平泉(六)
どうすればいい。焦りで思考がまとまらない。ならば。
芭蕉は、未だに金縛りから解放されぬ兼房の身体から無駄な力を抜いた。
とっさに目を閉じ、芭蕉は心を禅に切り替える。
禅とは座るのみにあらず。座る、立つ、歩く、臥する(横になる)という四つの禅が存在する。
禅の師匠である仏頂和尚の言葉を思い出しつつ、芭蕉は「立禅」を行う。
一秒、二秒、三秒。
姿勢を整え、呼吸を整え、心を研ぎ澄ます。
焦りが遠のき、思考が冴えわたる。
五の尾・破壊!
尻尾が見えないだけで、これまで獲得してきた力まで失われたとは限らない。
目を見開いた芭蕉は、幻の狐の尾をイメージして、敵兵達の武具を狙った。
直後、敵兵たちの太刀が根本から折れ、武具は全ての紐が千切れて床に散らばった。
「な、なんだこれはーっ!?」「物の怪の仕業じゃ!」
突然、丸腰になってしまった敵兵は酷く動揺した。
「お見事にございます、ムネフサ様!」源九郎狐はこれを待っていたとばかりに鼓を打つ。
コォーン!
敵兵たちの表情が一瞬無くなったかと思うと、すぐに力なくその場に座り込んでしまう。
「ちょうど良いですので、お二人には、今から義経様と奥方様になっていただきましょう!」源九郎狐が悪そうな笑みを浮かべて敵兵たちに言う。
「はい。俺が義経です」「私が妻です」どう見ても男二人組であるが、ぼんやりとそんなことを言い始める。
「よいお返事です! では、早速!」
コォーン!
何という手際の良さか、一瞬で即席の影武者を仕立て上げてしまう源九郎狐。
「シズカ様、サト様、ここを二人に任せれば、義経様の名は永遠のものとなりましょう! お二人は、名を変え、第二の人生を生き直すことができるのですよ!」
「それでは駄目なのだ! 源九郎!」静御前もとい、義経だった女は叫ぶ。「郎党たちと約束したのだ。あの世でまた会おうと! これでは、あいつらに会わせる顔がないではないか!」
「それでも生きるのです、シズカ様。郎党たちも笑って許してくれますよ! それに、あなたが反対しようが、シズカ様に変えてしまえば関係ありません」源九郎狐は鼓に手をかける。
「やめ――」義経の顔が恐怖に歪む。
鼓の音は、鳴らない。
鼓は紐で皮を張ることで音を鳴らしている。紐が切れてしまえば、音が鳴ることはない。
「主がやめろと言っているのです。勝手はその辺にしておきなさい」
再び、五の尾・破壊を使った芭蕉(兼房)が、金縛りを解いて源九郎狐の前に立ちはだかった。




