第9話「真実の光と王子の貌(かお)」
私たちの反撃は、迅速かつ徹底的に行われた。
カイルがどこからか連れてきた腕利きの魔導士たちの協力のもと、品質管理システムは驚くべき速さで構築された。
畑には管理番号が振られ、組合事務所の隣にはガラス張りの「品質管理室」が新設された。
そこでは、白いローブをまとった魔導士たちが、水晶のプレートを使って野菜の魔力成分や安全性を検査している。
その様子は、誰でも外から見ることができた。
組合員たちは、最初は戸惑っていたが、自分たちの作った野菜が科学的に安全だと証明されていく過程を目の当たりにし、徐々に自信と誇りを取り戻していった。
自分たちの野菜は世界一安全だと、組合員たちは口々に喜びの声を上げた。
組合の士気は、以前にも増して高まった。
そして、私たちは王都の有力貴族や大商人たちを招き、ヴェルモント領で大規模な説明会を開いた。
私は壇上に立ち、私たちの新しい品質管理システムについて、堂々と説明した。
生産履歴の開示、魔法による科学的検査、そして何より、私たちの農業に対する誇りと愛情。
私の言葉は、多くの出席者の心を打った。
説明会の最後、カイルが立ち上がった。
「さて皆様。今回の騒動の『真相』についても、ご報告せねばなりますまい」
彼の言葉に、会場がざわめく。
カイルは、数人の部下らしき男たちを伴って壇上に上がると、一枚の羊皮紙を掲げた。
「調査の結果、毒物混入の噂は、一切が事実無根であることが判明しました。食中毒で倒れたとされる貴族は、ただの食べ過ぎによる腹痛でしたし、他の被害者など一人も存在しなかった。全ては、ある人物によって仕組まれた、悪質なデマだったのです」
カイルは、彼の部下たち――その佇まいは、ただの商人のお供には見えない――に目配せをした。
すると、彼らは一人の男を壇上に引きずり出した。
その男は、王都のゴシップ新聞の記者だった。
「この男が、金で雇われ、嘘の記事を書いた記者です。そして、彼に金を渡し、指示した黒幕……それは……」
会場の誰もが、固唾を飲んでカイルの言葉を待つ。
「……スタンリー男爵令嬢、エリー様。あなたですね?」
カイルが指さした先、招待客の末席に座っていたエリー様が、顔面蒼白になって立ち上がった。
「なっ……何を言うのです! 私には、何のことかさっぱり……!」
「しらを切るおつもりか。だが、証拠は全て揃っている。あなたがこの記者と密会していたという証言も、金の流れも、我々は全て掴んでいる」
カイルの冷徹な声が響く。
彼の部下たちが提示した数々の証拠に、エリー様は血の気を失った唇をわなわなと震わせ、もはや言葉を発することすらできずに立ち尽くしていた。
その醜態に、会場からは冷ややかな視線が注がれる。
その時だった。
「そこまでだ!」
凛とした声と共に、会場に数人の騎士たちが駆け込んできた。
その中心にいたのは、見慣れた旅装ではなく、隣国フォレスティアの紋章が輝く、壮麗な王族の軍服に身をまとった、カイルだった。
彼の本当の姿に、会場は水を打ったように静まり返る。
エドワード殿下も、呆然とした表情で立ち尽くしていた。
私も、息を呑むしかなかった。
商人カイル・マーチャント……その正体は。
「カイル・レオン・フォレスティア。それが私の本当の名だ。アルセリアの友好国、フォレスティア王国第二王子である」
彼は、もはや商人の飄々とした雰囲気など微塵も感じさせない、王族としての威厳に満ちていた。
「スタンリー男爵令嬢。貴殿の行いは、我がフォレスティア王国が国益をかけて支援する事業への、悪質な妨害行為と見なす。これは、我が国に対する明確な敵対行為だ。アルセリア王国の法において、厳正なる裁きを望む」
隣国の王子からの、正式な抗議。
それは、ただの貴族令嬢の嫉妬による嫌がらせでは済まされない、国際問題に発展したことを意味した。
エドワード殿下は、事の重大さにようやく気づいたように、顔を青くした。
エリー様は、その場でへなへなと崩れ落ちた。
彼女の悪あがきは、最悪の形で自らの破滅を招いたのだ。
◆ ◆ ◆
騒動が収束し、人々が引き払った後、私は一人、カイル――いや、カイル王子の前に立っていた。
「どうして……今まで黙っていたの?」
私の声は、少し震えていた。
驚きと、そして少しの寂しさと。
「すまない、リリアナ。お前を騙すつもりはなかった。ただ、一人の商人として、お前と対等なパートナーでいたかったんだ」
彼はいつもの、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
しかし、その瞳は真剣そのものだった。
「俺は、王子という身分が窮屈で、国を飛び出した。商人として自分の力を試したかったんだ。そんな時にお前に出会った。自分の力で運命を切り開こうとする、強くて、美しいお前に……俺は惹かれた」
彼の真っ直ぐな言葉に、胸が熱くなる。
「俺が王子だと知っても、お前の気持ちは変わらないか? リリアナ」
彼は、少し不安そうに私を見た。
私は、静かに首を横に振った。
「変わらないわ。私が好きになったのは、商人のカイルであり、王子のカイルでもある。あなたという人間そのものだから」
そう。
彼が王子だろうと商人だろうと、関係ない。
私を信じ、支え、共に戦ってくれた彼を、私は愛している。
私の答えを聞いて、彼は心から安堵したように微笑むと、私を強く抱きしめた。
「ありがとう、リリアナ」
偽りの毒は、真実の光によって打ち払われた。
そして、暴かれた真実は、私と彼の間にあった最後の壁をも、取り払ってくれた。
私たちの絆は、この大きな試練を経て、より固く、より深く結ばれたのだった。




