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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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96 かっこつけるんだって

 篠崎にとって、これはかつてないピンチだった。

 今まで、大抵の敵は『疾風迅雷』や『鉄壁』でどうにかなった。地面を操る力も、氷を生み出す力も、回復する力も、場合によって使うくらいだ。

 人の心を読む力なんてほとんど使ったことはないし、他にも使っていない能力はたくさんある。

 それだけの能力があったから、押されることはほとんどなかった。コピー能力はそれだけ、強すぎた。

 だからこそ生まれた慢心が、目の前の少年を二度も殺し損ね、ついに篠崎の能力をも上回る強敵となった。


「……ざっけてんじゃァ、ねーぞ!」


 篠崎に残された手段は、少ない。

 砕けたアスファルトに手をつきながら立ち上がる。その最中に、考えていた。

 風見に見せていない能力は腐るほどあるが、そのほとんどが使いこなせない。これらは今の状況で使うには適さないだろう。

 であれば、残された手段とは。


(切り札は、三つしかねェ……)


 篠崎が風見に対し、初見殺しとして使える手段は三つ。それを超えられてしまったら、もはや打つ手がない。

 だから、最初から『停止』でケリをつけにかかった。


「――――!!」


 憎悪するように風見を睨め付けたせいか、何かがくると悟ったのだろう。紙一重のタイミングで風見に透明化されてしまう。

 時を止めたというのに、倒すべき敵が隠れてしまっていた。


「……ま、別にこの能力に回数制限とかはねェし後でも問題ねェ。先にあっちの剣使いを潰しておくか」


 そうして篠崎は風見に背を向ける。

 後方に剣を構える高月を倒すべく。



「――何が問題ねえんだ?」



 篠崎の心臓が、止まりかける。

 振り返ろうとしたその直後、視界が回転した。

 この男は――。

 篠崎は、最強に等しい能力を持ちながら、ただ透明になれる程度の少年に打ちのめされる。

 この男は――。


(――『停止』さえも、超えてくんのかよ)


 全身の力が抜けるような衝撃を受けながら、せめて足に力を込めて踏ん張った。少し風見から距離をとり、口元から流れた血を手の甲で拭う。

 篠崎に残された手段は、残り二つ。





※※※





 風見はほっと安堵した。

 篠崎の『停止』を破ることができたのは完全に偶然だったのだ。


(あんな能力のタイミングを読めとか、無理ゲーだろ……)


 透明化すれば破れるということは前に篠崎の仲間と戦ったのでわかっていたとはいえ、神がかり的な強運があってのことだ。二度は成功しない。


(まぁ、二度目はないだろうけどな……)


 おそらく、ここが篠崎の限界。

 そして風見は篠崎の切り札を破った。

 もはや篠崎には、あれ以上の手段はないだろう。


「……クソが、何ッなんだよォ」


 篠崎は拳で口元を拭っていた。さらに金の前髪が目元を隠すため、ほとんど表情は読み取れなかった。

 が、声色から感情は伝わった。


「テメーは、どうして立ち塞がるんだ」


 ふらりと揺れたことで前髪の隙間から鋭い目が覗く。その黒瞳はただひたすらに怒りを訴える。


「テメーはもう、吹っ切れたんだろォが。わざわざ俺の前に立ち塞がる理由はねーはずだぞ」


「…………」


「連れてきた女を助けに行きたきゃァ、そっちに行けばいいだろーが。なんで、俺の前に立ち塞がるんだよ」


「…………」


 何と伝えるべきか迷った。

 確かに篠崎の言葉には一理ある。風見の目的はすでに御影を救うことへと変わっているのだから、篠崎から戦意が消えつつあるこの状況は好都合だ。戦闘続行に拘る意味はない。

 だが、風見はもう宣言したのだ。


「だから、言ったろ」


 篠崎は顔を上げない。風見の言葉など待ってはいない。ただ風見が障害物として立ち塞がらないことだけを願っている。

 そんな篠崎に対して。



「俺は、かっこつけるんだって」



 風見にとっての格好良いヒーロー像とは、『それ』だったのだ。

 二人は、戦うしかなかったのだ。


「――俺を救う……だっけか」


 篠崎は全てを諦めたような笑いを浮かべていた。そこにはもうそれまでの、怒りや憎しみの化身のような男はいない。

 もはやプライドさえ捨てて純粋に救いを乞う、ズタボロの青年しかいなかった。


「やってみろよ、クソッタレ」


 言って、篠崎は能力を発動する。

 それは、見知った能力だった。誰よりも風見がその性質を知っている、そんな能力だった。

 透明化。

 篠崎は、視界からシャットアウトした。


(……どうする)


 性質は、誰よりも理解している。

 その強さを、誰よりも知っている。

 だからこそ、迷った。


(誰を狙う…? 俺か、高月か?)


 二対一の状況を鑑みるなら、傷を負っている高月を狙うべきだろう。だが今はどうだ。篠崎の瞳に、高月は映っているか。

 そもそも篠崎のターゲットが読めたとして、タイミングはどう読む。透明で動いている人間が実体化した瞬間など、どう狙う。

 冷や汗が頬を伝ったその瞬間。


「こっちだァ」


「――!!」


 間に合わない。

 実体化した篠崎の拳が、風見の身体を打ち抜いた。


(く、そ……どうすりゃいい!?)


 ゾンビの能力は様々あるが、透明化ほど簡単に使いこなせるものはそうないだろう。ただ透明になるだけで、毎度初見殺し的な攻撃を狙えるのだから。

 ある意味切り札だと言える。ただ透明になるだけの能力に、弱点もクソもあるものか。

 幸いにも、篠崎は風見しか狙わなかった。高月も透明化を解除しようと、風見の近くで剣を振ってくれているが、当たりはしない。

 現状を打破する術は、同じ能力の持ち主である風見が見つけるしかなかった。


(……そもそも、どういう基準でコピーされるんだ?)


 拳で打たれながら、風見は原点回帰してみることにした。今わかっていることで考えてもわからないから、最初から考え直してみた。


(……俺の能力は最初に篠崎と戦った時に発現した。数えれば俺はもう、三度以上透明化を見せている。だけど、こいつが透明化を使ったのは今が初めてだ)


 では、どの段階でコピーされたのか。

 一度目も、二度目も、勝負を決めるためにしか使っていない。だが、篠崎は風見の能力を透明化だと看破している。

 能力をコピーしたらどんな能力かわかる、ということならもはやどうしようもないが、そうでないとしたら。

 相手の能力を理解することが、コピーの条件なのだとしたら。


(俺の能力がバレたのは、さっきか)


 『疾風迅雷』を防いだ時にバレたのだろう。人が瞬間的に消える効果の能力は主に透明化か瞬間移動の二択。風見は回避時、その場に留まってしまったことで瞬間移動ではないと推測されてしまったのだろう。


(そしてコピーできたことが、答え合わせになった……か)


 あくまで風見の想像だ。

 合っている保証はない。

 それでも、これに縋るしかなかった。

 もしも。

 もしも、篠崎のコピー能力が篠崎の想像に依存するのだとしたら。


「ハルト、いいかい?」


「なんだ」


「彼の能力についてなんだけど」


 思考を妨げるような高月の声かけだったが、内容はグッドタイミングだった。

 高月は言葉が篠崎に聞こえないように囁いてくるため、耳を澄ませた。


「彼の能力は、コピーだね?」


「そうだ」


「僕は彼の、電気と風の能力のコピー元と戦ったことがあるんだけど」


 高月が言うのと同時に、風見は小さな音を聞いた。それはもはや、答えに等しかった。


「彼は、その人と能力の使い方がまるで違う。それは、別の能力者のように」


 竹山浩二は電撃を飛ばし爆風を起こすが、背から風を噴射することはなかった。

 篠崎響也は爆風を起こし電撃を操るが、電気を飛ばしてくることはなかった。

 その違いが、能力の使い方ではなく。

 コピーの精度によるものだとしたら。

 ぐん、と。

 風見は振り返り、瞬間現れた篠崎の顔面を殴り飛ばした。


「どう、やったァ……」


「殴る前の踏み込む音を聞いた」


「なんだ、その……反応速度はよォ」


 風見の回答に篠崎は苦笑する。自分でも驚いた。自分にこれほどまで神経を研ぎ澄ました戦い方ができるとは思わなかった。

 篠崎のコピー能力は篠崎自身の想像に依存する。つまりは相手が細かく懇切丁寧に自身の能力を説明しない限り、『見たまんま』コピーされるのだ。

 今まで篠崎が見せた能力が仲間のものばかりだったのは、それが理由。仲間の能力なら詳しく、完璧な精度でコピーできるから。

 篠崎は風見の能力の本質まではコピーできなかった。

 風見の能力はただの透明化ではない。

 世界からその存在を消失する能力だ。


「お前の透明化は、ただ透明になるだけだった。質量はそこに残ってる」


「…………」


 つまり極論、篠崎は透明のままでも攻撃ができるのだ。風見が逐一消えたり現れたりしていたため、その性質に気づかなかったみたいだが。

 相手の能力をコピーしたのだから、相手と同じように使いたがるものだろう。だが篠崎と風見の能力は本質的に異なった。

 篠崎は透明化しても、移動時に音が鳴ってしまうのだ。


「どうだ、まだ戦えるか?」


「……ハッ」


 篠崎は乾いた笑みを漏らす。

 もう彼に戦意はほとんどないだろう。

 だけど、戦わなきゃいけない『理由』はあった。



 ――篠崎は、『壁』に阻まれ『壁』のせいで喪われた全ての怒りを背負っているのだから。





「まーだ、負けらんねェんだわ」





 篠崎は最後の『切り札』を切る。

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