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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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94 Answer is clear

 怒りという感情は人の視野を狭めると風見は考える。この場合の視野とは、目で見える範囲のことではなく、目の前の物事について考えられる範囲のことを指す。

 正常な状態ならたとえ目の前に壁が立ちふさがったとしても、迂回するだとか登るだとか様々な対処法を考えることができるが、怒りに身を任せた人間は壁を破壊することしか考えない。

 そういう意味で、怒りは視野を狭めると風見は考えるのだ。

 今、篠崎は怒りに身を任せた状態にある。複雑に考えようとする機能は停止され、自分が歩む道を邪魔するものは容赦なく破壊することしか考えが及ばない。

 思考を、放棄している。

 そういった人間に自らの間違いを気づかせる方法はあるだろうか。

 ――風見はまだ、篠崎の手助けを諦めていなかった。


「……高月、頼みがある」


「手短に」


「あいつを殺すな」


 戦闘が再度始まる前に言うと、高月は目を丸くした。本気か、と風見を咎めるような視線にも感じた。

 しかし、反論はせず了解してくれた。きっと風見が説得を諦めていないことに気づいたのだろう。なぜそんなに篠崎の説得に固執するのかは、さすがにわかっていないだろうが。


「いーか、風見晴人ォ!」


 そこで篠崎が動いた。

 まだ高月が完全な状態ではない。ひとまず風見が前に出て、多少の時間を稼ぐべきだろう。

 背から風を噴射し、一気に距離を詰めてきた篠崎は、その手で風見を狙った。風見はその一瞬で電撃を警戒する。

 篠崎の手は拳を握っていない。となれば触れることが目的。篠崎が触れて攻撃するといえば、電撃だ。

 が、篠崎の手のひらは帯電していなかった。


(……ってことは、掴むのが目的だったのか?)


 すんでのところでかわしながら、風見は篠崎の目的について考える。相手は怒りに支配された人間だ。思考能力は制限されている。

 となれば、目的について考えるのは無意味か。結論づけて、ではなぜ電撃を発動しなかったのかに思考を向けた。


(……能力の切り替えにラグがある?)


 屈んで篠崎の回し蹴りを避けつつ、その足が帯電していることをバチバチという音で知る。風見の推測が確かなら今、風から雷へ能力を切り替えたということか。


「他人の気持ちを理解した気になってんじゃーねェぞ!」


「ああ?」


 怒涛のように飛んでくる拳や蹴りをかわし続けるのは無理があるので、ギリギリ届くか届かないかの距離を維持しながら、風見は篠崎の戯言に応対する。


「テメーは死人の気持ちを考えてるつもりなんだろーが、そりゃァ思い上がりだ」


「何が言いたい」


 帯電していない間隙を突いて反撃を試みるが成果は上がらない。距離をとっている以上、こちらの攻撃も当たりにくいのだ。


「テメーは死人に謝ることができる人間になりてェみてーだが、一つ言っといてやるよ」


 余計なお世話だと風見は思ったが、口には出さない。話半分に聞き流そうと思った。

 しかし次の篠崎の言葉で、風見の動きは止まってしまった。



「それはなァ、死人が自分を殺した相手を全く憎んでいない場合にしか成立しねーんだぞ?」



 一理あるような気がした。気がしてしまった。事実を述べるとするなら、風見は一瞬だけ迷った。

 ――本当に、高坂は篠崎を憎んでいないのか?

 だから、反応が遅れた。


「今更、何を迷ってんだ。バァカ」


 そんな風見を嘲るように、いや蔑むように、篠崎の拳が風見の顔面を貫いた。瞬間、風見の身体に焼けるような痛みが走った。電撃だ。


「ぐ、がッ!」


「ほーらな、テメーの理論はガバガバだ。穴だらけなんだよ」


 篠崎は吹っ飛んだ風見の元へずかずかと歩んできて、頭を踏みにじった。

 風見は踏みにじられながら考えていた。本当に、高坂は篠崎を憎んでいないのだろうか。


「死人が殺した犯人を憎んでるとしたら、犯人を殺さずして顔出しゃーむしろぶっ殺されんだろォが。マヌケ」


「……流花は、そんな人間じゃない」


「ほーら、推測でしか反論できねェ」


 確かに篠崎の言う通りだった。

 風見は高坂と会って、話した。復讐の無意味さに気づかされ、新たなる決意を胸に、高坂の願いを背負って再び走り出したつもりだった。

 しかし、風見は肝心なことを聞きそびれたのだ。

 高坂は篠崎を憎んでいるのかどうか。

 風見は高坂と会って、自分の話しかしなかった。

 高坂の話を、聞かなかった。


「思い上がってんじゃーねェよ。テメーは、『流花』じゃねーだろォが!」


 篠崎の蹴りが、衝撃以上に風見に突き刺さった。地面を転がりながら、見た目以上の傷を負って、風見は考えてしまう。

 もしも。

 もしも、だ。

 高坂が本当は篠崎を心の底から憎んでいたとして、その手でぶち殺したいと思っていたとして、それでも風見のためにその気持ちを隠していたのだとしたら。

 果たして、篠崎に復讐が間違いであることを気づかせようとすることは、正しいのだろうか。

 目の前の男はここで殺してしまった方が、本当は、高坂のためになるのではないだろうか。

 正しいとかはともかく、そうした方が本当は、高坂にとっては良いのではないだろうか。


「テメーは、簡単に迷うよなァ?」


 風見の決意は、高坂が心の綺麗な人間であることが前提だ。風見はそうだと信じて、走り出した。

 しかし、本当にそうか。本音では、篠崎を最も残酷な方法で殺した方が彼女の気は晴れるのではないか。

 殺さないにしても、説得を試みることはどうか。高坂がいくら心の綺麗な人間だとしても、自分を殺した人間を救おうとする行為にまで微笑んでくれるだろうか。


「人の言葉に惑わされて、流されすぎる。テメーは、結局テメー自身で答えを見つけ出せてねェんだ」


「俺、は……」


「テメーの見つけた答えは、テメーがかけられた言葉の受け売りだ。テメーの意見じゃーねェ」


 風見は、動けなかった。

 目の前の男を救うか、殺すか。高坂の想いに依存するその選択は、風見には重すぎた。


「――お前は、どうなんだ。テメーはそう訊いたな」


 篠崎はしゃがみこみ、倒れる風見を間近から見下ろした。


「俺もババアの気持ちはわからねェ。あいつが壁を憎んでいるのか、いないのか。それを知るこたァ、ついにできなかった」


 風見は初めてそこで、篠崎の瞳を見た。今までこんなに近くからその瞳を見たことはなかったから、驚いた。

 真っ黒の瞳だった。光すらない、黒瞳。

 それはまさに、篠崎の在り方を表しているようだった。


「だから俺は、俺に従うことにした」


 篠崎の意見は変わらない。

 なぜなら、それが大切な人のための行動ではないから。風見のように、大切な人のことを考えたつもりになっている行動ではないから。


「『俺は』壁がウゼェと思う。『俺は』壁を憎んでる」


「――――」


「復讐の理由なんて、そんなんでいーんじゃァねーか?」


 風見の見つけ出した答えが、虚構のものにすぎなかったのだとしたら。

 復讐の二文字が、再び風見の脳裏に映し出される。

 自ら無意味だと結論づけ、奥底へしまい込んだその感情が、また表に出て来ようとする。

 そうした方が彼女の気が晴れるのであれば。

 風見晴人は、目の前の男を――。



「――風見くん!」



 そんな雑念を遮ったのは、少女の声だった。


「何を、迷う必要があるの……!?」


「矢、野……」


 風見は視線をそちらに向ける。そこには、矢野が立っていた。塵で服を汚しながら、戦闘能力もさほど高くないというのに、前に出てきていた。


「風見くん……迷う必要なんて、ないんだよ?」


 篠崎も視線を動かす。話を邪魔されたと告げるように睨みつけるが、しかし矢野はたじろぐこともしなかった。

 彼女は篠崎の方になど、見向きもしなかった。


「貴方は、何が正しくて何が間違っているのかがわかる人だから……それを信じればいいの」


 何が正しく、何が間違っているのか。

 現状を見据え、正否を判断しろ。その力が、風見にはある。そう矢野は言った。

 かつて風見を糾弾した時と変わりない瞳で、言ってのけた。



「――そうさ、ハルト!」



 後に続くように、高月が声をあげた。その立ち姿は倒れそうで、痛々しかったが、しかし堂々としていた。高月も、かつて風見を責めた時と遜色ない瞳で言う。


「ヒーローの行動を糾弾する者がいるわけないんだ。君はただ、正しくあればいい!」


「高月……」


「答えは出てるんだろう!? それなら、その『答え』を信じてみろよ! 君の信じた答えこそが、君の正しさなんだから!」


 風見自身の決意こそが正しさなのだから、それを信じて戦えばいい。正しい人を糾弾する者など、いないのだから。そう高月は言った。

 二人は、かつてと同じような瞳で、しかしかつてとは違い、咎めるでなく鼓舞した。

 それは、風見が間違っていないことを示していた。であれば、風見は動くことができる。

 風見晴人は、ヒーローになれる。


「悪いな、篠崎」


 そうだった。どうやら風見は忘れていたらしい。

 風見の復讐は、高坂の気持ちを考えているつもりになっていたから始まったのだ。再び復讐を始めるとすれば、それは高坂の気持ちを考えているつもりになってしまった時。

 風見は立ち上がる時に体を支えるために、腕を地面に叩きつけるように置いた。


「笑えるぜ。俺はお前の言う通り、流されてばっかみてえだ」


 風見は、高坂の気持ちを知る術を持たない。それはそうだ。当たり前のことだった。

 他人の気持ちを正確に知る手段はない。大切な人だろうが、大嫌いな人だろうが、それは同じだ。

 だから、『つもり』で行動してはいけない。そうではなく、自分を信じるのが必要だったのだ。

 篠崎は無言で立ち上がった。合わせて、風見も立ち上がる。激痛は引かないが、そんな体に喝を入れて動かした。


「お前に流花を殺されて、復讐に堕ちた」


 思えば風見は、常に行き当たりばったりだったように感じる。


「矢野に復讐を糾弾されて、悪を滅する存在になろうとした」


 風見が結論を出すのは、常に何かが起こってからだった。


「高月にその行動を責められて、じゃあ復讐でいいと開き直った」


 考えることを放棄し続け、現状から目を逸らし続けた。


「御影さんにそんな俺の惨状を泣かれて、ついに逃げた」


 耳を塞いで、全てから離れようとした。


「そして、流花に間違いだと気づかされた」


 たくさんの人の言葉を受けて、ころころと思想を変えた。

 一貫性がなく。

 有言不実行で。

 答えを出したと言いながらも、迷う有様。

 それでも――。



「――それが、俺だから」



 ヒーローには相応しくないだろう。

 それを救いの存在だとは呼べないかもしれない。

 だとしても、彼はそういう存在に手を伸ばす。

 そうあることを望む人が、確かにいるから。





「俺は、お前を――救う」

93話、94話のサブタイトルは僕が好きなバンドの曲のタイトルを使いました。

先日そのバンドのライブに行った際に演奏されたのを聞いて、そういえば未投稿の部分のサブタイトルをこの曲のタイトルにしたんだったな……と思い出したのも、自己満足にしかならないのに投稿しようと思ったきっかけのひとつです。

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