第二十六話
「双葉は廊下で待っていろ、先生が呼んだら中に入ってくれ」
「住吉先生・・・本当に大丈夫ですか?」
ここまでくると覚悟を決めるしかないのだけど、やっぱり二の足を踏んでしまう。
「大丈夫だ。先生にまかしとけって!」
笑顔を作ってこちらをみた。しかし、イケメンでもない先生がやると爽やかさをアピールしているんだけどとても残念な感じだ。
「・・・はい」
何とか返事をして「ちょっと呼ぶまで待っていてくれ」と教室の中に入って行った。
廊下で一人になり心臓の鼓動が早くなる。教室の中では連絡事項などを先生が話している。まだ中は静かで先生の声しか聞こえてこない。
一通りの連絡事項を話した先生は一度咳払いをしてから話し始めた。
「この中に薄々気がついている人もいるかもしれないが紹介したい人がいる。」
そう住吉先生が話すと一気に教室の中が騒がしくなってきた。
「住吉先生!!それってもしかして転校生ですか?」
「お!いいとこついているね。なんでそう思った?」
「目撃情報があって結構噂になっているんです。」
住吉先生の質問にでかい声で答えるこの声は佐山だな・・・こういう話題好きだよな。しかし完全に転校生って事で納得しているみたいだ。
「多分、その生徒だろう。まあ今、紹介してやるからな。」
そう言うといろいろな声が聞こえてきた。
「やっぱり転校生かぁ」「例の赤い髪の子だろ」「ちょー可愛いって噂の!」
クラスの中は期待で騒がしさが増していった。それを止めるように住吉先生は手を叩いて自分に注目させた。
「はい!!静かに!!今から紹介するがその前にみんなに約束をしてもらう。」
そう言うと、また佐山がでかい声できいてきた。
「先生!どうしてですか?」
「その子は、ちょっと特殊な事情がある。だからと言って先生達は特別扱いする事はしない。それはクラス全員にも言っておく。今から紹介する子を特別扱いする事しないでくれ。普通のクラスの仲間として接することを約束してもらいたい。もし、一人でも約束出来ないと言うのであれば、お前たちに紹介することは出来ない。約束ができる別のクラスに移ってもらうことになる。」
そこまで言うと又クラスが騒がしくなった。きっとどういうことなのか周りの仲間と話しているのだろうだけど、声のトーンが低いせいか何を言っているのかわからなかった。大丈夫だろうか、そんなこと言って元々他のクラスに行くなんて話しは無いし、いくら作戦とはいえ俺の行き場がなくなるのではないか・・・
しかし俺の心配をよそに住吉先生は、クラスのみんなに声をかける。
「では、みんなに聞こう。特別扱いする事をせず、クラスの仲間として元々の同級生として接することができるか?できるという者は挙手をしてくれ。」
全員が手を上げなかったらどうするのだろうか。その上、同級生って言っちゃって大丈夫かな。しかし、クラスのみんなは特に気にした様子も無く、住吉先生の質問に動きがあったみたいで洋服の擦れるような音がしてきた。
「・・・」
その後、しばらく沈黙が続いた。
「・・・よし。みんなの気持ちはわかった。全員一致で特別扱いする事はしない。クラスの仲間として、元々の同級生として接する。と約束してくれた。くれぐれもこの約束を忘れないようにな。」
「よっしゃー!!うちのクラスに噂の美少女だ!!」
佐山がまたでかい声で叫んでいた。
び、美少女って・・・俺のこと?噂になっているってそういうことなの?てっきり男みたいな女がいるって噂になっていると思っていたのに・・・ますます緊張してきた。
「では、早速入ってもらおう。」
ついに来た。心配だけどクラスのみんなは普通に接してくれると多少嘘をついているようで心苦しいけど約束してくれた。後は俺の頑張りだよな。
「よし・・・」
両手で握り拳を作り、自分に気合を入れた。すると教室の引き戸が少し開き住吉先生が顔を出した。
「用意はいいか?」
住吉先生の問いかけに頭を縦に振り肯定した。それを確認するとまた引き戸を閉めて「歓迎の用意はいいか?」クラスのみんなに声をかける。
「「「「おお!!」」」」
元気な声が響く。そしてつかさず、佐山が急かしてきた。
「住吉先生もったいぶらないで早く!早く!!」
「佐山、興奮しすぎたもう少し落ち着け。」
そう言ってから再び引き戸を開けた。住吉先生が「入ってくれ。」と促され、一歩ずつ緊張で重い足を前に進めた。
教室に入るとどよめきが起こる。
「すげー噂以上だ。芸能人じゃねえの?」
また、佐山が興奮しながら叫んでいた。男子のほとんどはそれに頷くようにこちらを注目していた。
もしかして、俺って可愛いのか、いやいやそんなことあるか元々男であった俺が可愛い訳が無い、転校生と勘違いして美化しているだけだよな。そうに違いない。
「ちょっと落ち着け、興奮しすぎだ。」
住吉先生が俺の思考とクラスのざわつき止めた。
「さてと、この子を見てみんなはどう思う?佐山答えてみろ。」
そう言われた佐山は立ち上がり答えた。
「むちゃくちゃ可愛いです。一目惚れしました!!是非俺の彼女になってください。」
い、いきなり告白・・・佐山の奴なに考えているんだ。俺はノーマルだよ。と叫びたくなるのをこらえていたら、住吉先生が代弁してくれた。
「おいおいこんな所で告白なんかするな。そう言うことは放課後やれ放課後。それに佐山が落とせるとは到底思えないがな。あはは。」
「えぇ・・・そりゃないですよ。わからないじゃないですか。」
「そう思うなら撃沈して来い。泣きたくなったらいつでも先生の胸を貸すぞ。」
クラス中が大笑いしている。なんか今までの雰囲気でいいなぁ。
それから、他の生徒達にも佐山にしたような質問をしたが、帰ってくる答えは「可愛い」とか「綺麗」とか「美人」などなど、「俺の嫁」とか多少意味不明なこと言われていたけど、概ね好印象のようだ。それどころかやっぱり俺ってもしかして女子としては可愛いとか美人とか言われるような容姿なのか・・・全く自分に自覚が無い。でもこれだけクラスの男女問わず褒めてくれるのならそうなのかもしれない。
「住吉先生!!そろそろ名前教えて下さい。気になっちゃて仕方ないです。」
「おお、そうだったな。取り敢えず最終確認。先ほど言った。特別扱いしないこと。元々同級生として接することができるか?出来ない奴はいるか?いれば手をあげろ。」
そして誰も手を上げなかった。
「よし。じゃ本人から自己紹介してもらおう。おっとその前にもう一つ知らせがあった。入院中だった双葉は先週末に退院して今日から学校に復帰してくるので、勉強が遅れているからみんな教えてやってくれ。」
「蒼の奴、まだきてないですよ。」
そう言ったのは翔太だった。
そうだ今朝翔太に声をかけたけど、わかっていなかったよな。なんて思いながら翔太をジッと見つめてしまった。すると翔太がこちらを見て何かに気がついた様だった。
こっちを見て顔を紅くしたと思ったら急にそっぽを向いてしまった。なに?どういうこと?わけがわからない。俺が翔太の態度に悩んでいると住吉先生の声で俺は思考を止めた。
「あれぇ、おかしいなー。今日きているはずなんだけど、みんな見てないか?必ず見ていると思うんだけどなぁ。」
うわぁ白々しい。ここでくるのかいよ、いよだな。俺のことをみんな受け入れてくれるかな。
「本当に見てないか?そうかぁ・・・まあいいかな。」
なんだよ。いいのかよと心の中でツッコミを入れて、住吉先生を睨んだが見事にスルーされ話を進めた。
「さて、前置きが長くなってしまったな。自己紹介してもらおう。」
そう言うと、「待っていました」「早く声を聞かせて!!」「好きだぁ」と声がかかった。好きだはもちろん佐山の奴だった。
多少顔を引きつりながら、気を取り直して第一声を出した。
「おはようございます。」
「おお!!声もかわいい」
もちろん佐山の奴だ。流石に住吉先生もしつこいと思ったのか
「佐山うるさい。少し落ち着け、大人しく聴いていろ。」
そう言われて佐山はクラスのみんなにクスクス笑われて急に恥ずかしくなったのか「すいません」と言って大人しくなった。
俺は、その間に翔太を見ていたが翔太はずっとそっぽを向いたままこちらを見てくれることは無かった。俺、突然声かけたりしたから翔太に嫌われたのかな。正体明かすのが怖くなってきた。
「ほれ、自己紹介の続きだ」
そう言って、俺の背中を軽く叩かれた。ちょっと正体明かすのが怖くなっていた俺を一歩前に進めさせてくれた。
「えーっと、お、あっ・・・私の名前は、双葉蒼です。よろしくお願いします。」
危ない危ない、住吉先生と決めた。最初は転校生っぽく挨拶するんだった。危うく俺って言いそうになってしまった。失敗しそうになったことに気を取られて教室の様子が変わったことに気が付かなかった。
「・・・」
静かになる教室。
みんなの顔をみるとキョトンしている。いち早く混乱から立ち直ったのは佐山だった。
「先生この子は双葉と同姓同名ですか?」
「佐山はどう思う?」
「転校生は同性同名だと思います。だって双葉は男ですよ。それにそんなにかわいい訳がない。もしかして俺たちを驚かそうと双葉の名前言わせたんじゃないですか?」
佐山の質問に答えず、少し黙ったと思ったら天井を見つめていた。
「先生も初めて見た時はこんなにも男と女でこうも違うものかとびっくりしたよ。」
そう言って住吉先生は、ちょっと遠い目をしていた。俺ってそんなに変わったのか・・・あんまり自覚がないよ。
「しかし、佐山はどうして転校生だなんて言っているんだ?」
「だって転校生を紹介するって・・・」
「おかしいな。先生は一度も転校生が来たなんて言ってないぞ。紹介したい人がいると言っただけだぞ。」
クラスが益々混乱しているみたいだった。もう理解不能に陥っているみたいだった。
「何だみんなはまだわからないのか?面影は残っているんだけどな。」
「・・・」
クラスの誰もが頭にハテナマークが浮かんでいる状態だった。
「先生はさっき言っただろう。今日から双葉が学校に復帰するって、みんなは見てないと言うけど先生は見てるはずだと・・・」
そう言った途端クラスがざわつき始める。そして翔太も物凄く驚いた顔をしながらこちらを見た。そしておもむろに立ち上がり
「お前なのか・・・蒼・・・」
俺は静かに首を縦に振った。
 




