【7 不老の未来】
【7 不老の未来】
アリスの家にいたシズのメンバーの全員は、フェージング率いる魔導師連盟衛士隊に捕らえられた。他のメンバーも捕まえるために情報を引き出そうとしているが、口が堅いものが多く、たとえ白状させられたとしても、その頃にはみんな逃げた後と思われる。
この事件についてだが、ルーラがアーシュラの案内で魔導師連盟に行った時、フェージングはあいにく留守だった。
「手紙の件で仲間が捕まったことを知ったら、あいつらソナバァをどうするか。一足先に行ってぶちのめましょう」
というアーシュラの提案で一足先にアリスの家に行き、突入したのだ。
フェージングには、
「シズが再び怪しげな儀式を行おうとして、かつてのアジトに住んでいるアリスに目をつけた。彼女を儀式の生贄にしようとしたところを衛士隊が突入、救い出した」
とすることにしようと提案した手紙を残しておいた。
その後はご存じの通りである。アーシュラが正面から、ルーラが大地の精霊の助けで地面を潜り地下を強襲し、手紙を読んで駆けつけたフェージングたちが遅れて突入したというわけである。
とはいえ、突入時に発生した火事のためアリスの家は半焼。さらに首謀者のミリードは木になっている、アリスは行方不明で、代わりに少女が1人生贄にされかかっていたなど、現場は混乱した。その少女がアリス本人だとは、フェージングをのぞく衛士は考えもしなかった。
ちなみにベルダネウスはシズに違法な取引を強要されたが拒否、そのために捕まっていたということになった。
生贄にされた恐怖で怯えきった(演技をしていた)アリスに、さすがに衛士達も無理に尋問しようとはしなかった。とにかく時間を置こうとシズのメンバーを尋問することを優先し、アーシュラたちに預けて現場を去った。
あとは単純である。見張りとして残ったわずかな衛士を気絶させ、ベルダネウスたち4人はアリスの荷物を馬車に載せて逃げ出したのである。彼女の荷物は運び出すためシズがまとめておいたので積み込みは早かった。
ホラックリー北の町境、街道沿いの店でベルダネウスたちは休みを取っていた。半日馬車を走らせ通しだったので、ろくに食事もしていないしさすがにグラッシェも疲れていた。
店でパン、ジャガイモのスープ、肉や魚の串焼きで腹を満たす。
「やっぱり若い体は違うのかしら。お肉が美味しいわ」
肉を飲み込むと、満足げにアリスは微笑む。口調こそ年寄りめいてはいるが、口の端に肉汁をつけたまま温かいミルクを口にする姿はどう見てもただの子供だ。
ちなみに、今の彼女は町を出る際に手近な古着屋で買ったものを着ている。吟味している時間が無かったので、ちょっと大きめだし、デザインも少し変だが彼女が着ると個性っぽく見えるから不思議である。
串焼きのおかわりを頼むと、パンをちぎってはスープに浸し、口に運ぶ。時間が時間なので焼きたてではないが、パンの甘みとスープの塩気がうまく絡み合ってうまい。この手の休憩所のパンとしては上物である。
「確認しますが、体の方は大丈夫なんですか? 何かおかしい所があるとか?」
心配そうにベルダネウスが聞くと
「気がついていないだけかも知れないので、後でいろいろ調べてみます。でも、今のところおかしいという感じはしません。やはり10才ぐらいの体ですね。胸の膨らみもそうないし」
胸元から自分の胸をのぞいてみる。さらにスカートをめくって下着の中も見て
「毛も生えてません」
『言わなくて良い!』
アーシュラたちが声を揃えて突っ込んだ。
「でも、精霊の力を借りて若返ったわけだから、その影響はあるかも知れませんね。ルーラさん、精霊石をちょっと貸してくださいな」
精霊の槍を受け取ると、穂先の精霊石に意識を込める。
「なんか引っかかるようなものは感じるけど、精霊と意識を通じ合えるにはほど遠いわ。でも、前に比べて確かに精霊を感じやすくなっているかしら」
精霊の槍を返す際、彼女の視線はルーラの背後に止まった。
「あなた……」
「何かあるんですか?」
ルーラは振り返ってみたが、特に変わったものは見えない。
「いえ、そのうちご自身で気がつくでしょう。ヴァンクというのはとても義理堅い生き物なんですね」
その言葉の意味をルーラたちが知るのは、もう少し後のことである。
「どうしてミリードは木になって、ソナバァは若返ったのよ?」
腹が膨れたせいか、今まで聞けなかったことを口にする余裕も出てきた。
「それはきっと、日頃の行いが良かったせいでしょうね」
「私は真面目に聞いているんだけど」
「私は真面目に答えているんですけど」
アリスは寂しげな目で天を仰ぎ
「ミリードさんは、不老不死を求めてはいたけれど、その先の希望が弱かったんだと思うの」
「不老不死それ自体が目的だった言うことですね」
ベルダネウスが跡を継いだ。
「しかし、アリスさんは不老不死は手段であり目的ではなかった。あなたは自身の目的のため、どうしても人間で居続けなければならなかった。だからあなたは体を作り替えられても、人間という枠を守り続けた。
しかし彼の目的は不老不死であり、人間であり続けることではなかった。だから彼は寿命と引き換えに人間でなくなった」
「ま、そんなところでしょうね。もちろん、あの人も最初からああだったわけじゃなかったでしょう。昔、最初ら私に協力を申し出に来た時の彼はもっと目がぎらついてました。若さと野望が暴走しているみたいに」
「ミリードさん、どうなるんでしょうか?」
「元が人っていう珍しい木だものね。おそらく魔導師連盟によって別の場所に植え替えられて、徹底的に調べられるでしょうね。ま、ある意味、大事にされるわ」
他人事のように言いながら、アーシュラは最後のパンのかけらを口に放り込んだが
「私、彼を人間に戻す方法を探してみようと思うの」
アリスの言葉に、思わず喉に詰まらせた。慌てて紫茶で流し込み
「ソナバァ、本気で言っているの? あんな奴、助けることないわ」
「でも、成り行きはともかく、私が考えた方法でああなってしまったわけですし」
「あいつが無理矢理割り込んだ結果じゃない。あいつだって魔導師なんだから、魔導儀式の最中、割り込むことがどれだけ危険だか知っていたはずよ。自業自得よ」
「でも、彼は私に助けを求めてきたんです。私なら今の自分を助けられると信じて。それなのに、私は何も出来なかった。どうすればいいのかすらわかりませんでした。
確かにあの人のやったことは、魔導師らしからぬ事だったかも知れません。でもね、あの人は私の研究を信じてくれていたの。私が出来ると見込んだ方法なら必ず出来ると。いくら私が、私の道が正しいとは限らないと言っても……彼は自分たちの方法が正しいという私の言葉を求めたの。それほどまでに、私の研究成果を信じてくれていたのよ」
その時のアリスの顔は、外見には似つかわしくないほど憂いを携えていた。
さすがにそれを目の当たりにしてはアーシュラもそれ以上強くは言えないのか
「勝手にすれば。ソナバァの人生よ」
と目をそらした。
アリスはしっかり頷いたところに、串焼きのおかわりが運ばれてきた。
「ところで、支払の残りはどうなるんでしょう」
ベルダネウスがしっかり聞いた。
「そうよ。私の仲介料!?」
アーシュラも目の色を変えて乗り出した。
「羽根の精霊力はもう使っちゃったから。やっぱりいらないってわけにはいかないわよね。
でも、大丈夫のはずですよ。ねぇ、ベルダネウスさん」
にっこり笑って見つめ合う2人を、ルーラとアーシュラは怪訝な顔で見比べている。
アリスの笑みを受けていたベルダネウスだが、やがて軽く自分の頭を叩き
「まいりました。お見通しですか?」
「私だって少しは気になっていたんですよ。ミリードさんたちが羽根のお代として用意したあの300万ディル」
聞いた途端、アーシュラとルーラが驚いて顔を見合わせた。
「出発の時、他の荷物と一緒に、馬車に積みましたよね」
途端、アーシュラが馬車に駆け込み、真新しい木箱を持って戻ってきた。中にはあの手脂ひとつ無い新品の金貨で300万ディル。
「これはもともと私が研究に使うヴァンクの羽根の代金として用意されたものですから。そういうことで」
「アリスさんも結構ずるいんですね」
「ちょっとのずるさは生き方を楽しませてくれますよ」
「それは私も同意見です」
ベルダネウスは木箱の蓋を閉め
「では、そういうことで。仲介料2割で60万ディルは後で。ここでは人目がありすぎる」
アーシュラが顔を突き出し、指を8本立て
「80万ディル」
「いつ増えたんです?」
「昨日ソナバァが払った分と口止め料を上乗せしただけ」
「70万ディル」
ベルダネウスが彼女の立てた指を1本折る。
「75万」
折られた指を半分だけ戻す。
2人のやりとりをルーラは呆れ、アリスは面白そうに眺めていた。
腹ごなしを終えて、一同は出発する。日が暮れる前にできるだけ離れた町に行きたい。
「これからどうするんですか? 1人で生きるには、その外見では不自由だと思いますが」
御者台で手綱を取りながらベルダネウスが聞いた。
アリスとアーシュラは荷台の中で荷物の整理をしている。
「確かにこの外見では1人暮らしは難しいですけれど、心配はいりません。しばらくアーシュラの所にいますから」
「ちょっと、私の所に居候する気?」
「いけないかしら?」
「ただでさえ私の所は手狭なのに。ベルダネウスについて行きなさいよ。その外見ならこいつの子供で通るわよ」
「ベルダネウスさんがお父様ですか? 悪くはないですけど、自由商人さんと一緒では私の研究に必要な設備が整えられませんよ。でも、アーシュラの所なら必要なものは一通り揃っているし、あなたがお世話しているっていう魔導人にも会いたいわ」
「周りにはどう説明するのよ」
「知り合いの子を引き取ったことにすればいいし。いっそのこと、私をあなたの隠し子ということにすれば」
「冗談はやめて。100才以上年上の娘なんていらないわ」
「そんな冷たいこと言わないで。ママ」
「誰がママよ!」
「じゃあお母さん」
「やめて、お黙り、あんたなんかあたしの子供じゃないわ」
「お母さんがあたしを産んだんでしょ!」
「あんたを産んだのはお父さんよ!」
勢いなのか、アーシュラも言うことが支離滅裂になっている。
2人の会話を背に受けるベルダネウスの手綱を握る手が震えていた。
馬車の屋根では、ルーラが腹を抱えながら必死に声を殺していた。
(終わり)