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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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78 儚い願い

 篠崎に連れられて、御影は長い距離を移動した。移動のためにお姫様抱っこされたのは風見には言えない。

 多摩地区を奥へぐんぐんと行き、八王子の辺りまで来たような気がする。

 かろうじて高層ビルの立ち並ぶ駅前を抜けてぐんぐんと奥へ行く。やがて街並みは住宅街のそれへと移り変わり、畑もちらほらと出てきた。

 生存者は時折見かけるものの、やはり少ないように感じた。その分ゾンビも多いが、何より多いのは不思議なことに死体だった。

 ゾンビに食い散らかされ、四肢欠損はもちろんのこと、内蔵のほとんどがぶちまけられたものも珍しくはない。しかしなぜだかそれが不思議に感じた。

 街道沿いはグロテスクだった。

 暴走したのか電柱にぶつかった車。大破したバイク。血。壊れた住居。荒らされたコンビニエンスストア。肉。倒れた木々。壊されて中身を抜かれた自動販売機。死体。どこから持ってきたのかわからないATM。変な方向に曲がった自転車。内蔵。ぐちゃぐちゃにぶちまけられた人の形をしていたもの。それらを貪るゾンビの群れ。時折こちらを見つめるゾンビ。篠崎に襲いかかり頭を吹き飛ばされるゾンビ。ゾンビ。ゾンビ。ゾンビ。



 そこには、死、だけが、広がっていて。



「――おい?」


「はっ!」


 呼びかけられて意識が回帰する。

 視線を上げると、篠崎が眉をひそめて御影を見下ろしていた。


「アンタ大丈夫かよ? すげー顔してたぞ」


「い、いえ……」


「アンタを連れ帰るのは俺たちのサポーター? みてーなやつの頼みなんだ。なんかあったら困るのはこっちなんだからな、頼むぜ?」


「あ、はい……」


「っとー、そんなこんなで着いたな。ここが今日の俺たちのアジトだ」


「え? ここ、ですか……?」


 そこは小さな病院だった。二階建てであるため、診療所ではない気がする。隣には薬局があるが、当たり前ながら営業はしていない。病院の看板には『舵医院』と書いてあった。

 中に入ると、篠崎は軽い調子で挨拶した。


「うぃーっす、誰か帰ってるかァ?」


「帰って来たのは貴方だけよ」


「そーか」


 つまらなそうに呟くと、待合室の長椅子にどかっと座り込む。

 篠崎に言葉を返した女性は篠崎の正面に座っていた。御影はその女性の顔を見て、目をみはる。


「あなたは……っ!?」


「あら、貴女は確か……あの時のお嬢さんかしら?」


 黒く、つやのある綺麗な髪には見覚えがあった。それは、マイクロバスを降りて竹山を倒した後に現れたゾンビだ。

 そこで御影ははっと気づく。

 御影たちは、彼女に『いずれ仕留める』と言われていたのだ。

 咄嗟に身の危険を感じて一歩身を引いてしまうが、女性は安心させるような目を向けた。


「身構えなくても大丈夫よ。貴女は特別みたいだから、襲わないことにしたの」


「私が……特別……」


 言われても安心できない御影は、胸の前で手を組んだまま、女性に訊く。


「教えて下さい……! 私は、どう特別なんですかっ!?」


 自分が特別な人間。

 急にそう言われても納得できるものか。こんな意味のわからない組織に連れ去られるほど特別な力は、あいにく持ち合わせていない。

 そもそも御影はゾンビでさえないのだ。能力自体を持っていない。ましてやこんな得体の知れない組織に連れ去られるような人間ではないはずだ。

 そう、思っていたのだが――。



「――貴女はね、『使徒』と呼ばれる存在なの」



「使……徒……?」


 言葉の意味が飲み込めず、必死に頭を回そうとする。使徒? キリストの弟子だろうか。そんなわけがない。では何のことだろうか。

 思考がまとまらずに混乱する。そんな御影に構わず、女性は続けた。


「そう、貴女は『使徒』。人類の敵」


「なにを、言って……」


「あら、自覚はなかったのかしら。ごめんなさいね、傷つけるつもりはなかったの。でもね、私が言うことは事実よ?」


「おい、その辺にしとけ」


 そこで目を伏せていた篠崎が割り込む。


「それ以上はやめとけ」


「あら珍しい。タイプの女の子だったかしら?」


「違ェよ殺すぞ。あのエセ科学者が精神状態も関わるからどーのこーのっつってたろォが」


「あらそうだったかしら。失念していたわ」


 女性は口元に手を当ててクスクスと笑う。しかしその目元は決して笑っておらず、反省の色は見られなかった。

 御影が、――人類の敵。

 それが事実ならば、一体どういうことなのだろう。

 自身の手のひらを見ながら思う。この手のひらに、それほどの力があるのだろうか。

 こんなに小さな手に、人類を敵に回せるほどの力があるのだろうか。

 そんな風に考えている御影をよそに、篠崎たちは話を変えていた。


「ところで、ババアの様子はどーだ?」


「あら、そんなにおばあちゃんが心配?」


「チッ、っぜーな。テメーはこれだから……」


「はぁ、今は無事よ。ただ、もう長くはないわ」


「そーか」


 御影には意味のよくわからない話に、眉をひそめる。彼らのような人間が(人間ではないのだが)、老人をいたわるとは思えない。それなのに『おばあちゃん』の単語が彼らの口から出てきたことが、御影を驚かせた。

 事情のわからない御影の様子を見て、女性はくすりと笑うと、歩いてきて耳打ちした。


「彼ね、おばあちゃんっ子なの」


「えっ……!?」


「おい、テメっ……!?」


 ガタッと音を立てて篠崎が立ち上がる。篠崎の意外な性格は、彼自身も恥ずかしいことだと思っていたようだ。


「私は鈴音恵。よろしくね、不幸なお嬢さん」


 笑みを浮かべながら病院を出て行く鈴音に篠崎は怒鳴りつけた。


「テメー、後で覚えとけよ! ぶっ殺す!」


 その姿はまるで反抗期の中学生のようで、御影もくすりと笑ってしまった。





「テメーに一つ、頼みがある」


 鈴音が出て行った後、篠崎は御影の方を見て呟いた。


「……俺の嫁になる、フリをしてくれ」


「…………」


 悲しそうな呟きに、御影は否定も肯定もできなかった。



 篠崎の祖母は二階にあるベッドに寝かせてあるらしい。御影の役目は、彼女の前で篠崎の嫁であるフリをすること。その理由は、向かう道中で篠崎が説明してくれた。


「俺のババアはな、もうすぐ死ぬみてーなんだ。あのババア、死ぬまでに俺の結婚相手を見てーとかぬかしやがったからよォ。必死こいて人間の女を探してたんだよ」


 どうして人間であることに拘るのかと訊くと、


「俺のジジイは事故死した。両親は自殺した。それらの死体を目撃してきたババアは、なんでか死体に慣れてるらしい。死体が嫁だったら、おかしいだろ?」


 篠崎はそんな風に、こちらを見ずに笑って答えた。

 祖母に自分の嫁が死体であることを気づかれるのが怖かった、ということか。大変だなぁ、と他人事のように思う。

 けれど正直に行ってしまえば、少しだけ同情してしまった。

 さらりと流されたが、祖父の事故死や両親の自殺だって、彼にとって小さな事件では済まないだろう。きっと篠崎の人生は壮絶なものだったはずだ。

 それ故に今の性格へと歪んでしまったのならば、同情を禁じえない。

 祖母のいる部屋の扉を開ける篠崎の背を見て、御影は息を飲んだ。篠崎の抱えてきたものの大きさに、圧倒されたのだ。


「よー、ババア。生きてるか」


 扉が開くと、窓の外を眺めている老女の姿が目に入った。彼女が篠崎の祖母だろう。

 篠崎は祖母の近くに置いてあったイスに腰を下ろし、彼女の手を握った。


「あらあら、キョーちゃん。元気そうでよかったわぁ……」


「キョーちゃんってのやめろっつの。それと元気なんかじゃねえよ。俺はゾンビだ。もう死んだ」


「まぁ、キョーちゃんったらぁ。言葉が汚いわ」


 老人らしい、間延びした優しい声色。

 接した人の全てが暖かい気持ちになれそうな人柄。

 はっきり言って、篠崎の祖母とは思えないほどの人だった。


「ええと、そちらの可愛らしい子は……?」


 篠崎の祖母はすぐにこちらへ目を向けた。御影は篠崎に視線を送る。篠崎は頷くと、御影を紹介した。


「こいつは、……俺の嫁だ」


「まあ……!」


「あ、えっと……御影奈央です。ふ、不束者ですが、よろしくお願いします……」


 ぶっつけ本番だったために、たどたどしい挨拶になってしまった。一応ぺこりと頭を下げたが、悪い印象を持たれないだろうか。


「まぁ、まぁ、いい子じゃないの」


「……そーだな」


 むしろ好印象を与えられたようだった。ホッと安心して、彼らの会話を見守る。


「死ぬ前にキョーちゃんのお嫁さんを見られて良かったわぁ」


「そーか」


「大事にしなさいよ? こんなにいい子、二人といないわ」


「ああ、かもな」


 篠崎の祖母はそこで一度話を切ると、ベッドに深く背を押し付けた。深呼吸するように大きく息を吸い、瞳を閉じる。


「……思えば、大きくなったねぇ」


「ババアんとこに邪魔したのは、小五の時だっけか」


「まだこーんなに小っちゃい時だったもんねぇ」


 間延びしている声は、どんどん遠くなっていくように感じた。しかし篠崎の祖母は、それでも笑顔を崩さなかった。


「今までありがとうねぇ」


「おいババア、やめろ……」


「キョーちゃん、ありがとうねぇ」


「ババア、やめろよ……」


「キョーちゃんのおかげで、おばあちゃん、ずーっと、楽しかったよ……」


「やめろ……っ」


 篠崎は、祖母の手を強く握る。

 御影には、その目を見ることができなかった。


「なー、ババア……やっぱりさァ、ゾンビになろうぜ……? そしたら死なねーんだよ。ずっと一緒なんだよ。な?」


「それもいいけど、やっぱり、遠慮しておくわ。天国のおじいちゃんにも、会いたいからねぇ」


「ババア……っ!」


 篠崎の声は震えていて、これまで見てきた彼のイメージとはかけ離れていた。こんな一面もあるのかと思うと同時に、こっちが本性なのかと納得する。


「私ゃ先に逝くよ。ずーっと先で、待ってるからね」


「おいやめろ、ババア……っ!!」


「忘れちゃあダメよ、キョーちゃん」


「おいババアいい加減にしやがれ!」


「私たちは、キョーちゃんのこと、ずーっと、見てるからねぇ……」


 閉じられた瞳は、ついに開かなかった。今さっきまで動いていた唇も、ついに動かなくなった。

 しかし篠崎の祖母は、とても満足そうに微笑んでいた。


「ババア、ちくしょう……っ! クソババアが……っ」


 篠崎は祖母の手を握りながら、空いた手で自らの太ももを殴りつけた。どうにもならない現実を嘆いているようだった。


「ざけんなよババア……! クッソ……ふざけんな、ばあちゃん……っ」


 それ以上は、見ていられなかった。

 御影は何も言わずに部屋を出て、入り口の長椅子で篠崎を待つことにした。

 取り乱す篠崎の様子を見て、御影までも涙を堪えられなかった。潤んだ瞳をハンカチで拭う。

 どうしてこの世界はこんなにも非情なのだろう。

 目の前で死んでいくのは良い人ばかりで、残された人は非情な世界を嘆くしかない。

 御影は風見と別れる前の彼との会話を、篠崎が黙って聞いていた理由がわかった気がした。

 篠崎もきっと、風見と同じだったのだ。

 この非情な世界にただ一人残されることが怖くて、寂しくて。そして目の前でそれを嘆く人がいて。

 篠崎は、そうなった人間の嘆きを聞きたくなったのだ。

 御影は、虚空を見つめた。


「いつか、みんなが笑える世界になるのかな……」


 儚い願いは、しかし叶いそうもなかった。

あれだけ乱暴だった篠崎に、いきなりおばあちゃんっ子設定が追加されて「は? キモ死ねや」となっている方もいるかと思いますが、彼は本質的にはこういう人間だったのだ……とそれだけはご理解下さい。

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