第5話:迫る影と、聖域の開拓者たち
『魔の森』の聖域化から数週間。
俺たちの作ってきた小さな拠点は、今や活気に満ちた「開拓村」へと変貌を遂げていた。
王都を追われた職人たち――鍛冶師のガルドや、建設工のミナたちが中心となり、日増しに家々が立ち並んでいく。
「アルス様! この建材に『軽量化』と『不燃』の概念をお願いできますか!」
「ああ、任せてくれ。ガルド、そっちの鉄くずにも『超硬度』を付与しておいたから、頑丈な農具が作れるはずだ」
「がはは! 助かります! アルス様のおかげで、以前の工房より何倍も良い仕事ができますよ!」
豪快に笑う頑固親父のガルド。
彼らは皆、かつて王都で貴族や大ギルドに実績を奪われ、不当に扱われていた者たちだ。
だからこそ、俺の力に依存するのではなく、自分たちの技術と俺の『概念錬金』を掛け合わせて、最高のものを作ろうと誇りを持って働いてくれている。
「アルス様、お茶が入りましたよ。少し休んでください」
セラフィナが、湯気の立つカップを差し出してくれた。
『保温』と『極上の風味』の概念を施したお茶からは、芳醇な香りが漂う。
「ありがとう、セラフィナ。みんなが楽しそうに働いてくれて嬉しいよ」
「ふふ、ここはアルス様が作られた温かい居場所ですから。……ですが、主様」
セラフィナの美しい金色のオッドアイが、ふっと鋭さを帯びて森の外縁へ向けられた。
「森の外壁に設置された『警戒の概念』に、不穏な反応があります。……どうやら、王都の執念深い影が追いかけてきたようです」
その頃、『魔の森』の入口付近。
「おいレオン……本当にここを進むのか? ここは足を踏み入れた者が誰も戻らないっていう『魔の森』だぞ……」
怯えた声を上げるのは、元『光の剣』の魔導士メイビスだ。
その隣には、目の下に深い隈を作り、生気を失った顔をしたレオンが立っていた。
「行くに決まっているだろ……! アルスはここに逃げ込んだんだ! あいつを連れ戻して、俺たちの装備にまた『加護』をかけさせなきゃ……俺たちは路頭に迷うんだぞ!」
レオンの手には、質屋で二門三文で買い叩いたボロボロの鉄剣が握られていた。
かつての栄光も、SSSランクとしてのプライドもすべて崩れ去り、今の彼らを動かしているのは執着と恐怖だけだった。
「でも、あの森にはAランクのディザスター・ベアや、恐ろしい魔物が……」
「黙れ! アルスみたいな雑用に生き延びられて、俺たちにできないわけがない!」
レオンは半狂乱の様相で、森の闇へと足を踏み入れた。
しかし、彼らが目にしたのは――血に飢えた魔物の群れでも、陰鬱な樹海でもなかった。
「な……んだ……ここは……!?」
森の奥へ進んだ二人の眼前に広がっていたのは、温かな光に包まれた美しい街並みだった。
木々は青々と茂り、心地よい風が吹き抜け、住人たちの笑顔と活気があふれている。
そして、その街の中心で、王都では見たこともない豪奢で機能的な服を纏い、信頼に満ちた眼差しで人々に囲まれている青年の姿があった。
「あ……アルス……!?」
レオンの口から、掠れた声が漏れ出る。
「アルス! 探したぞアルス!!」
レオンは形相を変えて駆け出した。
「お前、こんなところで何をしている! そうだ、俺が悪かった! お前をクビにしたのは撤回してやる! だからすぐに王都へ戻って、俺たちの装備を元通りにしろ! また『光の剣』の仲間として使ってやるから!」
哀れなほどに自分勝手な叫び。
街の住人たちが不審な目でレオンを見つめる中、俺は静かに振り向いた。
「レオンさん……。断ります」
「な、なんだと……!? 命の恩人であるこの俺の頼みを断るのか!?」
「命の恩人?」
俺は冷ややかにレオンを見つめ返した。
「俺に雑用を押し付け、報酬を奪い、ライセンスを破り捨てて森へ追い払ったのが、あなたの言う『恩』ですか?」
「う……それは……だが、俺たちがいたからこそお前は冒険者でいられたんだぞ!」
「いいえ。アルス様を活かしていたのではなく、貴方様方がアルス様に『生かされていた』のです」
静かな、しかし凛とした声が響いた。
アルスの横から一歩前に出たのは、純白の角と美しき龍の翼をのぞかせたセラフィナだった。
その圧倒的な威圧感と神聖さに、レオンとメイビスは息をのんだ。
「龍……龍人族……!? なぜそんな伝説の存在が、アルスなんかに……!」
「アルス様は、私を苦しめていた不滅の呪いを解き、生きる意味を与えてくださった至高の主様。……アルス様を侮辱することは、この私、セラフィナが許しません」
セラフィナが静かに手を開くと、その手の上に凄まじい密度の圧縮魔力が練り上げられた。
森の空気が震え、レオンたちの足がガタガタと震え出す。
「ひっ……ヒイイイッ!?」
「アルス、助けてくれ! メイビス! 逃げるぞ!」
自らの愚かさと、決して届かない圧倒的な差を悟ったレオンたちは、尻餅をつきながら無様にも森の外へと逃げ出していった。
静まり返る街の中、俺は深呼吸をして、セラフィナに微笑みかけた。
「ありがとう、セラフィナ。でも、手加減してくれて助かったよ」
「当然です。アルス様の尊い領域を、あの者たちの返り血で汚すわけにはまいりませんから」
セラフィナは可憐に微笑み、俺の手にそっと自分の手を重ねた。
元パーティーとの過去は、これで完全に断ち切られた。
俺たちの前には、どこまでも広がる自由で温かな未来と、この最果ての領域をさらに発展させていくという新たな冒険が待っている。




