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64 ミィナ:友達の友達

「……ガルシア君だよね? もう一人来るって聞いてたけど」


「遅かったなミィナ。その通りだが……まぁ来いよ。込み入ってはいないが面倒な話に違いないからな」


 ミィナ、とガルシアが名前を呼ぶその女性は、少し不思議な表情を作りながらソファに腰掛けた。ガルシアの向かい……予測できたときに動いていなければ、袖と袖とが触れ合うことになっただろう。


 彼が口にした名前は、店に入るときのものだった。

 つまり、この部屋――――密室の予約を取ったのは彼女と言うことになる。


「あれ、その手は?」


 水差しを取ろうとしたガルシアの右手に、ミィナが疑問を持ったらしい。


「これか? ちょいと怪我しただけさ」


「大丈夫なの? ちょっと見せて、治せると思うから……」


「別に平気だ。こいつとも今日限りでお別れだしよ……」


 軽く抵抗したが、彼はすぐに折れた。

 包帯を取り、血の滲んだ布を取り払うと、包み込むように彼女は握り込んだ。


「……何してるんだ? すっげぇ気持ち悪い……痒いっつぅか、こそばゆい」


「――――うん、これで大丈夫だと思う」


 拘束から解かれた手を、ガルシアはまじまじと見つめ、一通りの動作を試す。


「馴染むまでは変な感じがすると思うけど、そのうち置換されるから」


「……こんなことまで出来るのかよ。便利すぎやしないか?」


 苦痛を示さずに水差しを取れた辺り、どうやら問題も無いらしい。何をしたのかは知らないが、彼女もギフテッドであることに違いはないだろう。


「それで、もうすぐ来るの? どんな人なの?」


「……まぁいいか。説明は出来るし」


 彼女が僕の側に座ったことに、ガルシアが些か面倒くさそうな顔をした。が、ミィナのグラスを用意し、水を注ぎ、目の前に置く頃には普段通りに戻っていた。


「あれ、こっちのがボクのじゃないの?」


「あぁ、違う。カズ、そいつがミィナ。騎士団所属のギフテッドで、今後の作戦活動に随伴することになる奴だ」


「え?」


 予想通り、見慣れた反応が返ってくる。このやりとりも慣れたもので、僕自身もどうにかなるだろう、と辺に気を据える必要が感じられなくなっていた。


 これから一緒に行動するギフテッド――――同郷者。

 ミィナというのは此方側での名前だろうか。


「ガルシア君、なにかやってる? 酔ってる?」


「いんや。言っただろ、込み入っちゃいないが面倒な話だって」


 彼女の疑問を押し止めるように言葉を続ける。


「ミィナ、そこにいるのがカズ……『朝凪和正』。ギフテッドだ」


「え、えぇ?」


 ますます分からない、という顔をされ、ガルシアも難儀そうに口を歪める。


「いやいや、冗談キツいよ。カズくんが? 誰も居ない……よね、冗談だよね?」


「冗談みたいなことだし、実際俺はよく冗談を言う奴だが……ミィナ、お前ずっと見てたろ? 気付いてなかったってことは無いよな?」


「それって……ガルシア君を下ろしたあの馬車の、『あれ』のこと?」


 僕の居る空間と彼とを視線が行き来し、おそるおそる手が伸びては触れる前に引っ込んでいく。

 僕は僕自身のこと……彼女にどう説明すれば良いのかに集中していたせいで、ガルシア達が話す内容を聞き流していた。


「……百聞は一見に如かず、なんて言うが、見れないとなんともだよなぁ。カズ」


「なんだ」


 ガルシアが僕と目を合わせ、耳に取り付けていた無線機を外す。

 テーブル上を滑らせ、それをミィナのグラスにぶつけた。


「なにこれ?」


「良いから付けろ、聞くことと触れることは出来るからな」


「分かった…………何これ、付けてる感じしないというか……取り込んでないよね?」


 変なことを言うが、外見の方が奇妙なことになっていた。

 左耳に――――僕が見える方の耳に付けたのだが、その耳がくねくねと動いているのだ。筋肉による動作ではなく、構成する細胞そのものが打ち震えるように、形そのものが変わってしまっているようにも思える。


「……おい、カズ。なにボーッとしてんだ?」


「えっ、あぁ……」


「ひぃえっ!?」


 動作が一瞬ごとに伝搬したかのように、反応が連鎖した。


「何、なにっ? えっ、ほんとに居るの? すっごい近くで声が……」


立体音響バイノーラルだからな、声の出所が体感的に分かるんだよ。片耳だけで判別できるのはどういう訳なんだか、この世界の技術っておっそろしいよなぁ……」


 ひとまず、そこに居るのは嘘じゃ無い、と僕に目配せした。

 あとは僕がやれ、ということだろう。流石に全てを他人に任せるほどに甘えてはいない。


「その、はじめまして」


 二度目の反応は、そこまでオーバーなものでは無かった。


「さっき紹介されたとおり、朝凪和正と言います。ミィナさん、でしたよね」


「『はじめまして』? えっ……と、カズ、くん? 本当に?」


「カズくん? まぁ、その、えっと……」


 初対面にしては、随分と砕けるのが早い……ということよりも、言い方が気になる。


「……ガルシア君、本当にカズくんなんだよね?」


 僕が返答に困っていると、ミィナはガルシアに話し相手を変えた。


「あぁ、だが……悪い、そこはドチャクソ込み入った事情があるんだ」


「例のこと?」


「そう。終わったのは二週間前かそこらで、色々とな……」


 ふぅん、と彼女が僕に向き直った。


「ねぇ、触っても良い?」


「えっ」


「変なところは触らないよ……確かめたいだけだから、ね?」


 じりじりと伸ばされる手に、思わず距離を取る。

 彼女の行動の理由や意図は理解できる。見えなくても触れられる、存在の証明には一番手っ取り早い方法だからだ。


 とはいえ、どこか素振りが艶めかしいというか、いかがわしさがある。

 そもそものところ、僕には他人に触れられる度胸も、耐久性も無いのだ。


「大丈夫だ、カズ。逃げてたら話が進まねぇのは分かるだろ」


「……分かっちゃいるよ。あぁ分かったよ、全く……」


 意識しなければ良い問題だし、そもそもそんな意図などありはしないのだ。

 全部は僕の思い込みだと信じて、あと少しまで伸びていたミィナの手首を取った。


「ぬわっ、ほんとに居たっ」


 気の抜けた悲鳴を上げるが、手を引くことはせずに、むしろ拘束しにかかってくる。


「えっと、この手は……右手だよね、親指がこっちだから……」


 自分の手と彼女の手とが絡み合って、それから指先であちこちを探り始めた。


「指と指の間……ある。えっと、顔、顔……」


「むぐっ」


 一通り僕の右手の縫合痕に触れると、ミィナの両手が奥に突き出される。

 胸、肩、首を通って、僕の頬は彼女の手に押し潰された。


「ちゃんとある、よね。これ、傷だよね?」


「えぇっと……えぇ、はい」


 僕の左頬の切り傷をミィナの指が何度も往復する。

 なんとか見えないかと目を細める彼女の顔が、直ぐ目の前にあった。


「……傷は同じだけど、うーん……」


 呼吸の熱が皮膚に伝わる。相手が異性で、そこそこの外見だからこそ、この距離感でもまだ不快感を覚えずにいられているのだろうが……何時まで続くんだ?


「……ちょんと」


「ぬんっ!?」


「い゛っ!?」


 僕と彼女の額が盛大に衝突し、互いに仰け反る。

「まるで分かっているかのように」首筋の弱い部分を触れられ、僕は再び反射を起こしてしまったのだ。


「あいてて、久々に痛いのをもらったぁ……」


 起き上がった彼女の顔に、赤いもので一筋の縦線が作られていた。


「ごっ、済みません。大丈夫ですか……」


「うん、大丈夫。君にならこんなことでも……じゃなくて、こんな傷ぐらい」


 ミィナがそう言って小さな源泉を拭ったときには、あるはずの亀裂が跡形も無かった。その際に――――先程の耳のように、皮膚が波打って、そこだけに知性が宿ったように蠢いているように見えたのは気のせいなのだろうか。


「便利だよな、お前の能力。見た目を変えたり、生き物を作れたり、傷まで治せるんだ」


 僕があまりに見つめているのに気付いたからか、ガルシアが答えを出してくれる。


「見た目を変える……?」


「うん、お腹が空くけど……こんなことも出来るんだよ」


 僕の問いに、今度はミィナが見せてくれる。

 顔を逸らし、手で覆って、数秒としない内に僕へ向き直った。


「…………」


「どう? 凄いでしょ!」


 自慢げな笑顔を作っているのは……多分、僕だった。

 顔のパーツは僕がどうこう言えるものでは無いが、左にある頬の傷、糸の通った痕の数。滲み出る人懐っこさを除けば、おおよそ僕と言えそうだった。


 ただ、ここまで顔立ちは整っていないし、傷はもっと不格好だし、自信に溢れた表情も作らない。大部分は似通っていても、他人の人真似に変わりなかった。


「……ぶふっ」


 暫く見つめ合っていると、ガルシアが吹き出した。

 が、僕は笑えなかった。自分自身の顔に驚いたのは確かだが、本題はそれじゃない。


「……僕、ですよね」


「ふふん、似てるでしょ?」


「その、えっと…………」


 僕のことは見えていないはず。実際、僕を確かめるために触れる必要があったし……頭突きが出来るほどの距離だからこそ言えるのが、「見えていないこと」だった。


 しかし……この精度を触れただけで作れるはずが無いのは、僕でも分かる。


「……どうして僕のことを知っているんですか?」


 先程から、まるで僕が知人か何かのように振る舞っている。

 見えていない僕の顔だけじゃない。誰にも伝えた覚えの無いことを――――首元が弱いことを、彼女はどうして知っていたのだ。


 彼女が僕のことを知っているのは確実だ。が、僕に心当たりは無い。

 僕が限定的な記憶喪失を起こしているのなら、「誰か」のことを忘れていても可笑しくないが……そんな人物が本当にいたのか? 顔に傷のある、関わり合いになりたくないような人間にだぞ?



 どうやって知ったのか。知れるだけの関係だったのか。

 この問いが彼女だけでなく、ガルシアにも当て嵌まるものだと今更ながらに気付いた。


 つまり、気にするだけ無駄な事だ。

 彼女は僕を知っているだけの「ただの他人」にすぎないのだ。僕が決めるべきなのはこれからの行動に対する評価だけだ。ガルシアにしたのと同じように。



「……ガルシア君?」


 ミィナは、複雑そうな顔を作り、ガルシアに向けた。

 鏡映しじゃない僕の困惑する顔を見るのは、酷く混乱する、脳が拒絶したがる光景だった。他人から見た僕は、果たしてこんなものなのだろうか?


「ミィナ、お前が思ってるほどに事態は深刻じゃねぇし、単純じゃないんだ」


 先程までの笑顔を一欠片も残さずに消すと、口をもごもごとさせて言葉を探した。


「まぁ、積もる話もある。話せることは全部話すさ」


「……なんて言えば良いんだろう、難しすぎて頭が動かないや」


 カズくん、と僕の方を向く。


「覚えてない? ボクのこと」


 ひどく受け入れがたい光景だった。自分のことを覚えていないかと、「僕」が僕に尋ねてくるのだ。

 彼女の本来の姿が分からない状態で――――見られたとしても記憶が戻るかどうかも疑わしいが――――僕の問いに答えを見いだすことは出来ないだろう。


「いえ……済みません、何も」


 忘れた過去が足枷になるはずがないのだ。

 気にするだけ無駄だと分かっていて、どうして僕は抑えられないのだろう?


「貴女が誰なのか、僕は何も……そう、きっと『覚えていない』」


 彼女の振る舞いを見ていると、「知らない」なんて言葉は使えなかった。

 これは思いやりなのか、傷つけるだけの嘘なのだろうか。


「……ミィナ、黒いあの小鳥もお前なのか?」


 ガルシアが脈絡も無いことを言い出し始める。

 話題を強引にでも変えようとしてくれるのは、この場にある混乱を考えれば有り難いことこの上なかった。


「黒い小鳥……うん、離れるときに何羽か作ったし、今も……多分庭先にいる」


「分かるのか?」


「まぁね。近ければ近いほどに『分かる』んだけれど……この距離だと、何をしたいかぐらいしか。元々が『ボク』であるだけで、みんな別の個体だから」


 ガルシアが話題に上げた小鳥は、きっとあの時のものだ。

 台車の中に飛び込んできた、あの小鳥。


「そう言えば、あの時の大爆発もカズくん達がやったんだって?」


「あぁ、なんで?」


「いや、ぼやっと覚えてるんだ。敵地に運び屋が二人、片方に誰かが乗ってたのを見下ろしてて……あの爆発があったから覚えてるんだろうけど、もしかして」


「アーラキアの出来事なら、間違いないな。覚えてるって……」


「うん。何時作ったか分からない『ボク』が見てたんだと思う」


 アーラキアの戦い、先駆物に振り回されて、何千メートルも打ち上げられたあの時。



 記憶は定かじゃないが、絵画のような記憶の端切れがあった。

 雲の波間に、僕らと並んで滑空する鷹のような鳥。


 それを伝えると、「多分それ」と彼女から答えが出た。


「お前、どんだけ作ってるんだ……?」


「分からないよ。本格的に作るようになったのは『食べる』ようになってからだし、小鳥とか鼠とか、何十匹も作ったし。覚えてるのは、二人居るってことぐらい」


「二人?」


「うん、別のボクが二人。何をしてるのかは優先して見てるけど、みんながみんな作るもんだから……」


「なんだよそれは、たまげたなぁ……」


 ガルシアが引くのも納得できる。話の限り、自身の身体を別の生物として分離することが可能で、自分自身すら複製しているようだ。


「ガルシア君の『身体』もボクが用意するってことになってるんだ。希望ある?」


「え、はぁ? お前が?」


「うん。そうだ、カズくんの身体を真似て作ろっか?」


「ぐぶふっ!」


 水を飲んでいるときに、突拍子の無いことを言ってくれる。

 僕が盛大に咽せている間、見えない僕の背中をミィナが甲斐甲斐しくさすってくれた。


「カズの身体か……いや、止めとく」


「いいの? どんな姿にもできるんだけど」


「お前が作りたいだけじゃねぇのか」とガルシアが茶化す。


「むぅ……」


「そうじゃなくても、人相が良くねぇからな。人間が目の敵にされるご時世だ。傷がある可愛げの無い顔でお偉いさんと話せる気がしねえ」


「それじゃあ、どんな見た目が良いかなぁ…………」


 あれはどうだ、これはどうだと会話が進んでいく。僕が口を出す必要の無い話題なので、部屋の隅をぼんやりと眺めて休むことにした。



 記憶を消されて、見えなくなって、会話すらも一苦労な状態にされた。

 何も知らない世界へ適当に放り込まれて、流れ流れてここに居る。日常なんてものがやって来そうなのは昨日や今日の話で、最初は誰も殺さない日の方が少なかった。


 それでも、向こう側よりもずっと、僕は充実感に近いものを感じている。

 殺人なんて滅多に出来ないことを、リスクもなしに行えたからだろうか。誰かの体温が僕のそばにあるからだろうか。


 こちらに来てから、孤独というものが逃げ去ってしまったような気がする。

 何があろうと誰かが側に居て、どういう経緯か、誰もが僕を支えてくれている。もう喪うまいと頑なに拒んでいたものが、避けられない形で僕の近くに寄ってくる。


 一度触れてしまえば、離すのが恐ろしくなってしまう。

 思い返せば、目覚めたあの日の月夜から、後戻りは出来なくなっていたのだろう。



 僕はどうしたいのだろう。

 漫然と思いはあっても、言語化することが出来ないもどかしさがあった。



〈――――――もし――もしもし?〉


 誰かが耳元に囁いてきていた。この特徴的な、自信のなさげな声には聞き覚えがある。


「カロさん?」


〈あぁ、良かった。通じてましたか。今話しても大丈夫です?〉


 視線をガルシアとミィナに戻す。何を話していたかは聞いてないが、この通信が繋がっている様子はないようだった。


「ええ。何か?」


〈えっとですね、前にお会いした際、無声通信のことはお話ししましたよね?〉


「無声通信……テレパスのことですか」


 彼の本心がダダ漏れしていた、あの機能。


〈えぇ、そうです。今し方最終調整が済みましたので、時間があるときにお渡ししたいなと……〉


「そうですか。何時頃伺えば?」


〈何時でも大丈夫です……アサナギさんは今どちらに?〉


「どちらというと……エネストラです」


〈なら、そのまま本部の方にいらしてくれれば構いません。話は通しておきますので〉


「分かりました、後ほど……」


 通話を切ろうとすると、「待って下さい」と止められた。


〈その、アサナギさんと一緒に居たメイドさん……えっと、確か……〉


「クラム、クラムさんのことですか」


〈ええ、そうです。クラム・ダブラングさん。彼女もお誘いして頂けますか?〉


「……? 分かりました。行くときには連絡します」


〈はい、よろしくお願いします〉


 向こうから切られた。


「カズ、空想は終わったか?」


 それと同時に、ガルシアがからかうように尋ねてきた。


「話は……聞いてねぇよな。まぁいいか。誰から?」


「カロさんから。無線機の最終調整版が出来たから受け取って欲しいって」


 答えている最中に気付く。無線機が彼の耳元に戻っているのだ。

 横に居るミィナに僕の声はもう届いていないようで、僕とガルシアを交互に見やるばかりだった。顔も元通りに戻っている。


「そうか、用事はさっさか済ませた方が速いよな」


 家に戻る前に取って来ちまえ、とガルシアが提案する。

 帰っちまえばまたべったりと張り付かれるに決まっているから、お嬢ちゃんとお前とが離れる回数は少ない方が良い。


「俺はまだ話すことがあるしな。今のうちに行ってこい」


「良いのか? 話を聴いてなかったのは悪かったと思ってるけど……」


「別に気にしちゃいねぇよ。俺もミィナも、お前のやることは分かってるしな」


 彼等は本当に何者なんだか。理解してくれるのは有り難いことだが、僕が知らない人物にされるのは酷く気味が悪いし、申し訳なくもある。


 残念なことに、僕は人を知るということに関しては無知に等しいのだ。


「分かった、それじゃあ」


 少し気を晴らさないと疲れるばかりだと思っていた頃合いだ。言葉に甘えさせてもらおう。


「……ガルシア、ミィナさんにひとつ」


「お、なんだ?」


 退出する直前、僕は後ろ髪を引かれるような思いで口にした。

 何であれ、これからを一緒にする人物に違いはない。幾ら人と関わらないと言っても、社交辞令を全く知らないわけでは無いのだ。


「これから宜しく、また貴女のことを……思い出せれば?」


 思い出せれば、知っていければ、覚えていけば。

 どんな言葉が彼女に当てる言葉に合っているのか、僕には決めかねた。


「……上手く伝えてくれ。僕の口は上手くない」


「わあったよ。ほら、行ってこい」


 彼とこうなれたように、彼女とも同じようになれるだろう。

 好意を持って接してくれるだけ有り難いことだと、そろそろ覚えるべきなのだ。











「ガルシア君、カズくんが何か?」


 扉が閉められた後、ミィナが尋ねてきた。


「あぁ、『これからも宜しく』って」


 あいつが言った言葉では無い。が、言えなくても仕方が無いんだ。

 紡ぎたかった言葉に必要な思い出も、何にも残っちゃいないようだし。


「……そっか、カズくんらしいや」


 ミィナは寂しげに、多少嬉しそうに笑う。

「この顔」にカズは反応しなかったんだ。本当に覚えちゃいないのだろう。


「それで、さっきのミリアスって人、『塹壕の魂喰らい』って噂の?」


 ミィナが尋ねてくる。さっき「もう暫く買い物に時間が掛かる、荷物持ちが欲しい」とミィナが付けてるときに連絡してしまった奴だ。なんやかんやカズに伝えといた方が良かったと少しばかり後悔する。


「あぁ。前の戦争中に皇国軍の塹壕内に潜り込んで、およそ一年で殺害数は百とも千とも……本人が報告した数倍は殺されてる、なんて尾鰭が付いた噂もな」


 もしシナ村に拘束されなければ、噂の戦果に三桁の被害者と、一個師団程度の副次的な被害が加えられただろう。

 最年少の十線と言うだけあって、挙げた戦果に見合う凶人に違いはない。


 今のカズと組んだら、どれだけ恐ろしいことになるか。

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