貴族は気付いた
昏倒した盗賊団を前に、ほっと一息。
痛む身体に本格的な『治癒』をかけながら、エリシオは座り込んだ。
『仕込み』は上手く発動し、エリシオは辛勝した────否、時間稼ぎに徹さなければもう少しやりようはあったが、彼にとっては関係ない。
取った戦法がなんであれ、そもそもその選択をしたのはエリシオ自身。あとに残るのは、互いに全力を出した良い勝負だった、という感想だけだ。
無論改善点はあるが。基本的に、向上心と探求心がノブレス・オブリージュを振り回して歩いているような男である。
けれど。
彼に言わせてみれば、この戦いで一番の功労者は別にいた。
「それにしても、本当に良い結界だった。転用してしまったのが勿体ない程には」
戦いの最中、空を見上げたことに意味はない。
なにせそこには、もう何もないのだから。
アイシャの張った強固な結界は、その
「『共振』を受けた時にのみ反応する」
効果を改造され、
「触れたものに問答無用で『共振』を掛ける」
結界となって砕け散った。
その『共振』はといえば、対象の状態を離れたものに伝播させる魔法。
その名の通り、発動した直後はろくに効果がない。精々が、空気の振動をガラスに伝えて割る程度だ。
だが時間が経てば経つ程その効果は増していく。
加えて何十もの「眠り」を伝播させてやれば。
────おあえつらえ向きにも、元の結界の対象は村全域。
紐づけるのは容易かった。
そんな訳で、使い所が限られ過ぎている超マイナー魔法は一転、かけられた者をじわじわと眠りに落とすヤバい代物となって、盗賊団を壊滅させたのだった。
ちなみにそのアイデアをもたらしたのは宿屋の夕食である。教えた味噌漬けのレシピが自身の身を守ることに繋がったとは、宿屋の奥方も思うまい。
「さて。今のうちに無力化を……あ゛っ」
しかしまあ、つまるところ。
エリシオの目の前には三十人ちょっとくらいの眠りこける盗賊たちが転がっているわけで。
目を覚ましてすぐに暴れられても困るので、さっさと縛っておく必要があるわけで。
村の者を手伝わせる訳にもいかないわけで。
「……いや。自分でやっておいて何だが、これは……凄く……手間だな……?」
手元のロープを「足りるか……?」と見つつ、とりあえずエリシオは動き出し────すぐに止まる。
感じるのは、視線。
それも粘つくような嫌なもの。何事かと訝しんで、思い出す。
そういえば、村の外に監視役がいるのだった。
彼がここ数日間眠れなかった原因である。この村に滞在している間のエリシオは、常に微妙な緊張感の中にいた。
まあ、戦闘中は余裕がなく、すっぱり忘れていたのだが。
残党がいると面倒なので、まとめて捕縛してしまいたいが────
(……おかしい)
気味の悪い違和感が脳裏をよぎる。
どうしてかわからないそれの正体を探るべく、エリシオは周囲を見回した。
盗賊団、村、そして空。視界に入るそれぞれに対して思考を巡らせ、ようやく思い当たったのは。
(何故、|主要部隊を無力化したのに《・・・・・・・・・・・・》、|何事もなく監視が続いている《・・・・・・・・・・・・・》?)
この監視役、頭領の男が倒れたというのに、慌てる様子の一つもないのだ。ただただ、淡々とこちらを見続けている。
よほど統制された集団ならばそれもあり得るだろう。しかし、先の戦闘から察するに彼らはそのタイプではない。どちらかといえば関係性を大切にするクチだろう。
つまりこの視線は、盗賊団の一員のものではなく────村を見ていた訳でもない。
村に入った時から感じていたこれは、結界が壊れる前からずっと、
エリシオを視ていたのだ。
勇者パーティーの優秀な魔道士が張った認識阻害の結界だ。外側から壊すのは論外、内側からでも干渉方法を知らなければどうにもできない。
どうにもしようがないからこそ、盗賊団はひずみから侵入したし、手口をある程度知るエリシオとて数時間惑わされたのだ。
それを、やすやすと。それも遠距離から。無効化できるものだろうか?
(……あり得ない。もしできるというのなら、あのアイシャを超える才を持った魔道士がいることになる)
ちらり、とその方角に目を向ける。
南東。仄明るくなっている地平線、その一点から今もなお気配がする。
そちらにしばらく行けば、国でも有数の港町、アスールがある。アバリス家という魔道具研究に秀でた一家が治める街であり、港町の割に治安が良い。騎士団もそれなりの数が駐在していたはずだ。そのため、元より予定していたルートでは行くつもりはなかった。
(……技術力の賜物だ、という話ならば素晴らしいのだが……それでは何故私を視ていたのかに説明がつかない。どうしたものか)
嫌な予感はとっくにしている。しかし、アクセルを踏み切れない。
重ねて言うが、エリシオは急いでいるのだ。
万が一思い過ごしだったならとんでもないロスになる。ましてや今回は被害者やこれ見よがしな結界などがない分、その確率は高い。更に言えば、相手が移動しない可能性なぞどこにもない。
言ってしまえば現状は、視られているだけ。実害はないに等しい。
(……流通の乱れも、不穏な噂も現状聞こえていない。ここは一度────)
無視しよう。
後ろ髪は引かれる。が、もしもその魔道士が敵だった場合、勇者たちに早急に伝えねばもっと悪いことになる。
やむを得まい、どうしても気になるようなら後ほど。
そう決めた時だった。
ぞわり、と気配が膨れ上がる。
|背筋を伝うような嫌な感覚。
それには覚えがあった。
(こ……れは。あの竜の死霊と同じ部類の……!!)
その間にも事態は動く。膨れ上がった気配は、そのままに魔力を練り上げ────アスールの方角から何かが飛来する。
それは、瘴気。
夜の闇が霞むほどに黒く、濁った、周辺の木々が腐り果てるほどの淀み。
この世において、『終わり』としか形容のしようがない死の塊。
およそ人に向けるものではない。
世界に自然に存在しうるものでもない。
それが、空を切り裂くような速度でこちらに飛んでくる。
さながら彗星のごとく、しかしその色はドス黒い。
「神々に奉るッ!!」
咄嗟に十字槍を振り上げ、退魔の起句を叫ぶ────しかし、何も起こらなかった。
相手が悪過ぎる。あの正体不明の魔法はそこらの教会を街ごとを消し飛ばして余りあるほどの威力、対してエリシオは聖職者ですらない。補助となる聖水も足りない。
故に、拮抗することすら叶いはしない。
「……やはり駄目か。ならば」
エリシオは手札の内、一番被害が少なく済む選択肢を諦めた。
この場から逃げることは、エリシオ一人なら問題なくできる。
しかしそれをしない。するはずもない。
盗賊団は捕まえた。恩は返した。
であれば後に残るのは、貴族としての義務。
村の人々も盗賊団も何もかも、この国のすべてを助ける意志。
エリシオが負うべき、命の責任。
最善は潰えた。であれば次に取るのは。
「やむを得まい、許してくれとは言えないが……」
槍を降ろし、鞄から引っ張り出した杖に持ち替える。
王都で特注した杖だ。宝石が散りばめられており、カットされた面の一つ一つが、月と闇を交互に映して煌めいている。
その先端を、エリシオは大地に翳した。
そして少し、ほんの少しだけ躊躇ってから────
「『隷属』」
*
セリが目を覚まして一番に、閃光が目を焼いた。
(またかよっ)
どうせあのお坊ちゃんにとっ捕まったんだーだの、どんだけ目潰し好きなんだ悪趣味かよーだのと内心で悪態をつきつつ、再び、今度はゆっくりと目を開ける。
しかし、開けたはずの目にはどうも景色が映らない。
ただただ白い閃光が広がるだけで、他なんて何一つも写りはしない。
「……死んだかな?」
確認のために頬をつねる。痛かった。
現実逃避は意味を成さず。であればこれは現実。
それなら尚のこと、随分とふざけた光景であった。
抉れた大地、足元だけ枯れ果てた草花。
へし折れた杖。
ふっ飛ばされたのか周囲に転がる盗賊団。
黒と白が入り混じる、とても小さな満天の流星群。
そして、その中央に立つ、満身創痍のエリシオ・フォン・レーヴァ。
「……寝てる間に恩まで売られたってわけ?」
「むっ!起きたか」
小声のつもりだったが気付かれたらしく、エリシオがこちらを振り向く。
皮膚が何箇所かぱっくり切れていた。切傷、というよりかは内側から裂けたような。おまけに口の端から血が垂れている。
魔法に疎いセリにもわかる、魔力の許容量超過だ。身体が過剰な量の魔力に耐えられず自壊する現象。桁違いの量を一度に流さない限り起こらない、とされているが────起きている、ということはそういうことなのだろう。
まじまじと見るセリのことは無視して、「早速聞きたいことがあるのだが」とエリシオは続ける。
なんとなく察しがついたが、一応訊いた。
「なにさ?」
「……元雇い主、とやらの名を教えてくれないか。今すぐに」
「必死だねぇ。……まあいいか。僕らのこともついでに始末したかったみたいだし」
アスールは、国で有数の港町であり────治める侯爵家の領地は、この周辺一帯を含んでいる。
故に、「お偉いさん」といえば。
「アバリス伯爵。魔道具のためなら悪魔とだって契約するド外道だよ」
勇者の背中は、遠ざかる。




