95 超えてゆく者
「救う?」
篠崎は、目の前の男が何を言っているのか飲み込めなかった。
「救うって……俺をか?」
キョトンと目を丸くし、自身を指差す。風見は肯定するように笑ってみせた。
「……くはっ」
耐えきれず笑いが漏れた。
何を言っているのか。救いとは、救われたいと願うものとの間にしか成立しないものだ。
篠崎は救いなど、願ってもいない。
「ははははは! なァーにを的外れなこと言ってくれちゃってんのォ? もーしかしてェ、俺がおばあちゃん想いの哀れな男にでも見えちゃったのかァ?」
「見えたも何も」
風見はゲラゲラと腹を抱えて笑う篠崎に向けて、言い切る。
「そうだろ」
「舐ーめてんのかァ、クソガキィ……!」
篠崎が望むのは壁の破壊。救うとしたらそれを手伝うということだ。しかし風見が篠崎の復讐に加担するわけがない。
風見の言うことは的外れであり、意味不明なことだ。耳障りでしかない。
「教えてやるよ、篠崎」
「あァ!?」
「誰かのために生きようと思うことの心地良さを、さ」
言ったと同時、風見は動く。
不意を打つ形でローキック。続けてみぞおちに肘打ちを重ねる。肘打ちは上手く決まらなかったが、それでも少なくないダメージを与える。
「……チィ」
さらに追い討ちをかけようとすると、バチバチという音が風見の手を止めた。
「これで、俺に触れるこたァできねーだろ?」
「……クソ」
篠崎が全身に電気を纏う。これでは物理的な攻撃手段しか持たない風見は反撃のしようがない。
「――と、思っただろ」
「……何ィ?」
しかし風見はニヤリと笑った。
その可能性は考えてあったのだ。最初に会った時から単純な格闘能力では風見が一歩前に出ていることがわかっていたから、必ず全身に電気を纏う瞬間は来ると思っていた。
そして対策を練るのは、容易だった。
「……ふっ!」
地面が砕けるほどに思い切り踏み込み、渾身の右ストレートを繰り出す。どういう手段で電気の鎧を超えて来るつもりなのかわからない篠崎は、警戒して反撃してこない。反射的に顔を庇うように腕を出し、隙間から風見のことを見ていた。
風見の右ストレートは寸止めされていた。篠崎の帯電した腕に触れる直前のところで止まっていた。では、その目的は。
「しまっ――」
「気づくのが遅え!」
風見は踏み込みで砕いたアスファルトの欠片を蹴飛ばし、篠崎の顔面を狙う。一応腕でガードしていたとはいえ、篠崎には再びただならぬダメージが入った。
「ぐ、うっ!?」
風見は篠崎のコピー能力の弱点に薄々気づき始めていた。
能力の切り替えに若干のラグがあることもそうだが、そもそも使い手が悪い。自分が扱える能力をまとめきれていない。扱える能力が多すぎて、逆に状況に合わせてどれを使えばいいという判断ができていないのだ。
例えば同時にたくさんのゲームが手に入った時、最初にやるなら、前からタイトルを知っていたゲームだろう。人は色々なものを同時に手に入れた時、知っているものを使いたがるのだ。
だから同時にたくさんの能力が手に入った篠崎は、それらを全て使いこなすのではなく、そこから使いやすいものを探してしまった。
ゆえに彼は、基本的に『疾風迅雷』の能力しか使わない。
コピー能力の利点を活かせなかったのだ。
(それなら、対処は楽だ)
幸いにも篠崎が風見の前で見せた能力は『疾風迅雷』を除けば大体、風見が超えてきた敵たちの能力だ。確かに、一つ一つを超えるのは簡単ではなかった。だが、篠崎の使うそれは元の能力者の劣化版でしかない。
それなら風見が篠崎を超えるのは、不可能ではなかった。
勝算が見えないとしても、ゼロパーセントではなかった。
「こ、の野郎ォ……!」
予想通り、追い込まれた篠崎が使う能力は『疾風迅雷』だった。
今度は爆風。それで裏をかいたつもりか。すでにその攻撃は、見切っている。
透明化能力。
風見はその一瞬だけ透明化し、風を避けた。
「――なァ!?」
目を見開いた篠崎の顔面を殴り飛ばす。
これではっきりとわかった。風見と篠崎の間には、明らかに差がある。
風見は篠崎との戦い方を何度も何度も頭の中でシミュレーションしてきた。それは以前、復讐が目的だったことが大きい。
一方で篠崎の目的は風見の打倒ではない。その上二度あった戦いも、余裕とはいかないまでも退けてきた。
だから篠崎は風見との戦い方を考えていなかった。他の敵と同じように、コピー能力によるゴリ押しで何とかなると思っているのだ。
そこに決定的な差が生まれる。
コピー能力を持ちながら、以前の戦いで見せた能力と同じ能力で戦う時点で、風見にとってはすでに論外だったのだ。
「――なら、こいつァどうだ!」
篠崎は手のひらを地面につける。
直後、淡い光と冷気が風見を通り抜けたかと思うと、地面は氷に覆われていた。
足も同時に凍らされていたが、それは少し力を込めれば抜けられた。
だがこれでは、風見は走れない。
「踏み砕けるか……?」
「そーんな暇、くれてやっかよォ!」
風見が足元を眺めている間に、篠崎は能力を『疾風迅雷』に切り替え、風の噴射で滑るようにしながらこちらへ肉薄した。
なるほど篠崎も馬鹿ではない。風見が優位に立てた理由に早くも感づき、今まで見せたこともない能力を組み合わせてきた。
コピー能力の強みは、相手の手札を扱えることだけにあらず。自身の手札を無限に増やすことができることこそ真の強さ。
初見殺し。
相手を打ち倒すために、これほどシンプルで強力な手段は他にない。
――しかし。
「お前、敵を俺だけだと思ってねえか?」
風見だけが相手なら、その戦い方で倒すことができる。
だけど今の風見は、一人ではなかった。
「すまないハルト、遅くなった」
篠崎のさらに後方。ズタボロで、今にも倒れそうな少年がいた場所。
そこには、高月快斗がいた。
「――!!」
振り返るまでもなく、篠崎は次に起こることを悟った。その予感は刹那の間をおいて、現実となる。
高月が剣を氷に突き立てたのだ。
それは能力消去のつるぎ。
地面を覆う氷は、粉々に砕け散る。
「クソォ、お前ら――これを狙ってェ!?」
「いや、高月にこんな能力があるとは思わなかったよ」
氷の上を滑っていた篠崎は、唐突にそれを奪われて体勢を崩しかける。風見はそれを見逃さない。拳を握ると、走れるようになった地面に足を落とす。
「ただ」
篠崎も負けじと慌てて体勢を立て直した。元々何が起こるかある程度悟っていただけに、行動も早い。
両者の拳は同時に動き出した。
「あいつなら」
風見の、右。
篠崎の、左。
ともに能力は発動しない。
反射神経での行動だったため、そんなことは頭から抜け落ちていた。
だから。
二つの純粋な力は、ここでまた激突する。
「きっと、やってくれると思った」
勝ったのは、風見晴人の拳だった。
素人のぶつかり合いで、クロスカウンターとも呼べるかわからない拳の競り合いに勝ったのは、風見だった。
どしゃ、と音を立てて篠崎が倒れこむ。
「それだけだ」
風見はそんな篠崎を見下ろして、告げた。
作者が書いていて納得できなかった一因に、前話で風見晴人が揺らいでしまったことがあります。風見晴人は高坂流花の言葉を受けて揺らがない『答え』を手に入れた。作者としてはそうあって欲しかったのですが、このような出来栄えとなってしまい、2年間も投稿できずにいました。




