第6話「王都の喧騒と黒い嫉妬」
ヴェルモント領、改め「アルセリア南部農業協同組合」の農産物は、ついに王都アルセリアを席巻した。
カイルが切り開いた販路は、高級レストランや貴族の食卓にまで及び、「ヴェルモント野菜」は品質と味の代名詞となった。
組合の事務所には、連日嬉しい報告が舞い込んでくる。
王宮の夜会でトマト料理が評判になり、侯爵家からはジャガイモ百箱の注文が入ったなど、景気のいい話ばかりだった。
領地は完全に活気を取り戻し、ヴェルモント家の借金も、あっという間に完済することができた。
病床にいた父も、領地の復活と私の活躍に喜び、ついに杖なしで歩けるまでに回復した。
母は涙を流して喜び、私も心からの安堵を覚えた。
そんな折、私のもとに王家主催の建国記念パーティーへの招待状が届いた。
正直、気乗りはしなかった。
王都には、もう関わりたくない人間がいる。
しかし、組合長として、そしてヴェルモント家の当主代理として、この招待を断ることはできなかった。
「大丈夫だ、リリアナ。俺も商人ギルドの代表として出席する。何かあれば、俺が守ってやるさ」
カイルが心強い言葉をかけてくれる。
彼と一緒なら、大丈夫だろう。
私は覚悟を決め、一番上等なドレスに身を包み、王宮へと向かった。
◆ ◆ ◆
パーティー会場は、きらびやかなシャンデリアの光の下、着飾った貴族たちでごった返していた。
以前の私なら、この華やかな雰囲気に心を躍らせたかもしれない。
けれど今の私には、この光景がどこか現実離れして見えた。
畑の土の匂いや、村人たちの笑顔の方が、よほど心安らぐ。
周囲から聞こえてくる囁き声。
私がヴェルモント公爵家の娘であると気づき、周囲の態度が変わったことや、今や『豊穣の女神』と呼ばれていること、貧乏領地を立て直した手腕への称賛がひそひそと交わされている。
以前のような嘲笑や侮蔑ではなく、今は称賛と興味の色が濃い。
人間の評価など、かくも移ろいやすいものか。
そんな私の耳に、聞きたくなかった声が届いた。
「リリアナ……!」
振り返ると、そこには驚愕の表情を浮かべた元婚約者、エドワード殿下が立っていた。
彼の隣には、もちろんヒロインのエリー様がいる。
「ご無沙汰しております、エドワード殿下、エリー様」
私は完璧な淑女の笑みで応じる。
私の落ち着き払った態度が意外だったのか、エドワード殿下は言葉に詰まっている。
「君が……ヴェルモント領を、あそこまで立て直したと……?」
「ええ。殿下と婚約破棄させていただいたおかげで、自分の本当にやりたいことを見つけられましたの。感謝しておりますわ」
皮肉たっぷりにそう言うと、彼の顔が気まずそうに歪んだ。
その隣で、エリー様が青白い顔で私を睨みつけている。
その瞳には、かつてのか弱さはなく、剥き出しの嫉妬が渦巻いていた。
「リリアナさん、ずいぶんとお偉くなったのですね。昔は殿下の後ろに隠れているだけだったのに」
棘のある言い方。
どうやら、ゲームのヒロインも、シナリオから外れると思うようにいかないらしい。
私が王子に見向きもしなくなったことで、彼女の優越感が満たされなくなったのだろう。
「人は変わるものですわ、エリー様。あなたも、いつまでも殿下の庇護の下にいられるとは思わない方がよろしくてよ」
私が冷たく言い放つと、エリー様は悔しそうに唇を噛んだ。
その時、すっと私の腰に手が回された。
「おや、リリアナ。こんなところにいたのか。紹介が遅れたな、こちらは俺の、大事なビジネスパートナーだ」
カイルが、まるで私を庇うように隣に立ち、エドワード殿下とエリー様ににこやかに笑いかけた。
その親密な様子に、エドワード殿下の眉がぴくりと動く。
「君は……商人のカイル・マーチャントか。リリアナと、そのような関係だったとはな」
エドワード殿下の声には、明らかに不快感が滲んでいた。
自分が捨てた女が、他の男と親しげにしているのが面白くない。
実に子供っぽい独占欲だ。
「リリアナの才能に惚れ込んでね。彼女は、あんたが手放すには惜しい逸材だったな、王子様」
カイルの挑発的な言葉に、エドワード殿下はぐっと拳を握りしめた。
一触即発の空気が流れる中、私はカイルの腕をそっと引いた。
「カイル、もう行きましょう。殿下たちも、私たちのような者とお話ししても、退屈なだけでしょうから」
私たちはその場を離れたが、背中に突き刺さる二つの視線を、確かに感じていた。
一つは後悔に満ちた王子の視線。
そしてもう一つは、どす黒い嫉妬に燃える、ヒロインの視線。
この時、私はまだ、エリー様の嫉妬が、ただの感情では終わらないことを知らなかった。
彼女の歪んだプライドが、やがて私たちの築き上げてきた全てを破壊しようとする、恐ろしい嵐の予兆であることを、まだ予測できていなかったのだ。
王都の喧騒は、新たな波乱の幕開けを告げていた。




