。
「我々は神託を受けている。協力しないのであれば、神罰を下す」
ライフルを持つ男は言うと、短剣を抜いて老婆に向けた。
《まずいな》
《ああ、行こう》
これはまずいとメガロドンとギュスターブが飛び出そうとしたところを、マックが止めた。
《なんだよ、止めんなよ!》
《物事にはタイミングってもんがある。今はまだ、最良のタイミングじゃない》
ならばせめていつでも撃てるように二人が狙撃の準備を始めたが、マックの言う通り撃たなければならない事態にはならなかった。
「行く! 私行くから、おばあちゃんを傷付けないで!」
老婆の孫と思わしき少女の叫びに、男は下卑た笑みを浮かべる。
「孫は賢明だな。行くぞ」
遠ざかる背を見送る事しかできない老婆は力なくうなだれた。
「モリー、モリー……」
大地を全て濡らさんばかりに大泣きする彼女に、三つの影が差した。
「婆さん、何があったんだ?」
恐らく老婆の目には、最新技術に身を包んだギャルド・モンドの三人組が異形か、あるいは幻覚のように映っただろう。しかし、先ほどの悲劇に比べれば大した事ではないらしく、声を震わせながら答えた。
「あの野蛮人共に……孫を奪われたんだよッ!」
「連中は何者だ?」
「ダギーズ……神の代行だとか何とか言ってるけど、見ての通りのろくでなし共さ」
《規模のデカい……ギャングってとこか?》
《多分そうじゃないか? どうやら、クズ共のやることはどこでも一緒らしいな。どうするマック?》
無力な人間に対し、暴力を用いて搾取する。いつ時代も繰り返されてきた現実だ。異世界であろうと、例外ではない。
《事情を聴こう。何か有力な情報が得られるかもしれない。メガロドン、レーダーから目を離すな。見張っている連中がいるかもしれん》
体内通信で会議を終えると、マックは老婆に尋ねた。
「どうしてあんたの孫はさらわれたんだ?」
「あの学のない連中は、モリーを薬師だと思い込んでたんだよ……あの子にはまだ、何も教えていないってのに」
「じゃあ、あんたはなんでさらわれないんだ?」
「……あいつらはいつも戦争をしてる。だから薬を作る人間を探して、工場か何かで働かせようとしてるんだろう。で、こんな婆を連れて歩こうなんて思うかい」
ごもっともである。人力ですべて行わざるを得ない世界だとしても、このやつれている老婆に長旅は困難だろう。輸送路も確立されているようには見えないから、旅は常に命がけとなる。そんな中で、年老いた足手まといは排除すべき要因だ。
《マック、どうするんだ?》
《もちろん、助けるんだよな?》
二人からの催促は無視し、マックは手を差し伸べた。
「婆さん、立てるか?」
老婆は助けは不要と言わんばかりに、無言で立ち上がった。すると、すたすたと家に戻っていった。少しすると、内部で重量物が倒れる音が聞こえた。
さすがに何があったのかと不思議に思った一行は、老婆の後を追った。
家に入るとまず、鼻につく刺激臭を感じた。これは硫化化合物の臭い、即ち火薬の臭いだ。
一行は不吉な予感を感じはしたものの、ここにきてまで踵を返すわけにもいかない。
まずは物音を辿り、扉が開け放たれていた小さな部屋に入ると、老婆はそこにいた。タンスをひっくり返して、下に隠されていた落とし戸を探っていたようだった。
「おい、婆さん?」
ギュスターブが呼び掛けると、老婆は両手にこれでもかと紐の垂れ下がった紙製の筒を掴んで振り返った。
それはまさに鬼の形相であり、同時に死相が浮いていた。これから死ぬ覚悟を決めた表情だ。手に持っているものは構造からして、恐らく爆弾の類。殺傷能力の低いダイナマイトの一種だろう。
「どきな!」
「待て。どこに行くつもりだ?」
「知れたことさ。あの屑どもを皆殺しにして、モリーを助けるんだ! わかったらどけ!」
なんと血の気の多い老婆だ。メガロドンとギュスターブはその気迫に気圧されたが、マックは表情一つ変えることなく行く手を遮った。
「その体で向かっても、手荷物を回収されて終わりだ」
「うるさいっ! あの子達は、私の全てだ。あんな奴らに……うっ」
突如、老婆は酷く咳き込んだ。咳とともに鮮血が吐き出され、やがて手の平から溢れて床を赤く染めた。
「ひでえ喀血だ、寝てろよ婆さん」
「うるさいよっ、何度も……」
続いて嘔吐。吐瀉物の中には赤黒い血が混じっている様子が見受けられた。これは吐血だ。
喀血と吐血の併発、消化器官と呼吸器官の両方に何らかの問題が発生している可能性が極めて高い。そんな状態の人間に戦闘なぞ、とても出来ることではない。
「婆さん。俺達が代わりに助けようか?」
マックから投げかけられた言葉に、老婆はしばし呆然としていた。しかし、すぐに正気を取り戻したらしく、
「はっ。あんた達みたいな化け物に助けてもらう気はないね」
「なら、こうしよう」
屈んで老婆と視線を合わせると、ヘルメットを操作して前面の装甲板を開き、その素顔を見せた。
「俺たちは傭兵だから、契約だ。お前の孫を助け出したら、そこの廃村を拠点として使わせてもらう」
老婆は鼻で笑った。
「ようするに、あいつらと似た者同士って訳かい」
「少なくとも、俺たちは契約抜きに略奪したりはしない」
「あったらするのかい?」
「契約者次第だ、婆さん」
何度か呼んではいたが、いざ改めてそう呼ばれると不服らしく、老婆は眉をしかめた。
「エリザだ。二度と老人扱いするんじゃないよ」
「その言葉、肯定の意味で捉えていいんだな」
答えは告げなかったが、代わりにエリザは解説を始めた。
「あそこはもう、人が消えてから二〇年は経ってるからねぇ。あんたらがどうしようと、私にどうこう言う権利はないね」
決まりだ。マックが立ち上がって装甲板を閉ざすと同時に、ウージーら別働隊から連絡が来た。
《こちらウージー。女の子を連れた集団が向かってきます。悪者でしょうか?》
素晴らしいタイミング。マックは作戦を素早く脳内で組み立てつつ、部下二人を振り返った。
《野郎ども、仕事の時間だ》
この瞬間、ギャルド・モンドのSW-1最初の戦闘が始まったのだった。




