夢の中 19
「元々フレンドリーだし、そんなに質の悪い道具でもない。買った人に害があるようなこともないでしょう。水場が好きになるかもしれないけれど、元々そうだからこそ蛙に惹かれるのかもしれないしねえ。まあ、釣りに行けば釣果が良くなる、というくらいのことはあるかも」
「それなら、いいですね」
思わずホッとしてしまう。こんな怪しい道具、買った人に悪いこと無いといいけど、と心配してしまったけど、買ってもらったら、本人(?)も憧れてた水辺に行けるかもしれないし、買った人にも良いことがあるというなら安心だ。
そういえば、真久部さんって古い道具と人との縁を繋ぐ、というのを大事にしてる人だった。そんな人が害になるようなものを売るわけないか。
「まあ、蛙の土鈴はいいとして」
意味ありげに唇の端を上げて、真久部さん。
「その後の<水飲み鳥>は、ちょっと困ったことになるんだよねぇ」
「え…… どうしてですか……?」
とぼけた顔したこの鳥の玩具には、蛙の土鈴にあるような何かは育ってないんじゃなかったっけ?
「性の無い、**も育っていない、ただの道具。真っ白といってもいい。けれどもねぇ、そこに蛙の土鈴の妬みが」
こびりついて、それが影になっているんだよ、と言う。
「影……」
宝くじが当たったという真久部さんの知り合いさんも、百万円を拾って警察に届けた俺も、そのせいで背負ってしまったという<影>。それと同じものを、この<水飲み鳥>も背負っているというんだろうか。
「じゃあ、こいつも悪夢を見せられてる、んですか?」
とぼけた顔にしか見えないけど、実は魘されて辛かったり……とか? こんな怪しい店に来たばっかりに、なんと不憫な……。
「いえいえ。悪夢を見るのは、これを手に入れた人の方」
「え?」
憐れみかけた心に、真久部さんはあっさりと氷水を掛けてくれた。
「ど、どうしてですか?」
「人と道具は、違いますから」
にっこり笑う。ちっとも安心できない古猫の笑み。
「道具は──そうですね、特に**が育っている道具は、影がくっついてきたら無意識にそれを取り込んで、自分の魅力にしてしまうんですよ。悪夢などどうでもよく、艶や存在感を増してくれる養分でしかない」
愛した男たちを輝きに変える、みたいな感じかな? と、真久部さんはどっかのセーラー服と機関銃の歌詞みたいなことを言う。
「<水飲み鳥>の場合は**が無く、せっかくの養分であっても消化する術がない。同時に、未だ夢を見るような自我も持たないから、影は/人に対するようには働けず、/ただくっついてへばりつくだけになってしまう──。そんなわけで、<水飲み鳥>自身には何の影響も無いし、及ぼせないんですよ」
感情は感情に作用するものだから、それを持たないものには意味が無いのだという。
「だから影は、代わりにその持ち主に影響するんです。結果、悪夢に見舞われる」
媒体のような働きをするのだと説明し、何でもないことのようにお茶を啜った。
「こ、怖いじゃないですか……」
「そうでもないよ。元が道具程度の妬みだから、人のそれとは違って、可愛いものです」
可愛い? 人に悪夢を見せるような<影>が?
「……」
納得できない俺の表情を見て、うーん、そうだねぇ、と真久部さんは考えるように首をひねる。
「人が誰かを恨んだり、妬んだりする場合、相手の不幸や破滅を願ったりするじゃないですか。事故や、暴力や……、場合によってはスプラッタ系に行ったりね?」
妄想の中でね、と冗談ぽく小首を傾げてみせる。
「でも、道具の場合はもっと単純です。仲の良くない道具たちもいますけど、彼らは別に互いを害しようとは思わないんだよ。嫌いだ、一緒に居たくない、あっち行け、いやお前が、の啀み合いのようなことはあるけれど、相手の不幸を願うとか、陥れようとか、そういうのではないんです」
子供の喧嘩みたいなものかな、とわかりやすく喩えてみせつつ、さらに続ける。
「たまにどちらかが壊れたりすることもないではないけれど、それは存在の力負けみたいなもので、そこで終わり。それが人と違うところです」
「え……でも、あのほら、水無瀬さんちの呪いのアレみたいなのは……」
水無瀬さんちの蔵にあった道具、古い招き猫。アイツ、思いっきり仲間を害してたんじゃなかったっけ? 小判の代わりに持ってる鯉が、同じ蔵にあった魚意匠の道具たちの精? 魂……俺がいつも耳がぐんにゃりして聞こえないソレ。それを喰ってたような……。
「あれは、いうなれば捕食者と獲物の関係でしたからね。そういう性質に作られた道具──本当の呪具だったんだから仕方ありません。作られたとおりの働きをしただけでねぇ。うちにあるような道具は、それに比べれば温和しいものですよ」
一部を除けばね、なんてわざと聞こえるようにぼそりと呟いてみて、俺の反応を愉しんでるそぶり。
だからって、意趣返しのつもりじゃなかったんだけど──。
「その一部って……真久部さんの伯父さんの鯉のループタイ……」
「あんな悪食はうちの道具じゃありません」
趣味のよくない笑みを一瞬で消し、きっぱりと真久部さん。珍しく真顔。目が真剣。なのに唇の両端だけがいつもより吊り上がってるから、やたらに怖い。俺はこくこくと頷くしかなかった。──あの不吉な桜の木から作られた鯉は、慈恩堂の道具たちにせっかく育っている何かを食べてしまうらしい。だから真久部さんは出禁にしてるんだった。
「伯父のアレは普通の道具でもない……それははっきりと言っておきますよ」
「ハイ!」
いい返事を返し、機嫌を直してもらう。なんか迫力があって怖かったんだ……。
そんな俺を見ながら、真久部さんは小さく溜息をついた。
お久しぶりすぎて、すみません。
年度末と年度初めが忙しすぎて…。もう少し更新頻度を上げられるよう、頑張ります。




