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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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77 覚悟を決める

 少年から御影の居場所、つまりは『屍の牙』の現在地を聞いた高月たちは、襲撃の準備を始めていた。なぜ少年がその場所を知っているのかは、訊いてもはぐらかされた。


「なぁ、ホントに俺たちだけで行くのか?」


「それしかありませんよ、会長。僕らは新参で人望も能力も信用もないですしね」


「っつってもよぉ……」


「大丈夫です。一人だけ、協力者の当てがあります」


「それでも三人だぜ……?」


 弱々しい声を漏らす永井は置いて、高月はエレベーターのボタンを押す。行き先はエントランス。ここには、各部隊員たちの自室に繋ぐことができる電話がある。これで、浜野に声をかけようと思った。

 エレベーターの到着を知らす音を聞いて、開いた扉から出る。広めのエントランスの受付で浜野の部屋番号を聞くと、右に行って、いくつか並んでいる電話機のうちの一つまで歩いた。

 受話器を手に取ると、受付で聞いた番号にかける。浜野はしばらく出なかった。

 そろそろ諦めるかと思ったところで浜野の声が聞こえ、受話器を持ち直した。


「わり、寝てた」


「ああ、そうだろうと思ってたよ……」


 呆れ交じりに苦笑し、たわいもない挨拶を交わす。高月は世間話や下らない笑い話を置いて、すぐに本題に入った。





 本当に大丈夫なのだろうかという不安を抱えながら、永井は受話器を持つ高月の背を見ていた。

 高月は知らない。

 篠崎と相対したことがないから、彼がどんな力を持っているのかを知らないのだ。

 彼と一対一で戦った永井にはわかる。あれは、三人の人間程度で勝てるような男ではない。

 知恵を絞ろうが、策を練ろうが、力を合わせようが倒すことはできない。それだけの力を持っている。

 それとも、何か方法があるのだろうか。例えば、当てのある協力者とやらが実はものすごく強いだとか――。


「――キミは、あの時の生存者かな?」


「わっ!?」


 突然聞こえた声に驚き、永井は勢いよく振り返った。その先には狩野将門――永井たちが壁の中に入ってすぐの時にゾンビ化の原因について教えてくれた人物がいた。

 狩野は永井の反応に目をしばたたかせて、挙げた手で空を掴む。やがて噴き出し、動かしていた手で頭をかいた。


「はっはっは、すまない。いや、驚かすつもりはなかったんだ」


「い、いえ……こっちこそすいません。えっと、狩野さん……でしたっけ? こんなところで何を?」


「ああ、ちょっと連絡したい相手がいてね。でも今は都合が悪いみたいで、連絡が取れなかった。そんなところにキミがいたから、ちょっかいかけてやろうと思ったのさ」


「なんすかそれ……」


 どんなタイミングだ、と力なく笑う。そんな永井を見て反応が気に入ったのか、狩野は一度笑うと、会話を続けようとした。永井は一瞬高月の方を見て、彼の会話がまだ続きそうなのを確認してから狩野に向き直る。


「時にキミは、これから『屍の牙』と戦うつもりだな?」


「えっ、なんでそれを!?」


「今の仕草。キミはあそこで受話器を握る彼を見た」


 狩野はニヤリと笑いながらそう言って高月を指差す。反対の手を顎に当てて、眼光を強めると。



「――彼の堂々とした立ち姿は、覚悟を決めた男のものだ」



「――――ッ!!」


 なるほど、と永井は思った。

 先ほどまでの悩み。篠崎に対抗する策があるのだろうかという悩み。それは勝てる見込みがないのだと決めつけていた永井の一方的な諦観によるものだ。

 高月は堂々としている。それは篠崎の強さを知らないからではない。

 覚悟を決めているからだ。

 御影奈央を必ず助け出すのだと、そう決意しているからだ。

 だからああも堂々としていられる。

 一方の永井はどうだ。勝てるだろうか、三人では大丈夫だろうか、などと悩んでばかりだった。

 秋瀬にあれだけかっこつけておきながらこれだ。情けないにもほどがある。

 覚悟が足りなかった。

 永井には、それが足りていなかった。

 そして今、覚悟はできた。


「俺、絶対に勝ちます! 勝ってくるっす!」


「は? ああ、頑張りたまえ」


 狩野にそう返すと、永井は電話を終えた高月に声をかけ、戦闘準備を急ぐことにした。





 そんな永井の背中を見ながら、狩野はこぼす。


「さっきのは適当だったんだがな……」


 覚悟を決めた者の立ち姿など、狩野は知らないし興味もない。適当に言ってみたら、永井はなぜか一人で納得して走り去ってしまった。

 これから『屍の牙』と戦闘するつもりか、との問いもカマをかけただけだ。確信があったわけではない。


「私はそんなに優秀じゃあない、と」


 狩野は思い出したように携帯電話を取り出す。

 壁を作った組織『新政府』は、自衛隊が出動できない状況下での生存者の生存能力をできる限り高めるべく、様々な策をとった。

 その一つに、通信インフラを整えるというのもある。

 携帯電話の通話機能や情報収集のためのネットワークは現在、全て『新政府』の手で動いている。それだけでなく電気や水道も、可能な限り手を回しているようだった。

 などと言えばすごいが、実際は壁内の生存者の中で少しでも精通していた人間を割り振って使っているだけのことだ。おまけに人数だって満足におらず、彼らが相当な激務であることは想像に難くない。

 つまりは――。


「私だ」


 狩野は歩きながら携帯電話で通話を始める。向かう先は自身の研究室。片手で携帯電話を握ったままドアを開き、中へ入ると鍵をかけた。

 念のため研究室に誰もいないことを確認すると、通話相手に伝える。






「篠崎くん、キミのところへ数人こちらの者が向かうようだ。ああ、始末してくれて構わない」





 ――通信を整備している側は激務。つまりは、少しばかりこのような話をしても会話の内容がバレたりはしない。


「何としてもキミが捕らえた『使徒』は守り抜いてくれたまえよ?」


「りょーかい」


 ブツッと通話は切れる。

 ため息をつきながら二つ折りの携帯電話を閉じて、そろそろスマートフォンに変えるか、などと考える。


「すまないね、永井くん。キミは、いい青年だった」


 倒れるようにイスに座り込むと、机の上の資料を手に取る。それには、『使徒』について記されていた。


「ただ一つ問題だったのは、その溢れんばかりの正義感……」


 一通り目を通すと投げるように机にばらまき、虚空を見つめた。


「さようなら、気高き若人よ」


 ――蛮勇を振りかざし、立派に散りたまえ。気が向いたら、墓前に花くらいは添えてやろう。

 狩野は、不敵に笑った。





※※※





 戦闘準備は大したことができなかった。わざと一夜明けて防衛戦の後処理が少し落ち着いたところに声をかけたりしたが、無駄だった。

 それはそうだろう。端から見れば自殺行為だ。協力する方がおかしい。

 永井は前島や五木にパワードスーツを使えないか訊いてみたが、首を縦には振ってくれなかった。よって、武装は大したものを持てない。第二部隊の戦闘スーツで身体能力を上げたくらいだ。

 しかし、そんな武装の中に面白いものを入れられた。

 それは、インカムだった。

 正確には、インカムの形をした戦闘補助アイテム。なんと、永井が五木に頼んであった感情を持つ人工知能の試作型を搭載しているらしい。

 これで、合成音声が永井の戦闘をアシストしてくれるのだ。これで戦略の幅は相当に広がっただろう。

 高月や協力者である浜野の方は、通常通りの武装ができたらしい。なんでも第二部隊は武器保管庫に武装をそのまましまって、点検などもしないから、出してくるのも容易なんだそうだ。適当である。

 そして出撃の許可は、壁のリーダーである少年が出した。よって、高月たちは誰に咎められることもなく出撃することができる。


「さーて、一丁頑張りますかぁ!」


「ですね」


「ぶっ潰そうぜ!」


 出撃ゲートに並んだ少年たちは、各々伸びをした。

 それぞれの想いを心に秘めて。


「ナオを取り戻すこと、これが第一目標です。ですので、極論これさえ達成できれば勝てなくても良い」


「おうよ」


「まぁ壁に追っ手を招くような事態にならないようにしなければいけないため、そう簡単ではありませんけどね」


「……だよなぁ」


「だりぃ……」


 永井も浜野も露骨に落ち込む。そんな二人を見て高月は苦笑した。

 それから落ち着いた調子で息を吸い込み。



「行きましょう」



 声は風に消え、直後、少年たちは出撃した。

最近アクセス数とブクマの伸びが良くて嬉しいです。更新ペースを維持して、読者さんたちを離さないよう頑張ります。

もしお時間ありましたら感想など自由に書き込んでください。

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