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第四話


 結果からいうと、私は毎日学校へ行けてラッキーだったのです。嫌な思い出を思い出せなくて自動的に消去できた体質だったので生き残れたのです。私は今も身体を売られたことをくわしく思い出せません。みんなが身体を売らされたと思っていますが、私は本当に覚えていないのです。

 その晩から私たちは客を取らされました。客は私たちにおいしいお菓子や服をくれたりしたようですが、それもよく覚えていません。いろんな人がいたようですが、それも覚えていません。ママは夜になると、私たちをとなりに連れていく役目でした。

 となりの部屋のドアをあけると、いつも同じ二人のお兄さんがいました。お客さんの受付係をしていたのです。赤いかみのお兄さんは、顔じゅうピアスをしていました。黄色のかみのお兄さんはタトゥだらけでした。そして私たちには、とてもやさしかったです。お兄さんたちは、私を見るといつでも頭をやさしくなでてくれました。

「いいコだな、お前の人気は上々だよ。とてもいいコだな」

 その奥の部屋に行くと客がいます。毎回はだかにされたことまでは覚えています。だけどその先を無理に思いだそうとしたら吐き気と頭痛がでます。だから今でも思い出せません。


 マコちゃんは目に見えて弱ってきました。ごはんが食べられなくなったのです。私たちは呼ばれる時はいつも二人一緒でしたが、ママが「じゃそろそろ行こうか」というとマコちゃんは「ぎぇえー」といって泣き叫び、吐いたりおしっこをもらしたりするようになりました。

「マコ、お前ったら」 

 ママはマコちゃんを殴る真似をしましたが、決して暴力をふるったりはしません。それは商品である私たちにけがをさせてはならないからでした。ママは怒った顔でこういいました。

 ……何かあったらここにはいられなくなる。ごはんが食べられなくなる、すむおうちもなくなる……だからいうとおりにしろ。となりの部屋にいって、二時間ほどじっとしていろ、それだけのことだ……? 

マコちゃんが泣きやまないでいるとママはいらいらしていました。

「今晩はどうしても双子を相手にしたいっていうヤツだ。大事な上客だよ、お前はそれがわかんないのかい? 死にたいのか?」

 私はマコちゃんが本当に死ぬかもしれないと思いました。あの最初の夜からマコちゃんは夜になるたびに泣くのです。寝るまでずっと泣いているのです。私は泣きませんでした。なにをされたか覚えてないからです。でもいつでも悲しくなりました。いつでも自分が自分でないような感覚がするのです。私の身体は私のものなのに、自分の身体が自分でないようなふわふわした感覚がするのです。

 玄関に隣のお兄さんがそっとはいってきて、ママに言いました。

「客がまだかって」

 ママが肩をすくめて私を見ました。

「今日は仕方ないよ、一人しかいないがいいかって聞いてくれないか。双子のカタワレは、熱が高くて相手できないっていってくれ。それと料金も半額にするからって」

 私はお兄さんたちに手をひかれ、連れて行かれました。マコちゃんは玄関の床にぺったりすわってまだ泣いていました。マコちゃんの吐いたものが廊下に転々と続いています。それをお父さんがはいつくばって、ていねいに拭いていました。お父さんは顔を下にむけたままでした。


 帰宅するとママは煙草をくわえたままで私を待っていました。マコちゃんもわたしのとなりに無理やり正座させました。お説教です。

「あのな、あんたたちには大変かもしれないけど、あんたたちはこうやって生きていかないといけないのさ。私もそうだった。あんたたちぐらいの時から、客を取って大きくなったからさ。気持ちはわかるよ。だけどな、それがあんたたちの……」

 私は何をおもったのかとうとつにママに質問してしまいました。

「ねえママ、ほんとはいくつなの?」

 ママは話の腰を折られて私をにらみました。そしてにらみながら返事しました。

「十九歳、もう十九歳になった。だから売れなくなったのさ」

 ママの目の下が黒く、茶色のかみが汚くみえました。口の横には深いしわがあります。ママはいらいらしたようにまた煙草に火をつけました。

「私にもグズ親がいた。こういうのは逃げようがない。それでも、あんたたちはラッキーだよ。わたしという先輩がいてそうやって教えてもらえるし、しっかりした見張りがついている。顔もかわいいし。何よりも双子というのがよかったね……あんたたちは、私も聞いたことがない金額で売られているよ。だけど、このドル箱のカタワレがこんな調子ではもうからない。双子でないと困るって上の方からいってきて、私も困っている。あいつらを怒らしたらハンパないからな、責任取らされるのは、私ら下っパだから」

「……」

「どうしても嫌ならマコにはクスリを使うよ。身体がこわれてしまうのが早くなるけど、いいね? もう夜も遅いけど、これからもう一人客が来るし……どうしても仕事をしてもらわないと」

 マコちゃんはいやいやをしました。ママはマコちゃんの身体をおさえました。

「お前みたいなコはこうした方がいいね、かわいそうだけど」

 マコちゃんは暴れました。

 お父さんが呼ばれてマコちゃんの身体を押さえました。ママは小さい細長いかばんから針金みたいなものを取り出しました。注射されるとマコはすぐにおとなしくなりました。顔もぼんやりしました。ママは苦しそうな顔をしていました。それから私の方をふりかえって言いました。

「ミコ。ここからはどうしたって逃げられないからね。こうしたほうがマコのためにもなるからね。マコがぼやっとしている分、お前がしっかりやれよ」

 私はなぜ自分の目から涙が出ているのだろうと思いました。涙はあとからあとから出てきます。ママはティッシュをとって私の涙をふいてくれました。ママの目にも、きらっと光るものがありました。

「どうしても苦しかったらあんたもヤルといい……教えてあげるから。私はエイズだしヤク中の今しかこうしてしゃべれない。ヤクがきれると私はもうだめなのさ」

「ママ……」

「かわいそうに……かわいそうなコ。だけどそうやって生きているしかないのさ、私がそうやって生きてきたからな。こんなの生きている意味あるのかな、だけどとりあえずは……生きているかぎりは、生きていかなきゃーな」

 マコちゃんはもう泣いていませんでした。そしてこれは私さえしっかりしていればすむことなのです。実際私は何をされても忘れていられるのでだいじょうぶなのです。私はよくがんばったと思います。その晩も乗り切りました。内容は覚えていませんが。

 となりの二人のお兄さんは最高に私にやさしかったです。客も私を大事にしてくれました。毎晩お客さんの顔は違うけれどみんな私を大事にしてくれました。

 何人かの顔をおぼろげに思いだせます。そのうちの一人は私たちのおしっこを飲むことを楽しむ人でした。その人は身体をさわらないのです。見るだけの人だったので、私たちはその人が今夜のお客さんだとわかると「わーい」と飛びついて喜ぶようになりました。そしてお風呂場でおしっこをかけてあげるのです。その人は私たちのおしっこを手で受けて、飲んでいました。あとは時間まで一緒にお菓子を食べました。お客さんのうち、この人だけは良い人でした。お客さんも私たちをかわいがってくれて、この人が来るとママは安心してマコちゃんにもクスリを打たずに「あのおっちゃんだから」 といって送り出してくれました。マコちゃんもあの人だけはちゃんと相手できたと思います。だけど私たちは最高に高いらしく、そういうラクな客は毎晩きてくれませんでした。

 結局、夜が来るとマコちゃんはクスリを打たれ、私は全身ハリネズミのようになって今晩はどんな客だろうって思っていました。帰ってきて部屋にもどると、やっとばんごはんを食べて……眠らせてもらえるのです。そうやって一カ月ぐらいたったころでしょうか。

 学校へは普通に行きました。学校の授業も行事も普通に受けました。お友達もできました。だけど絶対に、家の中の話はしませんでした。一言でも言うとそれは「ハメツ」そういう感覚をすでに持っていたのです。マコちゃんはどんどん弱って、給食もほとんど残すようになってきました。

 ある時、お昼の休み時間にエマちゃんが私を呼び止めました。だれもいない図工室に連れていかれました。エマちゃんとはあれから話はしてないのです。朝夕の登下校は一緒だけど、エマちゃんは副班長で列の最後に並んでいるのでおはようしか言いません。だけどエマちゃんは毎朝私たちをじっと見ていました。エレベーターでも一緒の時があっても顔をじっと見るだけで黙っていました。エマちゃんは誰もいない図工室に入ると、ていねいにカギをかけました。それから、私に向かってささやきました。

「毎晩……客をとっているだろ。あんたたちの向こう側の部屋で。わかるよ……」

 私はエマちゃんに向かって大きく目を開きました。この話をするのは初めてなのです。でも、どういっていいかわからず黙っていました。エマちゃんは私の耳元まで背中を曲げました。口を近づけて小さい声でいいました。

「かわいそうにね。私は去年からだったけど、あんたたちは小学校へ入ったばっかりなのに。でも小さいコほど高く買ってもらえるらしいからね、しょうがないね」

 驚いて私はエマちゃんを見ました。エマちゃんはしんけんな顔をしていました。私はエマちゃんに聞きました。

「エマちゃん……あれは何? 客は私たちに何をしているの?」

「まだわからないのね……わからないほうがいいよ。けど逃げられないから。しようがないよね。だけどマコちゃんは、だめっぽい。目がうつろでふらふらだ。去年私がはじめたばかりのころ、二年生の女のコがいたけど今のマコちゃんみたいになって消えていったよ」

「消えていったの?」

「そうだよ、このコはダメだとわかると、どこかへ引っ越しさせられるみたい。どうなるかはわかんないけど金儲けができないならどこか別の仕事をやらされると思うよ」

「マコちゃんが消えると困るな」

「ミコちゃん、あんたの評判はすごくいいらしいね、オヤジから聞いた」

「あの人ってエマちゃんのほんとのお父さんなの」

「クズだけどほんとの父親だよ」

「私の評判がいいってどういうことなの?」

 エマちゃんは困った顔をして答えてくれませんでした。私は続けてエマちゃんに質問しました。

「ねえ、私はどうしたらいいの?」

「どうしようもないよ。私らがんばるしかないよな、だって私ら、売られているから」

「エマちゃん!」

 なんてことでしょう、エマちゃんもそうだったのです。私はエマちゃんにすがりました。

「どうしたらいいの」

「どうもないよ、みんな親切だろ? いうことをきいていれば、ちゃんとごはんももらえる。やさしくしてもらえる。だからそれでいいじゃないか」

「エマちゃんはいやじゃないのね……アレが好きなの?」

 エマちゃんはわたしの顔をじっと見ました。長い間、見ました。いきなり顔をぐしゃぐしゃにすると、わたしの身体を抱きしめました。

「ミコちゃん、わたしだってイヤだよ! いいだろってきかれたら、うそをつかなきゃいけない。ああん、もっと、してくださいって。恥ずかしそうにしないといけない。はあはあといわないといけない。笑いながら、おしりをふってやらないといけない……そうしなきゃ、私らみたいな子どもは生きていけないのさ」

「だれにもいえないことなのね」

「それをいってしまったらころされる。でもさ、わたし……最近、死んだ方がマシかなって思うようになっている」

 エマちゃんはわたしをだいたまま、声をおしころして泣いています。

「だって……わたしの背がたかくなってきたから、使えなくなる。もっと小さい子どもをさがしてこなきゃと、クソオヤジがいうのさ。お前ももうちょっとしたらあかん坊を、産めよって。男でも女でも小さいコは高く売れるから。お前は、オレがはらませてやるよ、っていう。でも、小学生をニンシンさせてはいけないだろ。だからそれまではわたしは、ずっと売られる。子供好きなおじさんの、はだかのおもちゃになる……これがわたしたちのひみつさ。店のなまえも、ひみつのはなぞの、っていうらしいよ……これがわたしたちの本当のしごとさ」

 エマちゃんと私は、おたがいしっかり抱き合って声をださずに泣きました。やがてチャイムがなって私たちは抱きあうのをやめました。エマちゃんは言った。

「そろそろ行こうか」

「うん……でも学校がっこうがいちばんいいね、いちばんほっとするね」

「そうだね、はだかにならなくてもいいし、きまったじかんに給食が出るしね」

 エマちゃんと私は、どうじにためいきをつきました。エマちゃんは図工室のカギを開け、私たちは途中までかたく手をつないで教室にもどりました。こうして私たちは友だちになりました。ひみつをもっているひみつの友だちです。エマちゃんは私のだいじな友だちです。


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