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第三話


 やがて小学校の入学式の日になりました。

 入学式にはママが出てくれました。ママは夜しかマンションに帰ってきませんでしたが、この日は朝から一緒でした。私たちはもうこの人がほんとのママではないし、このマンションの他に家があって、そこからこっちに通ってきていることを知っていました。毎日お菓子やお洋服をおみやげにもってきてくれるので大好きでした。

 お菓子もしせつにいた時のように、小さい袋にいれて分けあいっこすることはありません。一人一袋を新しいまま、くれたりしました。わたしたちは毎日おいしいお菓子をおなかいっぱい食べることができました。ケーキがほしいなっていっただけで、ママは次の日に大きなケーキの箱をもってきて、好きなだけ食べなさいといいました。しせつの先生のように歯をちゃんと歯をみがきなさい、とか夜の八時にはもうねなさい、と言いませんでした。

お父さんはごはんを作ったり、部屋のそうじをする係でした。仕事がない時は、キッチンのすみっこで小さないすにこしかけていました。私たちにはマンションの日当たりの一番いい部屋をもらっていましたが、お父さんの部屋はなくて台所のすみっこで寝ていました。私たちも話しかけることもありませんでした。ごはんを食べるときに笑顔をかわすだけでした。そしてそれを不自然だとは思いませんでした。

 私はお父さんの作るごはんで魚の名前をおぼえました。あんなに上手に魚を焼ける人は見たことはありません。しゃけ、さば、さんま、ぶり、めざし……いろんな魚を焼いたり、煮たりしてくれました。

 学校へ行く時以外は外に出るなと言われているので、どこへも行きませんでした。もうしせつにもどれないし、お父さんやママにきらわれると私たちの行くところはありません。だからいい子でいました。


 学校の話をしましょう。私たちはいっしょのクラスで一年一組でした。担任の先生は田村先生といって髪の長いメガネをかけた女の人でした。

「みなさんなかよくしましょうね」

 先生のお話が終わると、通学班といって学校の行き帰りが一緒であぶなくないようにみてくれる班長と副班長の兄さんとお姉さんがあいさつにきてくれました。班長が六年生のまもるくん、副班長が五年生のエマちゃんでした。引っ越しの日にあったあの女の子です。

「かみのけだいじょうぶだったのね」 ときくとエマちゃんは「なんのこと?」 といいました。それからしっとくちびるに指をあてられたので「言ってはいけない」 とわかりました。

 私たちは四班で、全部で十人でした。エマちゃんは私たちと同じマンションのとなりの部屋です。エマちゃんも去年のくれから引っ越ししてきたばかりだといいました。

 同じクラスのひとみちゃんというコがいましたが、班長のまもるくんの妹でした。お兄ちゃんがいていいなと思いました。入学式にはお父さんやお母さんの他にもおじいちゃんにおばあちゃん、ひいおばあちゃんまできていたので、目だっていました。私はひとみちゃんに言いました。

「家族がたくさんいて、いいなあ。おにいちゃんもいていいなあ」

 ひとみちゃんは笑いながら「おうちには犬や猫もいてもっとにぎやかなの、学校のかえりにあそびにおいで」って誘ってくれました。だけどその話をママにしたら「だめ」 といいました。

「いいですか、もう施設にもどりたくなければお友達をつくってはいけません。お友達の家に行ってはいけません。お友達と学校で家の話をしては絶対にいけません」

 ママの顔はとても怖くて私達は「はい」 としかいえませんでした。

 そして……その日のことを話さないといけません。その日は家庭訪問の日でした。朝からママがいました。

「今日はいそがしいよ。学校がおわったらまっすぐに帰ってきなさい」

「はーい」

 学校は午前中で終わりでした。急いで帰ってくるとお父さんがカレイのてんぷらを揚げてくれていました。ママと食べました。それから少したつとチャイムが鳴りました。田村先生が家庭訪問に来てくれたのです。ママは田村先生を私たちの部屋に入れて話をしました。ママが手招きしたので私たちはママのそばにすわりました。田村先生はマコちゃんもミコちゃんも学校ではとてもいいコですよ、とほめてくれました。やがて先生は次があるので、とすぐに帰って行きました。

 同じ日に続いて今度は、ふくしのしせつの人が知らない人といっしょにきました。その時もママは私たちをずっと抱っこしてくれました。そしてお父さんを台所から呼んで、となりに座らせました。しせつの人はいつもの世話する人ではなくて、時々来る事務員さんでした。でも私たちは顔を知っていました。むこうも私たちをおぼえていました。

「みんな元気だよ、ミコちゃんもマコちゃんも元気そうで安心した」 

 そういって帰りました。ママがお客さんを見送ってからドアをしめました。私たちはマンションの窓から「さよーならー」とお客さんにむかって手をふって、バイバイしました。二十階から下をながめるとお客さんたちの姿は小さくなっていました。しせつの人は私たちが手をふっているのに気づいてバイバイしてくれました。

 ママはお客さんの姿が見えなくなると「もう児相は帰った。あいつらは安心したらもうこない」とお父さんに言いました。お父さんはだまっていました。私がママになんのこと? と聞くとママは煙草に火をつけて、なんでもないと答えました。

 ……その夕方のことです。わたしたちは学校の宿題をしていました。ママが私たちの部屋に入ってきました。

「さあ、宿題はもういいからこれからお風呂に入ろう」

 私はびっくりしました。

「えっ、お風呂? だってばんごはんもまだだよ」

 マコちゃんも、言いました。

「まだ夜にもなってないのに?」

「いいから入ってキレイにしなきゃーな。だってあんたたちに、きゃくがくるから」

「おきゃくさん? わあ、すごい。ママ、今日はすごいね。田村先生が来たし、ふくしのしせつの人も来たし。今度のおきゃくさんはどんな人?」

「うれしいかい? さあキレイにしないと、かわいがってもらえないからね、お風呂に入ろう。からだは私があらってあげるから、じゅんばんにな」

「はーい」

「はーい」

 ママはいいにおいのするボディシャンプーをいっぱい使って洗ってくれました。いつもきれいに洗ってくれますけど、その日は特にねんいりでした。洗ってくれたあとは、クローゼットを大きくあけて新品のパジャマを着せてくれました。もちろんマコちゃんとおそろいでした。ピンクのフリルがたくさんついたかわいいパジャマでした。でもパンツが見えそうです。

「ママ、ズボンはないの?」

「これはそういうデザインなのよ」

 ママはていねいにかみをブローすると、二つにくくってそこにもピンクのリボンをつけてくれました。二人ともです。私たちは知らない人から見ると、見わけがつかないでしょう。私たちも鏡をみているようでした。ママは煙草も吸わず、だまっていました。

 それから「じゃあ行くよ」といいました。私たちここではじめて、マンションの別の部屋に行きました。

「なんだおとなりなのね」

「エマちゃんのおうち?」

「ちがうよ、はんたいがわのとなりだよ」

 そういいあっていると、ママがシィッといいました。

「さあ、もうおきゃくさんが、待っているからね。ちゃんとこんばんは、ってあいさつするのだよ。それからいつでも、にこにこしていなさい。ぜったいにおおきなこえを出してはいけないよ、わかったね?」

 ドアを開ける前にママはしゃがみました。私たちの目と目をあわせて、ちゅういしました。

「いいかい、もう一かい、言っておくよ。あんたたち、ここにずっといたかったら、おきゃくさんのいうことをなんでもきくこと。わかったな」

 この時のママの目はまっくろでした。鼻と口は消えてありません。ママの後ろは真っ暗です。ただ声だけがしました。私たちはちょっとこわくなりました。だからだまってうなずきました。

「二時間たったらむかえにいくからな、いいな」

 ドアが開いて背の高い大きなお兄さんが二人出てきました。はじめて見るひとでした。赤いかみと黄色のかみをしていました。私たちを見るとそっとてまねきをしました。

「はつしごとだな、がんばれよ、チビたち」

 赤いかみのお兄さんがアメをなめながら、黄色のお兄さんに注意しました。

「お前あほか。子どもにいうなよ」

 私たちは、こわくなりました。ドアのさかいめで中に入らずじっとしていると、ママがせなかをおしました。マコちゃんが首をふって、いやいやをしました。私もいやでした。

「ママ、かえろう」

 そういうと、どうじに頭がひっぱられました。ママが私のあたまのかみを上にひっぱっているのです。みつあみがねじれて、ぎゅうぎゅうになりました。ママは、エマちゃんのお父さんと同じことをしたのです。

「いたい」

「さあミコ。あたしのいうことをきくんだよ、もっと痛いメにあいたいか? ここからおいだされたいか……そして死にたいかよ」

「……」


「おお、この子たちかい、かわいい双子だな」

 とうとつに低い声がしました。奥からもう一人別の男の人が出てきたのです。

「こわがっているじゃないか、かわいそうに。あとは私がするから、おまえたちは出て行きなさい」

 ママはとたんにぺこぺこしました。そのおじさんは私たちのそばに立つと、顔を見せてくれました。おじさんは笑っていたと思います。それとお菓子をくれたような気もします。でも私はそのおじさんの顔をおぼえていません。それから私たちがどうなったか……覚えていません。

 ……私が保護されてまたしせつにもどるときに、けいさつやさいばんの人に何度もおなじことを聞かれました。だけどその晩から私とマコちゃんに何がおこったのか、思い出せないのです。

 目がさめると元のマンションのいつもの部屋に戻っていました。起きあがると、もう外はまっくろでした。なんだかおなかが痛いと思いました。となりにいるマコちゃんが、目をつぶったまま、なにかを言います。

「うーん、うーん」

「マコちゃんどうしたの」

 マコちゃんが目を開けました。そして顔をゆがませました。

「あのおじさんきもちわるかったね」

「どうしたの、あのおじさんのこと? あの人は、なんだったの」

「ミコちゃん、おぼえてないの? 私たちは、はだかにされたでしょ、おぼえてないの?」

「おぼえてないわ」

 そこへドアが開いてママが入ってきました。ママは笑っていました。

「ミコにマコ。はじめてにしては、がんばったじゃないか、よくやったな。おなかすいただろ、おいしいごはんをあげるよ」

 マコちゃんは泣き出しました。私はマコちゃんの肩を抱きながら、ママに聞きました。

「ねえママ、あの人だれだったの?」

「客だよ、これからときどきこういう客がくるから。あんたたちがしっかり遊んでやるのさ」

「遊ぶ?」

「そうだよ、あんたたちが客にあそんでやるのさ。客のいうとおりのことをしてやるのさ」

 マコちゃんが「げー」といいました。吐いたのです。ママが眉をしかめました。

「やだ、マコあんた何、吐いているのさ。しっかりしなさいよ」

 マコちゃんが口を押えながら、あやまりました。だけど指の間から、また吐いたものが出てきました。マコちゃんは下を向いて泣きながら、ママにあやまりました。

「ごめんなさい、ママ。ごめんなさい」

 私はマコちゃんの背中をさすりつづけました。だけど、またマコちゃんが「げー」と吐きました。ママは肩をすくめました。

「最初にしては刺激が強かったし、仕方ないか。いいさ、すぐになれるからな」

 ママがそこから動かずに、大きな声を出してお父さんを呼びつけました。

「さあ、マコのはいたものと、おふとんをきれいにしろ。ほれ、さっさとしなよ。お前はかわいい娘がいたから命ひろいしたのさ。さっさとやれ」

「わかりました」

 おとうさんはうなだれていました。それから、ぞうきんとバケツをもってきてきれいにしました。そのあいだママはたばこを吸いながらマコちゃんを裸にして着替えさせました。マコちゃんの裸には、いっぱい長い線がついていました。それはみみず腫れでした。長い線はお腹の下とふとももにありました。ママはマコちゃんのパンツもかえました。パンツには血がついていて、よごれていました。マコちゃんが泣きながら言いました。

「ママ、私の口の中がくさい。お腹もいたい。私はどうなったの、どうなるの。病気になったの?」

「だいじょうぶだよ、すぐになれるし、おなかがいたいのもきょうがはじめてだから仕方ないよ」

 マコちゃんはずっと泣いていました。お父さんはだまって汚れたシーツをたたんでいました。それからそれを丸めてどこかへ持って行きました。ママが着替えをさせたマコちゃんを、私と同じふとんに入れました。私たちはしっかりと抱き合いました。ママは新しいシーツを私たちにかけながら言いました。

「ミコはさっきからだまっているな、おなかはだいじょうぶか」

 私はちょっと考えてから返事をしました。

「うん、ちょっといたいけど、へいき」

 ママがあたらしい煙草に火をつけたまま、私を見ました。

「ミコのほうがしっかり者だ。いいコだな」 

 私はママにほめられても、うれしくありませんでした。私もなんだか口の中がくさいような気もするし、気分もわるかったから。マコちゃんはまだ泣いています。ばんごはんなんかいりませんでした。私たちは手をつないだまま、いつのまにかまた寝てしまいました。

 次の日の朝、マコちゃんはふとんの中から出られませんでした。起きるとまたマコちゃんは泣き始めました。きのうのばん、あのおじさんに何をされたのか、マコちゃんははっきり覚えているのです。それで気持ちが悪いのです。ママが朝なのにまだ部屋にいました。そして「起きなさい」といったけど無理でした。

「ちっ、熱もでている……しようがねえなあ。マコあんたは学校を休みな。けどミコ、お前は行けるな?」

 私も学校へは行きたくありませんでした。だけどママがこういうと、行かなければいけないでしょう。だから行きました。玄関を一人出るときに、ママは怖い顔をしていました。

「ミコ。いいな、学校でよけいなことをしゃべるなよ、でないとお前も私も殺されるから、いいな?」

「わかった」

 私はこういうしかありませんでした。だってこういうときはどうしたらよいか、ふくしのしせつの人は教えてくれませんでしたから。


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