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魔道戦記 ~航空魔道師の伝説~  作者: 百夜


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第一話 初陣

統一暦1925年、春。

大陸は、鉄と血、そして魔力が支配する焦熱の坩堝と化していた。


中央大陸に覇を唱える新興の工業国家・メルド帝国、およびその同盟国であるエゴロ王国。対するは、旧来の権益を死守せんとするサントラ共和国、西方の大国メードル合衆国、そして北方海域を支配するウール王国からなる「三国協商」である。両陣営の対立は長きにわたる国境紛争を経て、ついに全面戦争へと発展した。


泥濘にまみれた地上では、陸軍の歩兵たちが泥と血に塗れながら塹壕を掘り、主力武器である「銃剣」を握りしめて突撃を繰り返している。砲弾が大地を抉り、生身の人間がひしゃげた鉄屑のように吹き飛ぶ凄惨な消耗戦。

だが、この時代の戦場の覇者はもはや地上にはいない。

戦局を左右するのは、空を舞う死神――「航空魔道師」たちであった。


「スカイ」と呼ばれる、魔力駆動型の飛行用魔道具。これを腰部から脚部にかけて装着し、重力から解き放たれた魔道師たちは、上空から地上を蹂躙し、あるいは敵国の魔道師と三次元の死闘を繰り広げる。彼らの得物もまた銃剣であるが、そこに込められるのは単なる鉛玉ではない。銃に自らの魔力を通し、弾丸に「爆破」や「貫通」といった術式を付与することで、一発の銃弾を大砲以上の威力を誇る凶器へと変貌させるのだ。


メルド帝国帝都、最高軍事会議室。

重厚なマホガニーの円卓を囲む帝国軍上層部の顔には、一様に濃い疲労の色が滲んでいた。


「サントラ共和国軍のラインハルト方面での攻勢は、依然として衰えを見せません。奴ら、ウール王国からの物資支援を受け、魔道大隊をさらに増援に回してきた模様です」

ヴィルヘルム・フォン・マクシミリアン少将が、指揮棒で巨大な大陸地図の一部を指し示しながら報告する。

「対する我が帝国の防衛線は?」

上座で腕を組む帝国軍参謀本部総長、フリードリヒ・ツィーグラー大将が低く嗄れた声で問うた。

「現在、第3航空魔道師団が防衛にあたっておりますが、消耗が激しく……。師団長であるクライスト大佐からも、早急な人員の補充を求める要請が届いております。魔道師団は定数240名(5個大隊)ですが、現在は稼働率が7割を切る状況です」

「新兵の補充はどうなっている? 士官学校の卒業生がいるだろう」

隣に座るハインリヒ中将が苛立たしげに口を挟む。

「はっ。先日、帝国軍航空魔道士官学校の第104期生が前倒しで卒業を迎えました。彼らを即座に各中隊へ配属し、小隊長として前線に投入する手はずが整っております。ただ……」

マクシミリアン少将は、手元の書類に目を落とし、少しだけ声を潜めた。

「今期の卒業生の中に、少々『規格外』の者がおりまして」

「規格外だと?」

「ええ。エリス・サントリー少尉。座学の成績は中の上といったところですが、彼女の保有する魔力量と、それに伴う術式展開の火力が……我々の常識を逸脱しています。士官学校の演習場を三つほど、文字通り『更地』に変えました。彼女をラインハルト方面、第3航空魔道師団・第2大隊に配属しました」

ツィーグラー大将はふっと口角を上げた。

「面白い。実戦でどれだけ通用するか、見物だな」


同日、ラインハルト方面、帝国軍前線基地。

空はどんよりとした鉛色の雲に覆われ、遠くからは絶え間なく重砲の地響きが鳴り響いていた。オイルと硝煙、そして微かな血の匂いが混じった空気を肺に吸い込み、エリス・サントリー少尉は自らの軍服の襟を正した。


銀色の髪を後ろで無造作に束ね、小柄な体躯に不釣り合いなほど無骨な長銃身の魔道銃剣を背負っている。彼女は昨日、士官学校を卒業したばかりの15歳であった。しかし、その肩に輝く少尉の階級章は、彼女がすでに一個小隊の命運を握る指揮官であることを示している。


「第2大隊、第1中隊、第3小隊長に任ぜられました、エリス・サントリー少尉です。本日より着任しました。よろしくお願いします」


テントの中で彼女を出迎えたのは、歴戦の泥と疲労が染み付いた3人の部下たちだった。

航空魔道師の基本編成は、小隊長(少尉)を含む4人で1個小隊を形成する。3つの小隊が集まり12人で中隊(中隊長は中尉)、3つの中隊に本部要員を加えた48人で大隊(大隊長は大尉)を構成するのが帝国軍のドクトリンだ。


エリスの前に立つのは、副隊長を務める古参の兵士だった。

「ハンス・マイヤー三曹です。小隊の副官を務めさせていただきます。……ずいぶんと若い少尉殿が来たもんだ。お嬢ちゃん、実戦の経験は?」

顔に大きな傷跡を持つマイヤー三曹が、値踏みするような視線を向ける。

「士官学校の演習のみです。実戦は今日が初めてになります」

エリスが淡々と答えると、後ろに控えていた二人の兵士が顔を見合わせた。

「カール・シュミット伍長です。よろしく頼みますよ、隊長殿」

「トーマス・ワーグナー上等兵です……あー、その、死なないように頑張りましょう」

若い将校が前線に送られてきては、数日で肉片に変わるのを何度も見てきたのだろう。彼らの目には明らかな不安と、諦観が混じっていた。


エリスは表情を変えず、ただ短く頷いた。

「ご心配には及びません。私の指示に遅れずについてきてさえくれれば、あなたたちを死なせることはありません。魔道具『スカイ』の同調チェックを。10分後に哨戒任務に出ます」


「高度3000、雲層の直下を維持。風速15メートル、南西の風」


空を切り裂く風切り音の中、エリスの声が通信用の術式を通じて小隊員の耳に響く。

魔道具「スカイ」から青白い魔力光が噴射され、4人の魔道師は鳥のように空を滑空していた。眼下には、帝国軍とサントラ共和国軍が対峙する泥だらけの塹壕線が、幾重にも連なる幾何学模様のように広がっている。


『少尉殿、レーダー術式に感あり。方位0-4-0、距離8000! 敵影およそ12。サントラ共和国軍の魔道中隊と思われます!』

最後尾を飛ぶシュミット伍長から切迫した報告が入る。

「1個中隊か……。高度を落として雲に紛れるか、迎撃態勢を取るか、少尉殿、指示を!」

マイヤー三曹が通信機越しに怒鳴る。敵は12人、こちらは4人。数で言えば3倍だ。通常であれば本部に救援を要請し、遅滞戦闘に持ち込むのがセオリーである。


しかし、エリスは無表情のまま背中の魔道銃剣を抜き放ち、カチャリとボルトを引いて初弾を装填した。


「全機、安全装置解除。私に続いて突撃します」

『はぁ!? 少尉殿、正気ですか! 敵は1個中隊ですよ!』ワーグナー上等兵が悲鳴を上げる。

「問題ありません。私が先陣を切ります。あなた方は撃ち漏らした敵の掃討と、私のカバーをお願いします」


エリスは「スカイ」の出力を最大に引き上げた。莫大な魔力が機関部を駆け巡り、爆発的な推進力を生み出す。彼女の身体は、まるで砲弾のように一直線にサントラ共和国軍の中隊へと突っ込んでいった。


サントラ共和国軍、第8航空魔道中隊。

中隊長であるジャン・ピエール中尉は、接近してくる単影の帝国魔道師を見て鼻で笑った。

「たった1機で突っ込んでくるとは、帝国軍の士官は狂人ばかりか? 第1小隊、迎撃しろ。蜂の巣にしてやれ!」

サントラ軍の魔道師たちが一斉に銃を構え、銃口から無数の光弾が放たれる。だが、エリスは空中で信じられないほどの急制動と急旋回を繰り返し、弾幕の隙間を縫うようにして距離を詰めていく。


「なっ……なんだあの機動は!? 狙いが定まらん!」

「慌てるな! 弾幕を張れ!」


エリスは敵の射程圏内に入ると同時に、銃剣を構えた。

通常、航空魔道師の戦闘において、10人の敵を撃墜した者は「エース」、30人以上で「ハイエース」、そしてそれらの称号を持つ者は総じて「ネームド(二つ名持ち)」と呼ばれ、敵味方から畏怖の対象となる。

今日、この空で、新たなネームドが誕生する瞬間であった。


エリスは銃身に自らの莫大な魔力を注ぎ込む。銃身に刻まれた術式回路が赤熱し、限界を超えた光を放ち始める。

(術式展開。複合圧縮、爆発拡張、属性付与――『重圧爆縮弾メガロ・エクスプロージョン』)


「消し飛びなさい」


エリスが引き金を引いた瞬間。

銃口から放たれたのは、単なる魔力弾ではなかった。それは極限まで圧縮された高密度の魔力塊。

敵陣の中心に到達した瞬間、それはまるで現代の大型ミサイルが直撃したかのような、圧倒的な大爆発を引き起こした。


ズドォォォォォォォォンッ!!!


空中で太陽が生まれたかのような閃光が瞬き、直後に鼓膜を破るほどの爆音と、物理的な衝撃波が空域全体を揺るがした。

「ぎゃあああああっ!?」

「防壁術式、突破され――!?」

ピエール中尉の悲鳴もろとも、サントラ共和国軍の魔道師たちは爆炎に飲み込まれ、まるで木の葉のように空から叩き落とされていく。一撃。たった一発の銃弾が引き起こしたミサイル並みの爆破によって、サントラ軍の中隊は半壊、いや、一瞬にして8機が撃墜(蒸発)した。


『な……なんだと……!?』

後方でカバーに入ろうとしていたマイヤー三曹、シュミット伍長、ワーグナー上等兵の三人は、空中で完全に硬直していた。彼らの目の前には、巨大な黒煙のドームが広がっており、その中から悠然と飛び出してくる小柄な少尉の姿があった。


「生き残りが4機います。マイヤー三曹、左翼の2機をお願いします。右の2機は私が処理します」

エリスは感情の起伏を一切感じさせない平坦な声で指示を出すと、再び「スカイ」を加速させた。


「ひ、ひぃぃっ! 化け物だ! 悪魔だ!」

生き残ったサントラ軍の兵士(二等兵と一等兵の階級章をつけている)が、完全に戦意を喪失して背を向け、逃走を図る。だが、エリスは冷酷なまでに正確な射撃姿勢を取り、今度は「貫通」の術式を付与した弾丸を連射した。

光の筋が空を切り裂き、逃げる敵兵の魔力防壁をいとも容易く紙のように貫き、心臓と頭部を正確に撃ち抜いた。血飛沫が空に舞い、動かなくなった骸が重力に従って地上へと墜落していく。


「……少尉殿。こちらマイヤー。残る2機、撃墜しました」

通信機から、どこか震えるような声で報告が入る。


「了解しました。これより哨戒ルートに戻ります」

エリスは銃剣についた硝煙を風で吹き飛ばすと、静かに背中に納めた。


初陣にして、瞬きする間に1個中隊を壊滅に追いやった。エリス自身による直接の撃墜数は10機。

出撃からわずか数十分で、彼女は「エース」の称号を手にしたのである。


統一暦1925年、春。

メルド帝国の空に、ある一人の少女がその華々しくも凄惨な産声を上げたのであった。

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