第1話:役立たずの解雇宣告と、歪んだ仮面の下の素顔
「アルス、貴様は今日限りで我がパーティー『光の剣』をクビだ」
突風のように吹き荒れる嘲笑と、冷酷な宣告。
王都の喧騒から離れた高級ギルドの個室で、リーダーのレオンは上質な革椅子に深く腰かけながら、俺に向かって追放を言い渡した。
「……えっ? レオンさん、今なんて……」
「耳まで悪くなったのか? クビだと言ったんだ。お前のような攻撃魔法一つ使えない雑用錬金術師など、我がSSSランクパーティーには不要だ」
レオンは金髪を指でかき上げながら、蔑むような視線を俺に投げつける。
その横には、魔導士のメイビスが冷たい笑みを浮かべていた。
「当然よね。アルス、あなたが毎日作ってくるポーションや装備のメンテなんて、その辺の道具屋で買い集めれば済む話だわ。あなたに支払うパーティーの取り分が、どれだけ無駄だったか理解できる?」
「でも……俺が調整した装備があったからこそ、先日の深層ボス戦も全員無傷で越えられたはずじゃ……」
「ハッ! 冗談は口だけにしろよ!」
レオンがバンと机を叩いて立ち上がる。
「あのボスの攻撃を完璧に受け止められたのは、俺の剣技とメイビスの防御結界のおかげだ! お前が渡してきたなまくらな剣や安物の防具など、足引っ張りの気休めに過ぎん! 自分の手柄だとでも思っていたのか?」
……違う。
俺が彼らの装備に密かに施していたのは、ただのメンテではない。
俺の固有スキル『概念錬金』だ。
この世界において、錬金術師は単に素材を混ぜ合わせるだけの弱小職とされている。
俺自身、自分の能力を正しく理解していなかった。
だが、幼い頃からただ一心に仲間を守りたい一心で道具に魔法陣を刻むうち、俺の錬金術は普通のそれとは違う変質を遂げていた。
レオンの剣には『あらゆる衝撃を逃す』という概念。
メイビスの杖には『魔力消費を激減させる』という概念。
重騎士の鎧には『致命傷を自動で修復する』という概念。
俺が夜遅くまで血の滲むような思いで付与していたその『概念』こそが、彼らを常勝無敗のSSSランクに押し上げていた真実だった。
しかし、彼らはそれを『自分たちの実力』だと過信し切っていたのだ。
「フン、言い返せないようだな。無能の自覚があるなら大人しく去れ。……ああ、それから」
レオンは邪悪な笑みを浮かべ、俺の胸元から冒険者ライセンスをひったくると、容赦なく二つに破り捨てた。
「お前のようなゴミが王都で『光の剣』の名を騙られては迷惑だ。今日限りで王都からも出て行け。二度と俺たちの前に面を出すなよ」
ビリビリに裂けたライセンスの破片が、冷たい床に散らばる。
俺は言葉を失った。
命がけで支えてきた3年間。
どんなに理不尽な雑用を押し付けられても、いつか仲間として認めてもらえると信じて耐えてきた。
だが、彼らにとって俺は、都合の良い捨て駒に過ぎなかったのだ。
「……分かりました」
俺は床に落ちた破片を拾い上げることなく、静かに背を向けた。
「ふん、さっさと失せろ。おいメイビス、今夜は祝杯だ! 足引っ張りが消えて、明日からのダンジョン攻略が楽しみだな!」
後ろから聞こえる嘲笑と乾杯の音を聞きながら、俺はギルドを後にした。
王都の門を出て、夜の静けさに包まれた街道を歩く。
行くあてもなく、ただ足の向くままに歩き続けた。
悲しさと悔しさが胸を締め付ける。
だが、それ以上に……不思議なほど心が軽くなっていくのを実感していた。
「……もう、あんな風に誰かに怯えて、毎日無理をして道具を作り続けなくてもいいんだ」
俺の手元に残されたのは、古びたリュックサックと、作業用の小さなナイフ一本。
ギルドからの報酬は一度も支払われず、貯金すらまともにさせてもらえなかった。
歩き続けて数時間。
目の前に広がるのは、人間が立ち入ることを拒む絶対の禁域――『魔の森』だった。
凶暴な魔物が跋扈し、足を踏み入れた者は生きて戻れないとされる絶望の森。
普通なら恐怖で足がすくむ場所だ。
だが、今の俺にはここしか行くあてがなかった。
「ここで……一人で静かに暮らせる場所を探そう」
俺はナイフを固く握り締め、暗闇に包まれた魔の森へと一歩を踏み出した。
その時だった。
草むらが大きく揺れ、血のように赤い目をした巨大な熊型の魔物――『ディザスター・ベア』が姿を現した。
Aランク冒険者パーティーでも苦戦する、森の狂暴な捕食者だ。
「ガアアアアアアッ!」
耳を裂くような咆哮とともに、鋭い爪が俺に向かって振り下ろされる。
「くっ……!」
死の直前、視界がスローモーションになる。
恐怖で思考が真っ白になりかけたその瞬間、俺の脳内に、今まで感じたことのないほど鮮明な『声』と『波動』が駆け巡った。
(仲間を守るためじゃない……自分自身のために、生きるために……術を行使しろ!)
胸の奥底で、固く閉ざされていた何かが弾け飛ぶ感覚。
俺は反射的に、手にしていた小さな作業用ナイフを突き出した。
「『概念錬金』――発動!」
手に握るナイフへ、俺の魔力と全意識が注ぎ込まれる。
今まで漠然と行っていた付与が、明確な意思を持って物質の理を書き換えていく。
付与する概念は――『絶対切断』。
カツン、と小さな音が響いた。
巨大な魔物の爪が、そしてその巨体そのものが、まるで柔らかい豆腐でも切るかのように、綺麗に真っ二つに裂けて崩れ落ちた。
「ガ……っ!?」
絶命した魔物が地響きを立てて倒れる。
俺は自分の手にあるナイフを見つめ、激しく息を吐き出した。
「いまの……は……?」
刃先を見つめると、そこにはかすかに青白い光が宿っていた。
俺の『概念錬金』は、ただ効果を高めるだけのスキルではなかった。
対象となる存在に、この世界の常識を凌駕する『概念そのもの』を直接付与する、神の領域の力だったのだ。
「これなら……俺は、この森で生きていける……!」
確かな手応えと、初めて味わう自立の喜びが胸に込み上げる。
しかし、俺はまだ知らなかった。
俺が去った王都で、『光の剣』の装備に付与されていた『概念』が完全に切れ、彼らが未曾有の絶望へと転がり落ちていくことを。
そして、この魔の森のさらに奥深くで、ある『恐ろしい呪い』に縛られた一人の少女が、俺の訪れを静かに待っているということを――。




