57 西へ、西へ
息をつく余裕もないほど、車内は切迫した雰囲気が張り詰めている。
原因は今朝――――この場の全員を訝しむかのようなガルシアの「内緒話」で知った。
「……本当なんだろうな」
〈あぁ、この目で確かめてきた。例え違っても……あれだ、備えありゃあってやつ〉
いつもの調子を崩さぬものの、そこに気の抜けた様子は無い。
平穏な日常ではない、戦場の最中で聞いた口調に、僕自身も身を強張らせざるを得なく感じた。いつもふざけているような人間がこうなると、変に疑り深くもなるものだ。
〈裏切りって言い方じゃないが、どこに潜んでるかまでは特定できなかった。昨日のメンバーは問題なかったが……追加で付いてきたのが怪しいところだな〉
〈対象の周囲は潔白が証明された人員で固めた。先遣隊がどうなるかだ〉
ガルシアとの会話には、ミリアスもいた。どうやらこの話題が共有されているのはこの三人だけであるらしく、努めてこの会話がクラムや――――イリアに漏れないようにされていた。
会話する相手を意識すれば、無線機はその相手にのみ接続される。素の声が聞こえているミリアスは他の者にも聞かれているが、僕の場合は……これが役に立つ。
ただでさえ空気に怯えて縮こまっている彼女を、これ以上不安にさせたくない。
「…………イリアに、聞こえてないよな」
〈お前がヘマしなきゃあな〉
彼女は反応しない。ちゃんと会話相手は選べているということだ。
言葉の代わりに、少しだけイリアの方に寄った。互いを覆う布地が空間を仕切っているものの、彼女は僕の意図に気付いてくれた。
「今の所は大丈夫そうだけど……いつ来るかって分かるのか?」
〈いや、そこまでは分からん。ルート上の怪しい場所に見当は付けてるが、実行は担当に任されているらくてな……〉
「……そうか、分かったよ」
イリアと反対側に寄り添うもう一つを抱き寄せて、一度深呼吸をする。
生きている証拠の温かさを吸い取るように銃身は冷たく、だからこそ僕は落ち着いていられる――――頬に押しつけてもなお、身体に籠もる熱は逃げていきそうにもないが。
この昂ぶりは、危険にさらされる事への緊張だろうか、スリルに対する興奮だろうか。
それとも――――恐怖なのだろうか。
「ねぇ、イリア」
僕はたまらず、声を上げていた。
フード越しにでも耳がピクリと動くのが分かり、僕の座る方へと視線が向けられる。きっと視線を合わせようとしているのだろうが……やはり、叶うことはない。
「な、なぁに……?」
その顔は直ぐに伏せられ、先程と変わらない体勢に戻った。誰にも聞かれまいと、雑音に掻き消されそうな声で答えるのは、変な目で見られたくないからだろう。
「その、音楽……聴く?」
「音楽……あの時に聴かせてくれた?」
「うん、まぁ。他にも色々あって……」
僕の行動には複数の動機があった。
イリアの気を紛らわせてやりたい。緊張しっぱなしの自身を落ち着けたい。曲調のリズムに思考を預けて、余計なことを考えないでいたい。
どれが最も比率が大きいのか、答えは出したくなかった。
「……うん、聴きたい」
少し迷ったのか、時間をおいて答えが返ってきた。
そのわずか一言二言で余計なほどに心が昂ぶってしまうことに、不快ではない自己嫌悪を覚える。こんなことを思うようになるなんて、こちらに来るまで思えただろうか?
携帯を取り出し、画面を操作する。
曲のミックスリストを選択して、出力を無線機に設定して――――音量を控えめにして。
「ッ!?」
再生を押した瞬間に、予想外の人物達から反応が返ってきた。
まず、同じ車内にいるミリアスとクラムが————前者は無線機の付いた耳だけ、後者は身体すべてを震わせた。どちらも声は出さなかったものの、何かに驚いた様子だった。
〈おぅ、気が利くじゃねぇか〉
その答えは、ガルシアの声が教えてくれた。
「何がだ?」
〈曲だよ曲、気ィ張りっぱなしで死ぬとこだった〉
得られた事実は、実に簡単だった。
詰まるところ、僕は無線機すべて(・・・)に音楽を放映しているということだ。
「どうか、しましたか?」
落ち着きがなくなった二人を不思議に思ったのか、ハヤトが尋ねてきた。
「ん、いや……大丈夫だ」
ミリアスが答えるが、声色がこれまでと多少違っていた。
彼が僕の居る方を見つめてくる。急な出来事に怒っているようには見えず……何と言えば良いのだろう、じっと見ていれば僕が見えてくるかのように、確かめようとしているように感じられた。
「……ハヤトに、サキだったか。君達は戦えるのか?」
何かしらの答えが得られたのだろうか、ミリアスが視線を二人に向けた。
「……ハタナカさんは戦うような人じゃないです。僕の方は……僕も、あまり自信が」
戦闘要員は向こう二人らしい。元から争いごとに首を突っ込まない人間なのは第一印象から感じていたし、何者かが気紛れに与えている能力は全てが戦うためにある訳でもないようだ。
「そうか。念のため訊きたいが……どんな能力を持っているんだ?」
「僕たちですか? えっと……」
〈ファーストポイントだ。先遣隊は戻ってきてねぇけど……さて、どうだかなぁ〉
ガルシアの報告に、ミリアスが答えを制止した。
「少し待っていてくれ、後で聞く」
席から立ち上がり、引き出し式の梯子を引っ張り出す。天板のハッチのロックを外すと、ミリアスは上体を車外へと出した。気流が車内に入り、澱んだ空気をかき混ぜてくる。
〈ミリィ、何か見えるか?〉
〈まだ距離がある。素人が隠れていても見つけられない〉
ここからでは車外の光景を確かめられない。側面の窓からガルシアが同じように身を乗り出していることと、騎兵が併走しているのが見えるぐらいだ。どうにか前方を見ようと模索しても、地形が僅かに隆起していることだけしか分からない。
〈……秘密兵器さんよ、準備は大丈夫か?〉
「秘密兵器、なんて大層なものじゃないぞ」
〈お前じゃ……いや、お前もだが、道具の方だ。直ぐに展開出来るようにしとけよ〉
「……分かってる」
車内の脇、僕の直ぐ傍に立て掛けられた一挺の「それ」。
僕が携えるものより一回り大きく重い図体の傍で、弾薬箱の中身が音を立てている。
銃身を切り詰めたとはいえ、全長は小柄なイリアの八割はある。弾薬の重量も合わせれば、彼女を抱えた方が楽かも知れない。まだイリアの方が重いが、僕に抱きついてくれるだけ持ちやすいのだ。
ファーストポイント――――襲撃予測地点の一つ目が近づいてきている。
先程見えた隆起は一層高低差を増し、木々も増え、死角が多くなっていく。道も緩やかながら曲がりくねっていて、移動速度も落とさざるを得ない。街から最も近く、奇襲もしやすいここが、恐らくは仕掛けてくる場所だと二人は結論を出していた。
〈先遣隊は……どうだろうな、見逃されたか、寝返ったか〉
〈……どちらにせよ、報告が戻ってこないのは事実だ。アサナギ〉
ミリアスが車内に戻ってくる。
「……それを使える状態にしておく。俺が運ぼう」
そう言って、秘密兵器の片割れを軽々……とまではいかないが、大して苦にもせずに持ち上げた。アニマリアの身体能力がとんでもないことがよく分かる。
こんな種族を相手取るためには、銃火器のような、性差も年齢差も能力差もフラットにさせる道具がなければならないだろう。結果として人権が産まれた道具はこちらでもきっと偉大なのだ――――どんな使い方をされども。
そして……当然ではあるが、脅威は突然に牙を剥いてくるものである。
襲ってくるという情報があれども、いつ来るか、という重要な点が不透明な時点で分かり切っていたことだが……その始まりは、どこか不可解だった。
〈発砲音だな、正面……先遣隊か?〉
連続した破裂音に、ガルシアが疑問を呈する。
曲がりくねった両川の向こう側。まだ数百メートルは離れているようで、こちらに射線は通っていない。
〈いや、近すぎる。先遣隊とこちらの中間地点だろう……一度停まらせるか?〉
〈……いや、それが狙いかもな。奪取が目的ならもう背後も塞がれてるだろうし……クソ、銃が向こう側にもあるのか。提供物ってアレかよぉ〉
〈どちらにせよ、賭けるしかないか……〉
「……アサナギ、外に出してくれ」
機関銃をこちらに渡しながら、ミリアスが言ってくる。対象は彼でなく、このデカブツの方だろう。
「くっそ……重い、このっ」
片腕で渡してきたのが信じられない重量をなんとか持ち出すと、自身も天板の上に這い上がった。向かい風のある、揺れる車体の上に掴まれる場所はないに等しく、落車の危機に嫌な汗が出てくる。
「ジェアル、先行を頼む」
毛並みを僕のローブと動揺になびかせ、ミリアスが騎兵の一人に指示を出す。その相手の左腕を覆い隠す大きな盾と模様に――――僕は既視感を覚えた。何処かで見た……確かにどこかで見かけた覚えがある。
そうだ、あの塹壕の。
数十発の弾丸を反らし続けていたその特徴を高く挙げて、彼と周囲の二騎が速度を増した。乗馬の難しさと厳しさはあの時より前……ミリアスの背に居たときに感じたからこそ分かるが、とんでもない練度だ。
「アサナギ、弾だ」
三騎の精鋭を見送っていると、ミリアスがガンと金属製の箱を置いた。
「あぁ、どうも…………」
それに手を伸ばし、装填を始めようとしたとき――――次の展開が起こった。
「あのっ、左右から何かが、来ますっ!!」
車内からの、ハヤトの大声。先程までの控えめな印象を全て投げ捨てるような切羽詰まり具合に、ミリアスが直ぐに反応した。
「何が来る?」
「……多分敵です! 撃ってきます!」
何の根拠があるのか、彼以外に理解できる人物はいないだろう。
だがしかし、決して有り得ないことを吹聴している訳でも無い。僕以上にミリアスはこういった駆け引きに通じているようで、彼の行動に迷いは殆ど無かった。
「カズっ、左翼を見ていろ!!」
彼は、車内へと落ちるように戻っていった。
僕も迷っている余裕はない。嘘なら嘘で構わない、今は信じるほかない。
重機関銃は間に合わない、散弾銃も肩から下ろす手間が惜しい。
来ると分かっていても、始まりは唐突なものに違いはなかった。
「…………クソッ、本当にいるのか!」
迷ったその一瞬に、鉛が金属板にぶち当たる反響音が響いていた。
数カ所から一カ所に向けられた射撃は、合わせて数斉射のみで混乱を生み出せる。視界の中だけで二騎が撃たれて体勢を崩し、一騎は龍馬の方がやられて転倒し、騎手の方は地面とそれとに挟まれて摺りおろされていた。
彼等が盾になったお陰か、二台の馬車はほぼほぼ無傷に済んだ。
〈カズ! ミリィ! そっちは平気かぁ!?〉
無線機からガルシアの声がガンガン響く。
〈ガルシア、対象は!?〉
〈まだ俺達を狙ってねぇみたいだな、流れ弾が飾りをダメにしたくらいだ!〉
流れ弾、その言葉が引き金となったのだろう。
馬車、奇襲、銃撃…………意識しておらずとも、僕の無意識は一つの懸念を導き出してしまった。
「イリア……イリアは!?」
他人がどう聞くか、なんてことを思いすらしなかった。
あの時の光景が脳裏にちらつく。思い返したくもないのに。
〈安心しろ! 車内に貫通した弾はない!〉
ミリアスが無線機越しにでも分かるほど、感情的に返してくる。
口調は変わりないが、端々に焦りがみえる。
〈カズマサ、お前は敵を! こちらは俺に……っ!? 君、何を!?〉
〈あ、あたしも護ります! アサナギ様、イリアちゃんは任せて下さい!!〉
会話にクラムが、唐突に混ざり込んできた。
〈ミス……貴女も伏せていて! 一緒に!〉
〈はっ、はいひゃああぁっ!!〉
「くぅうおっ!」
馬車の速度が一気に増し、車内がとんでもない状況に陥りかけているのが見ずとも分かる。僕の方も左腕でハッチの縁を、右腕で置いて行かれそうになった重機関銃を抱えた状況で、冷静でいられるような状況でない。
〈……さっき撃ってた奴等が見えた! なんかよく分からんが、メチャクチャになってたぞ! 何が起きてんだ!?〉
ガルシアが何かを伝えてくるが、どのことかが分からないほどに事態は速く、混沌としている。
道路に何かが散らばっているのが見えた。直ぐに背後へと消えていったそれは……さまざまなものの「パーツ」に見えた。
〈ガルシア、カズ、外はどうなっている!〉
〈何が何だかだよ! 敵がどれだけかも分からん、何してんのかも分からん!〉
「こっちも……ふうっ、落ちるところだったから、何も」
なんとか身体をハッチの中に押し込み、ようやく一息だけつけるようになった。
視界が開けてきた。障害物はこの先に数えるほどにもない。
〈……追ってきてるな、後方、左右、合わせて十騎以上。クソ気合入ってんなぁ〉
〈来たか……カズマサ、機銃の用意は?〉
「まだ……今すぐに!」
言われて存在を思い出すあたり、かなりテンパっているのを自覚する。
機関銃の機関部を引き寄せ、カバーを上げ、ベルトを……弾薬箱は何処だ?
〈敵も慌ててるな、撃ってきてるが適当だ……おい待て、まだ来る。ありゃ……弓か? いや、それ以前に……!〉
クソ、何時の間にか落ちてたか。
「ミリアス、弾を!」
〈おいおい! 先遣隊の奴等も混ざってるじゃねぇか!〉
〈あぁ、一度に話すな!!〉
梯子を三段ほど下りたとき、足下に何かが乱雑に投げ飛ばされてきた。
投げた調子でロックが外れたのか、弾薬ベルトが腸のようにはみ出している。
〈ガルシア、先遣隊も居るのか!?〉
〈あぁ多分……クソッ、どうしてこうアニマリアはタフなんだ! ライフル弾だぞ!? 豆鉄砲じゃねぇってのになんで普通に射ってくるんだよぉ!〉
一端を鷲掴んで、強引に上へと持っていく。
振動で閉じてしまったカバーをもう一度開き、差し込み、下ろして、薬室に最初の一発を送り込んで……二脚も起こして、これでよし。
昨日の講習で何度も繰り返した甲斐はあった。あってほしくないものだったが。
〈…………は? んだよ、あれ〉
視界を平地へ戻したとき、何かに陽を遮られた。
たった一瞬、何かが影を落としていった。何かが――――なんだ、あれ?
〈いっ!!?〉
〈ガルシア?〉
鳥、ハーピー、そんなものじゃない。
ヒトほどもある鳥のような何かに、追いかけてきた一団の一人が大空に連れ去られた。
〈クッソ、肩に矢が……こいつにもう無理はさせられねぇな。つつつ……〉
かぎ爪に拘束された腕が――――僕の目が可笑しくなったのだろうか。
「食べられている」ように見える。
〈……ぶふっ、はっはははは!!〉
「っ!?」
耳元の大笑いに意識が戻ってくる。ガルシアの奴、元から狂っていたが、何を笑っているんだ?
「どうした、ガルシア」
〈どうしたって、もう笑うしかねぇだろ。こんな時に、こんな曲!〉
言われてまた思い出す、あれからずっと流しっぱなしだった楽曲は――――静かな旋律で、曲名を思い出せない。何が可笑しいのか……そんなことを考える暇はないとばかりに、猛禽が再び一人を攫い、鉛の弾頭や鋼の鏃が飛んでくる。
変なことに思い耽ってる場合じゃないと自らを戒め、銃身を後方に移動させる。
的はそれなりにある。二発ずつ、落ち着いて――――引き金はゆっくりと絞る。
意識を、静かな旋律に合わせる。大丈夫、大丈夫―――――。
「ッ!!」
そんな僕の意図をはじき飛ばすように、耳を劈く金管楽器の音色が響いた。
一筋のトランペットの旋律が、そのイントロが曲名を思い出させる。
「―――――――ウィリアム・テル!」
〈そうだよ! なんつー選曲だ、こんな時に笑わせるなたたた! クソ、傷に響いちまう……〉
全体の曲調より、終盤の旋律が有名な一曲。ガルシアが笑ったのも頷ける。
今の彼には、この戦場が荒涼とした荒れ地に見えているかも知れない。犯罪者集団に狙われた重役を守り通すための保安官気分に浸っていても可笑しくない。
――――案外、僕もアイツと同類なのかもしれない。
理解できない化け物に、何がどうなっているか把握できない戦況。それらに抑圧された何かが――――曲の勢いを引き金に、何もかもを吹き飛ばしたようだった。
装備の質で見分けられる的へ狙いを絞る。ストックを肩にこれでもかと押しつける。
片耳で鳴り響くメロディーに負けじと、手元の鉄塊が空気を震わせる。視界を塞ぐほどの発砲炎が花形を作り、僅かに歪んだ照準の先に見える的が倒れる――――はずなのだが。
「……外れた?」
騎手が仰け反ったようには見えた。が、体勢を戻して再び迫ってくる。
偏差が間違っていたのかもしれないと、今度は薙ぎ払うように射撃する。
「……はぁ? なんでだ?」
自分の腕に対する疑念というより、不条理に思える光景に僕は声を上げた。
今度は完全に胴を捉えた。普段着を多少着込んだような服装に防御力があろうはずもない。
――――なんで死なないんだ。的にした木に大穴が空く威力だぞ?
「あっ」
そうこうしているうちに、その相手は化け物に攫われていった。
持ち上げられる際、液体が重力に持って行かれる様子が見えた。元気に悲鳴を上げているが、間違いなく当たっていたはずなのだ。
〈大事か?〉
ガルシアが苦しそうに尋ねてくる。そちらのほうが大丈夫なのかと聞き返したい。
「あぁ、大丈夫……このっ、どれだけ当たれば……!!」
しかし、距離を詰めてくる敵の他に回す余裕などなかった。
人がダメなら的の大きい龍馬の方にと思っても、角度が浅いと火花が散るばかりだし、どんなに叩き込んでも怯む様子すらなかったりする。この世界の生物はどうなっているんだ?
〈人間が銃を持つわけさ。アニマリアは簡単には死なないんだ〉
僕の苦戦を察知してか、ガルシアが教えてくる。
〈タフな奴だと、脳味噌を半分持って行かれても数分は戦える。心臓を打ち抜かれても貧血で意識を失うまで敵に向かい続けられる。背骨を砕いても、本能で噛みついてくるような奴だって居るんだ。アニマリアっつうのはそんな種族〉
「はぁ!?」
〈お前のことだし、ウマの方も狙ったんだろ……そっちこそ、鱗の継ぎ目に、垂直にぶち当てないと貫通すらしないぞ。そいつなら狙いが甘くてもなんとかなると思うんだが……〉
冗談がきつい。そんなのを信じろというのか?
銃弾を素の身体で受け止めて、致命傷でも即死しない個体までいて、それが人間と同じように道具を使って戦う?
僕は――――この世界の人間達も、そんなものと戦っているのか?
〈うし、処置はこんなもんか。カズ、相手の意図を探ってくる。この無線も一旦外すぞ〉
「あぁ、分かったよ!」
四体目の試行で、ようやく撃ち落とす事が出来た。表情が辛うじて読めるほどに近づかれて、全長が中指よりも長く太い弾薬を十数発……上半身の向こう側がちらと見えるほどに叩き込んでようやく、確実に殺せた実感が沸いた。
ガルシアはなんて言っていたんだ? まぁいいか。
正体不明の生物に襲われてもなお、僕たちを諦める様子は無いらしい。
あれに何人が食われたのかは見ていないが、数はそこそこに減っている。それでもまだ十数騎が追随している上、護衛の殆どは銃弾や弓矢で負傷しているのがうかがえた。
もうすぐ、馬車に乗り込んでくるか、脚を潰そうとしてくるだろう事が分かる。
機銃は重すぎて方向転換する暇が無い上――――それでも手こずる相手に、散弾銃はまだしも――――拳銃や短剣で対処することなど考えたくもなかった。不意は突けるが、果たして殺しきれるかどうか。
「くそっ」
頭上を矢が掠め、近辺で鉛玉が跳弾する音が響く。さっきまで化け物に向けられていた射線は僕の方に集中し始めたようだった。相手にするのを諦めたか、僕の方が脅威に思われたか――――思っている間もなく、一本が僕の身体を貫通した。
「ううっ」
慣性に頭を持って行かれる。
重要な部位に対して、思っていたほどに痛くないのが救いだ――――脳に痛覚は通っていないらしいし。
本来ならこんなことも考えられないだろうし、今の僕の考えが異常なのは自覚している。あと少し左下に当たっていたら右目が――――矢を抜くまで――――使い物にならなかった、と安堵するほどには、僕の考え方も状況に適応してしまっている。
射撃が止んだからか、こちらの馬車を挟むように二騎がやってくる。護衛は他の敵に拘束され、彼等を阻むものはない。
取り付かれる前に……散弾銃を肩から外し、銃口を向けることを何よりも優先した。
「ぐぁぅっ!」
騎士の腹に加わった作用に対する反作用に腕が持って行かれるが、そのままもう一発。
龍馬の首に縋り付いた彼に、今度はちゃんと構えて一発。
落下を確認する前に、左側に鈍い衝撃があった。
「――――クソッ!」
この距離だと銃の長さが邪魔になる。ならば。
「がっ!?」
銃身の先端を持ち、フルスイングでしがみついてきた騎士の頭を狙う。
当然、大したダメージにはなっていない。唐突の殴打に混乱するものの、至って健康な様子だった。
「ちょ、ちょい待っ……」
構え直すより、拳銃を抜く方が速い。
右手を太腿に動かしたのと、それとはほぼ同時だった気がする。
「うおぉああっ!?」
上方からの凄まじい風圧と、合わせるように陽が陰る。
さっきのは僕の悲鳴か、彼の悲鳴かも分からない。
一瞬の嵐が過ぎたときには、先程の騎士は姿を消していた。
ぐじゅぐじゅと、堅いものや柔らかいものが一緒くたに潰されるような音が上から聞こえ、赤黒い液体と細かな固体が馬車や僕に降りかかってくる。
一秒で状況が入れ替わる。こんなのに思考が追いつけるか。考えていられるか。
本来の目標を素通りしたのであろう矢が首元を横から貫いたとき、僕はこの光景を理解することを諦めた。敵方も攻勢を諦めたのか、ぽつりぽつりと離脱していくのが見える。
まともに照準する気力も無く、耳鳴りがするような旋律に操られるように引き金を引く。逃げていく影に合わせて、軸が反動で明後日に向こうと、嫌がらせになればいいと思って。
「――――い、俺は――――シア―――――を教えてや―――」
視界の端で両手を振る人物が見え、何かを喚いていることに気付く。
まるで機械に配慮する心があるように、曲も終わった。
「武器は捨てた! 抵抗する気はねぇから! ミリアスに伝えることがあるんだよ!」
装備に残る戦闘の後は痛々しく、しかし彼は気にならないかのように溌剌と喋っていた。
「――――――へああっ!?」
そして、他の者と同様に、あの鳥擬きに連れ去られる。
「待てっ、お前アレだ――――俺は――――アだ――なせ! い――――さで放すな!」
高度二十メートルといったところだろうか。両肩にかぎ爪が食い込んで、かなり辛そうだが……先程のように、血飛沫が地面を濡らす様子は無い。
あの存在はなんなのだろうか。この世界の生物であることに変わりないだろうが、野生生物などではないことは自明だ。明らかに狙う相手を絞っていて――――それはつまり、僕らの所属する集団で選り分けていたことになる。
しかし今、その「敵側」である人物と意思疎通を図ろうとしているようにも見えるのだ。
そして今更……高度を落としてこちらに近づいてくるその人が、ガルシアであろうことに思い至った。あの時言ったのは敵に乗り移る云々だったのか。
「そうだ……ありがとな。また後、目的地に着いたら話そう」
天板に足の裏が付くと、礼を言われた大鳥は高度を上げていった。その進路はこちらを追随するかのようで、先程までの殺戮――――食事か――――を行う様子は見れなかった。
「うおっととと」
男が体勢を崩し、尻餅をつく。同時にこちらに手が伸ばされ、僕は迷いもせずにその手を取った。
「ガルシア、だよな」
「だな、落ち武者野郎……あたたた」
僕の容姿を皮肉るが、今の肉体の損傷が彼を躾けてくれた。
「クッソ……さっきは言う間もなく殴りやかって、アイツもアイツで食っちまうし……痛ぇよ、全く。手ェ貸してくれ」
「元の身体に……戻れば、いいんじゃ?」
重たい身体を力一杯に引きずり、自分の体重も乗せて車内へと引きずり込む。
「うぐっ!」
「あがっ!」
「きゃあああっ!!」
下敷きになった僕と、その上に落ちたガルシアと、車内に居た女性陣の悲鳴が順番に響いた。空が狭くなり、ガルシアの血生臭さが籠もり始めたのを感じる。
「ミリィ……平気だ、俺だ」
「…………」
横を向こうとするが、首に刺さった矢がつっかかって回らない。
それでも、彼がどことなく呆れたような、疲れを表情に出した気がそれとなくする。
「っはぁー、つっかれたー……」
「重い。降りてくれないか……」
「ダメだ、今来ると危ないぞ」
僕の願いが聞き届けられることはなく、食い下がる前に誰かが動いたらしい。
「カズなら大丈夫だが……矢が刺さってる。それがお嬢ちゃんにも刺さっちまったら、カズが悲しんじまうぞ」
見えないが、イリアが傍に近づこうとしたらしい。何も言っていないが、僕のことを心配してくれているのだろうか。
「お前さんを護るために頑張ってたんだ、ここで傷ついちまったら意味が無い。いいな?」
「……はい、その……だ、大丈夫、なの?」
ガルシアが制止する視界の端に、赤いフードが若干見える気がする。
「うん、致命傷じゃない。死ぬような傷じゃないよ」
そう言うほか無かった。頭と首に刺さって致命傷ではないのは明らかに可笑しいが、僕の身体は精神的な疲労を除いて万全であるし、こんな言い方でも嘘や間違いではないだろう。
「う…………なら、いいん、だけど……」
消えていく言葉に、彼女の心境が痛いほど込められていた。
立場を入れ替えれば、僕にも分かる――――あの時、イリアが傷ついているのに近づけなかったら。
僕はきっと自分の不甲斐なさというか、無力感に為す術もなくなるだろう。
無論、そんな風にイリアが思っている根拠も無いわけだが。
とはいえ……ここまで来てしまえば、僕であれど義務感のようなものを覚える。
「手、伸ばしてくれる?」
僕はそう提案した。イリアの表情は見れないが、直ぐに彼女の腕が僕の視界の中に差し伸べられた。
「……ほら、ちゃんと握れる。僕は大丈夫だよ」
「……!!」
小さかった。僕の手の平に、彼女の指の半分までが覆われた。
これで安心してくれるだろうか――――僕にその確信は無く、ただ祈ることしか出来なかった。
「――――――あの」
視界の反対から、声が掛かった。サキの声だ。
「そのお方、ご友人か何か、なのでしょうか?」
ミリアスに対しての問いらしく、彼は肯定した。
「なら……その…………傷の手当てをしても、宜しいでしょうか?」
「ん、あんた……名前を訊いてなかったが、できるのか?」
こちらに対しては制止することもせず、声の正体がガルシアと僕の脇に近寄り、座り込んできた。
「……? 訊いて、なかった?」
包帯や消毒液のような道具を何も手にせず、ガルシアの傷に手を伸ばしたサキが首を傾げた。
「私、貴方にお会い……いえ、その前に……」
「…………」
「……どうして宙に浮いているんでしょうか?」
顔を見ずとも分かる。やっちまった、という笑みと自己嫌悪の中心にあるような口の開きをしているに違いない。
「……しゃあない、か。あれだ、取り敢えず手当てしてくれ。その間にぼちぼち話すからさ」
彼がだらんと脱力し、先程よりも重量が増した気がした。




