佐藤庄司が旧跡
元禄二年(一六八九年)五月二日
月の輪の渡しで、瀬の上という宿場に辿り着いた。
端午の節句も間近であるため、あちらこちらに紙製の幟が飾られ始めている。
「芭蕉先生、佐藤庄司の館が、この近くの飯塚の里にあったそうです」
聞き込みをしていた曾良が耳寄りな情報を持ってきて、芭蕉の心は躍った。
奥州藤原氏の家臣・佐藤基治と言えば、源義経の従者であった佐藤継信・忠信兄弟の父である。
基治は、荘園を管理する「庄司」という職に就いていたため、佐藤庄司とも呼ばれた。
「ついにこの時がやって来たのですね。気を引き締めていきましょう」立ち上がった芭蕉は、武者震いするように四本の尻尾を震わせた。
子どもの頃から平家物語や義経記などを愛読していた芭蕉にとって、みちのくの旅は古歌だけでなく物語の舞台を巡る旅でもあったことは言うまでもない。
人に道を尋ねながらようやく辿りついた城の大手門跡など見てしまっては、号泣を禁じえなかった。
「曾良君。見てください。ここが……ここが夢にまで見た……」大粒の涙をこぼして曾良の袖を引いてくる狐娘。
「芭蕉先生。人から誤解されますので、少し落ち着いて……」曾良は慌てて周囲を確認するが、幸いなことに人はいなかった。
「うっ、すみません……。拙者としたことが、つい感極まってしまいました。気を付けます」手ぬぐいで目頭と鼻をぬぐい、苦笑する芭蕉。
近くに佐藤家の菩提寺もあり、一家の石碑があった。
曾良は、義経に関する品はないか和尚に尋ねてみることにする。
「ええ、源義経が使ったとされる笈は宝物殿にございます。弁慶が書写したという経なども残されていますが、ご覧になりますか」
「是非ともよろしくお願いいたします」
我慢できず曾良の背後から身を乗り出してしまった四尾の狐娘の姿を見て、寺の和尚は目を丸くした。
「あっ、ええとこれはその……!」曾良は慌てて誤魔化そうとするが、とっさに何も思いつかない。
「良いのです、曾良君。ここで隠し事は無しとしましょう」そう言って、芭蕉はこれまでの経緯を和尚に語った。
はるばる江戸より古歌の舞台みちのくを目指した旅の途中、殺生石に立ち寄った俳諧師・松尾芭蕉は、どのような運命の悪戯か狐娘の姿となってしまった。
「というわけで、拙者は元の人間の姿に戻る方法を求め、旅を続けているのです」
「それは何と過酷な……。私にはどうすることもできませんが、せめてゆっくり休んでいってください」
芭蕉の話を聞いた和尚は、お茶を出して持て成してくれた。その上、寺宝である笈や経なども芭蕉の気が済むまで見せてくれたのだった。
笈とは、山伏などが旅する際に背負う箱である。兄の頼朝から命を狙われた義経が、山伏の格好をして旅をしたことは実に有名だった。
「ありがとうございます。寺宝まで拝見させていただいて……」曾良はすっかり恐縮気味であった。
「いえいえ、熱心に興味を持って見に来ていただけることは、我々としてもたいへんありがたいことですからね。義経の太刀でも残されていれば、なお良かったのですが」冗談交じりで和尚が言う。
「素敵なお宝を見せていただいたお礼に、一句を詠ませていただいてもよろしいでしょうか」芭蕉は和尚の了承を得ると、早速一句を書き留めた。
『笈も太刀も五月に飾れ紙幟』
「やはり、飾れとは言い過ぎでしたでしょうか……」
「そんなことは無いと思いますよ。和尚様もずいぶん喜んでくれていたじゃないですか」
「そうでしょうか」
不安そうに垂れ下がっていた芭蕉の尻尾は、曾良の言葉で少しだけ元気を取り戻したのだった。
芭蕉と曾良が寺を後にしてから少し後のこと。
和尚が宝物殿に笈と経文を仕舞いに行くと、棚の奥に見覚えのない箱を見つけた。
箱の中には無銘の太刀が入っていたため、和尚は念のため鑑定を依頼することになるのだが、それはまた別のお話である。




