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魔道戦記 ~航空魔道師の伝説~  作者: 百夜


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第七話 英雄

統一暦1926年、春。

長く厳しい冬が終わり、雪解けの泥濘が乾き始める頃、大陸の戦局は再び激動の季節を迎えていた。三国協商側は、春の到来とともに大規模な反攻作戦「春のスプリング・ストーム」を発動。圧倒的な工業生産力を背景に、メードル合衆国とサントラ共和国の連合軍が、メルド帝国の西部国境地帯である「ローゼンベルク工業地帯」へと大挙して押し寄せていた。


帝国の心臓部とも言えるこの工業地帯を失えば、兵器や弾薬の生産ラインは壊滅し、戦争の継続は不可能となる。そのため、帝国軍は防空網を限界まで展開し、連日連夜、血みどろの防衛戦を繰り広げていた。


ローゼンベルク上空、高度4000メートル。

黒煙と硝煙が立ち込める鉛色の空で、帝国軍第7航空魔道大隊の生き残りである「第4中隊」は、完全な死地に取り残されていた。


『第2小隊、全滅! 隊長、もう持ちません! 防壁術式の魔力が底をつきます!』

『左翼から敵の増援! サントラ軍の魔道中隊です! これで敵の護衛は3個中隊……総勢36機以上!』


第4中隊長であるミュラー大尉は、血走った目で絶望的な戦況図を睨みつけていた。

現在、彼ら帝国軍第4中隊は、わずか12名(すでに半数が撃墜され、実働は6名)で、メードル合衆国軍の巨大な重爆撃機編隊(5機)と、それを護衛するサントラ共和国軍の3個魔道中隊(36名)を相手に防衛戦を強要されていた。戦力差は1対6。絶望という言葉すら生ぬるい状況である。


敵の重爆撃機は、無慈悲にローゼンベルクの工場群へと機首を向けている。あれに爆弾を投下されれば、帝国の生産力は致命的な打撃を受ける。しかし、敵の護衛魔道師たちの分厚い弾幕に阻まれ、爆撃機に近づくことすらできない。


「くそったれ! 司令部、こちら第4中隊! 敵爆撃機編隊の迎撃は不可能です! 部隊の損耗率は7割を超えました。これ以上の戦闘は無意味な犬死にです! 撤退許可を、直ちに撤退許可を求めます!」

ミュラー中尉は通信機に向かって、血を吐くような声で叫んだ。


『司令部より第4中隊。撤退は許可できない。貴官らの後方にはローゼンベルクの第3プラントがある。死守せよ。最後の一兵になろうとも、爆撃機を落とせ!』


「無茶を言うな! 相手は3個中隊だぞ! こちらはもう……」

ミュラー中尉の言葉は、すぐ横を通り抜けたサントラ軍の一等兵が放った魔力弾の爆音によって掻き消された。味方の伍長が悲鳴を上げて墜落していく。残り5機。もはや部隊としての体をなしていない。


(ここまでか……。メルド帝国万歳……!)

ミュラー中尉が死を覚悟し、残けの魔力を振り絞って最後の特攻をかけようとした、その時だった。


『――司令部より第4中隊! ミュラー中尉、聞こえるか!』

通信機から、先ほどまでの冷酷な司令官の声とは打って変わった、異様なほど興奮した、いや、狂喜に満ちた声が響き渡った。


『撤退を許可する! 直ちに空域から離脱し、高度を下げろ! 繰り返す、撤退を許可する!』


「せ、司令部? どういうことだ、我々が引けば工場が爆撃されるぞ!」

ミュラー大尉が困惑して聞き返すと、通信機の向こうで司令官が叫んだ。


『援軍が来るぞ! たった今、参謀本部直轄の遊撃部隊がそちらの空域に到達した! 第101特殊魔道大隊だ! 指揮官は、単独撃墜数100超えのハイエース……「白銀の悪魔」だ! 邪魔になるから貴様らはさっさと退け!!』


「第101……特殊魔道大隊……?」

ミュラー中尉は耳を疑った。前線で戦う者なら、その噂を聞いたことがない者はいない。冬の間に帝都で極秘裏に編成され、帝国軍の問題児や死に損ないばかりを集めて作られたという、異端の独立大隊。そしてその部隊を率いるのは、三国協商から「悪魔」と名指しで恐れられる、銀髪の少女大尉であると。


「全機、急降下! 空域を開けろ!」

ミュラー中尉が命令を下し、残存する5機の帝国魔道師が這うようにして高度を下げた直後だった。


彼らの頭上の厚い雲を突き破り、「それ」は降臨した。


「なんだ、あれは……?」

サントラ軍の小隊長が、雲間から現れた影を見て呆然と呟く。


青白い「スカイ」の魔力光の尾を引いて、まるで一つの巨大な生き物のように統率された48機の編隊が、太陽を背にして急降下してきたのだ。彼らは一切の陣形を組んでいない。しかし、互いの死角を完璧にカバーし合う、不規則かつ有機的な群れ(スウォーム)として飛翔していた。


その群れの先頭、最も鋭い切っ先を飛ぶのは、小柄な身体に不釣り合いな長銃身の魔道銃剣を背負い、銀色の髪を風になびかせる一人の少女だった。


「……第101特殊魔道大隊、大隊長のエリス・サントリー大尉です。これより本空域の指揮権を掌握します。第4中隊の生存者は速やかに後退し、我々の『狩り』を見学していてください」


無線越しに聞こえるその声は、春の暖かさなど微塵も感じさせない、絶対零度の冷酷さを帯びていた。


「て、敵の増援だ! 数は1個大隊(48機)! 迎撃しろ!!」

サントラ軍の中隊長が慌てて指示を飛ばし、36機の敵魔道師が一斉に銃口を上空へ向ける。


「レオンハルト中尉、マイヤー曹長。予定通り、あなたたちは護衛の3個中隊を制圧。私は爆撃機を叩きます。魔力の無駄遣いは厳禁。規定時間内に全てすり潰しなさい」

エリスが淡々と命じる。


『はっ! 大隊各員、聞いたな! 大尉殿の邪魔をするハエ共を、一匹残らず叩き落とせ!』

副隊長であるレオンハルト中尉の号令と共に、47機の「悪魔の分身」たちが一斉に散開した。


ここから先は、ミュラー中尉たち第4中隊の常識を根底から覆す、一方的な蹂躙劇であった。


「撃て! 撃ち落とせ!」

サントラ軍が猛烈な弾幕を張る。通常であれば、分厚い魔力防壁を展開して耐え凌ぐか、回避のために後退する場面だ。しかし、第101大隊の兵士たちは誰一人として防壁術式を展開しなかった。


「な、なんだこいつらの動きは!?」

サントラ軍の兵士が悲鳴を上げる。

第101大隊の兵士たちは、「スカイ」の出力を極限まで絞り、重力と空力を利用した変態的な機動で弾幕の隙間をすり抜けていく。ある者は空中で完全に推進力を切り、自由落下で弾丸を避けた直後に再点火して急上昇。ある者は横方向へのスライドのみで射線を外す。


それは、エリス・サントリーによる地獄の教導――「実弾での無差別奇襲から生き延びる」という常軌を逸した訓練を数ヶ月にわたって生き抜いた者だけが体得できる、究極の物理的回避行動であった。


「隙だらけだぜ、お嬢ちゃんたち!」

マイヤー曹長が、敵の小隊長の懐に音もなく潜り込み、下から上へと銃剣を突き上げた。

「ぐぁっ!」

敵の魔力防壁ごと顎を貫かれた小隊長が、血を噴き出して墜落する。


「次! シュミット、ワーグナー、カバーに入れ!」

マイヤー曹長が空薬莢を排出しながら指示を飛ばすと、シュミット伍長とワーグナー上等兵が阿吽の呼吸で敵の死角から徹甲弾を撃ち込む。魔法による派手な爆発など一切ない。ただ、乾いた発砲音と共に、敵のバイタルパートが正確に貫かれ、鉄屑のように落ちていくのみだ。


「ば、化け物だ! こいつら、全員があの『白銀の悪魔』と同じ動きをしやがる!」

「弾が当たらない! なんで防壁も張ってないのに当たらないんだ!」


サントラ軍の3個中隊は、瞬く間に大混乱に陥った。魔力を防御や大魔法に回して機動力が落ちている敵に対し、魔力を「スカイ」の急制動のみに全振りしている第101大隊の機動力は、まさに大人と子供の差であった。


その乱戦の最中、エリス・サントリー大尉は単機で、メードル合衆国軍の巨大な重爆撃機編隊へと肉薄していた。


『こちら爆撃番長ボンバー・ワン! 敵の単影が接近中! 護衛は何をやっている! 機銃座、奴を近づけるな!』

爆撃機の機長が怒鳴り、機体の各所に設けられた旋回機銃が一斉に火を噴く。

秒間数十発の重機関銃の掃射。空が曳光弾の光で埋め尽くされる。


だが、エリスの表情は硝子のように冷たく、微動だにしない。

(弾幕密度、毎秒60。射角、左30度から右45度。……死角は、機体後方の下方7メートル)


彼女は「スカイ」のスロットルを極限まで開放し、音の壁を突き破る爆発的な加速で機銃の射線をかいくぐった。弾丸が彼女の銀髪を数本切り裂くが、彼女は瞬き一つしない。


そのまま爆撃機の巨大な腹の下へと滑り込むと、彼女は背中の魔道銃剣を抜き放ち、ボルトを引いた。

今回は、術式を使う。


(術式展開。複合圧縮、貫通付与、内部破壊――『徹甲爆縮弾』)


銃身の術式回路が赤熱し、膨大な魔力が一発の鉛玉に込められる。

エリスは爆撃機の爆弾倉の真下、最も装甲が薄いハッチの隙間に対して銃口を押し当てた。


「落ちなさい」


ズガァァァァァァァンッ!!!!


発射された魔力弾は、爆撃機の装甲を紙のように貫通し、機体内部に積載されていた数百発の航空爆弾に直撃、これを完全に誘爆させた。

空中で太陽が生まれたかのような大爆発が起こり、巨大な重爆撃機が内部から真っ二つに裂け、紅蓮の炎に包まれて四散する。


「1機目。次です」

エリスは爆風の余波を「スカイ」の推進力に変換し、流れるような動作で2機目の爆撃機へと取り付く。


『ひ、ひぃぃっ! 悪魔だ! 白銀の悪魔だ!』

『散開しろ! 爆撃を中止して退避だ!』


目の前で巨大な爆撃機が一撃で木端微塵にされたのを見た残りのメードル軍パイロットたちは、完全に恐慌状態に陥り、編隊を崩して逃走を図った。


しかし、エリスは冷酷に照準を合わせ、次弾を装填する。

「逃がすわけがありません。あなたたちは、帝国の空を汚したのですから」

パァン! パァン!

正確無比な射撃が、逃走を図る爆撃機のエンジンを次々と撃ち抜いていく。黒煙を吹き、旋回能力を失った巨大な鉄の塊が、ローゼンベルクの空から次々と墜落していく。


戦闘開始から、わずか15分。

帝国軍第4中隊のミュラー中尉たちは、遥か下方から、ただ口を開けてその光景を見上げることしかできなかった。


サントラ軍の3個中隊(36機)は、レオンハルト中尉とマイヤー曹長率いる第101大隊の「物理的白兵戦」によって完全にすり潰され、全滅。

そして、メードル合衆国軍の誇る重爆撃機編隊(5機)は、エリス・サントリー大尉たった一人の手によって、全て空の塵と化していた。


第101特殊魔道大隊、損害ゼロ。

敵軍、完全殲滅。


『……大隊長殿。こちらレオンハルト。護衛中隊の掃討を完了しました』

『ご苦労様です、副隊長。爆撃機の処理も完了しました。これより、本大隊は哨戒空域を広げ、敵の第二陣に備えます』


エリスは銃剣の硝煙を風で吹き飛ばすと、背中に納め、何事もなかったかのように通信機で指示を出す。


下層で待機していたミュラー大尉は、震える手で通信機のマイクを握った。

「……こちら、第4中隊。第101大隊、援護感謝する。あ、あの……何とお礼を言えば……」

歴戦の大尉が、年端もゆかない少女大尉に対して完全に萎縮していた。それほどまでに、彼らが見せた戦闘は次元が違いすぎたのだ。


『第4中隊は速やかに基地へ帰投し、再編成を行ってください。あなたたちの命は繋がりました。次は、無駄に死なない戦い方を学ぶことです』

エリスの冷たい、しかし確かな生存へのメッセージが返ってくる。


ミュラー中尉は深く息を吐き出し、天を仰いだ。

「……聞いたか、お前ら。あれが『白銀の悪魔』だ。あれが、参謀本部直轄の、化け物どもの集まりだ」


部下の一人が、引き攣った笑いを浮かべながら答える。

「ええ……。でも中尉。敵から見れば悪魔でしょうが、俺たちから見れば、最高の救世主ですよ」


統一暦1926年、春。

「白銀の悪魔」率いる第101特殊魔道大隊の初陣は、完璧なまでの殲滅劇をもって幕を閉じた。彼らの存在は、メルド帝国軍にとっては勝利の女神として、そして三国協商にとっては、決して触れてはならない逆鱗として、大陸全土にその名を轟かせることとなる。


だが、大隊長であるエリス・サントリー大尉の瞳は、依然として冷ややかなままであった。彼女にとって、この勝利すらも単なる「任務の完遂」に過ぎないのだから。

戦火は、まだ止まない。

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