084_力技
「長距離スキャンでこの空域の小惑星の分布を確認しろ」
クラフトの低い指示が艦橋に響いた。
「了解、モニターに出します」
ナビの電子音声が応じ、前方のホログラムに数万単位の点群が浮かび上がる。
小惑星群はこの宙域にランダムに散らばっていたが――そのうち一部が、明らかに異常な軌道で《プロメテウス》へと向かって移動を始めた。
「おいおい、まさかあれ全部そうなのか」
クラフトが眉をひそめる。「二十億クレジットじゃ割に合わないな」
軽口めいた苦笑が漏れるが、誰も笑わない。
「測定結果出ました」博士が報告する。「小惑星の数はおよそ十万。サイズは直径百メートル前後でほぼ均一です。最初の接触まで十五分二十一秒。」
「博士、さっきの方法は通じるか?」
「正直わかりませんね。サイズが違えば機能も違うと考えるのが妥当でしょう。通信プロトコルは同じかもしれませんが、試してみないとなんとも。」
「そりゃそうだ」クラフトが肩をすくめる。「動作が止まっても、これだけの数を処分するのも手間だな。」
「一部しか動き始めていないところを見ると、それぞれに活動範囲があるのかもしれません」博士が続ける。
クラフトは腕を組んだまま黙考した。「クレア、この宙域からの脱出ルートで隕石群が手薄なコースはあるか?」
「ありません。どのコースをとっても大差なし。密度分布に偏りは見られません。」
「……だろうな。」
クラフトは薄く笑った。
「完全にはめられた。どこの誰かは知らないが、見事な罠だよ。見破れなかった。
仕方ない、穏便に突破するのはあきらめるか。」
「カイ、接近する小惑星の中で一番近い奴に無人シャトルを接近させろ。ギリギリまで寄せて急速離脱だ。やつらの反応と通信プロトコルを計測したい。」
「了解。」
カイが無人シャトルを遠隔操作し、接近する小惑星の表面すれすれをかすめるように通過――その瞬間、
空間が白光に包まれた。
すさまじい爆発が起こり、周囲の岩塊が霧散する。
「おおっ、こいつは攻撃しなくても爆発するのか!」
クラフトの声が楽しげだった。
カイは呆れたように顔をしかめ、クレアが横目で睨む。
ラボにいた博士がモニターを食い入るように見つめ、呟いた。「おもしろい。」
「キャプテン、シャトルの観測データを分析しました。通信プロトコルは以前と同じ。ターゲットの識別はスラスター反応を基準にしているようです。爆発規模から判断すると、自爆型。外的攻撃、あるいは敵が接近して逃げようとすると自爆する仕組みでしょう。」
「ああ、俺もそう思う。」
クラフトは楽しげにうなずく。「あとは自爆のトリガー距離を割り出せれば、急接近と急速離脱で自壊を誘導できるかもしれんな。ブラスターを撃ち続けたら、さすがにエネルギーが持たない。」
「キャプテン……まさか、あれをせん滅する気ですか?十万はいますよ?」
カイが信じられないという顔で問う。
「まあ、全部とはいわないさ。撤退するにしても多少は削らないと道が開けない。」
「いや、それにしても無茶すぎる……。」
「さて、議論している時間もない。」
モニターの中で隕石群が一斉に稼働を始めた。
クラフトはペダルを踏み込み、オートパイロットを解除する。
「向こうから突っ込んでくる。回避するか、撃ち落とすかだ。総員、シートに座ってろ!」
プロメテウスが轟音とともに加速し、迫りくる隕石群へと突っ込んでいく。
シールドが青白く輝き、船体が振動する。
「カイ、シールド展開、最大出力。まずは自爆の起動距離を計測だ。」
「了解!」
プロメテウスは小惑星の間をすり抜けながら、ギリギリの距離で回避を続ける。
爆発した個体、反応しなかった個体――その差異を博士が解析していく。
「キャプテン、分析結果出ました。ランダム性が高いですね。接近と離脱を繰り返しても安定した反応が取れません。こりゃあ困りましたねぇ。」
明らかに楽しげな博士の声。
クラフトは苦笑を浮かべる。
「博士、楽しそうなのは何よりだ。」
隕石群の密度が急上昇する。
ブラスターとパルスレーザーが火を噴き、無数の光跡が宇宙を走った。
それでも包囲網は崩れない。どの方角にも抜け道が見えず、じり貧は明らかだった。
「博士、次の手だ、何とかしろ!」
「はいはい、今やってますよ~。」
博士はぶつぶつ独り言を言いながら、モニターを凝視する。
「……ほほう、興味深い。小型型と同じプロトコルだが、通信密度が高い。原始的な暗号化通信だ。キャプテン、どう見ます?」
「暗号化されてるってことは、解かれるとまずい内容ってことだ。できるか?」
「さすがですキャプテン。船の演算リソースを集中すれば解読できるでしょう。おそらく楕円曲線暗号ですね。超次元幾何学演算で処理するとして、、、解けますね。ただし解読中は船体AIが10分間使えなくなりますので目で見て回避してください。」
「!!!」
クラフトの表情が一瞬で引き締まる。
「10分、か。目視対応、いいだろう、やれ。今すぐだ。」
「了解、全演算リソースをラボに回します。」
「聞いたな!」クラフトが鋭く指示を飛ばす。
「今から十分間、AIの補助は停止する。これ以降は人間の目で監視だ!」
「了解!」
艦橋にカイとクレアの声が重なる。
クラフトは続けて他乗組員に指示を出す。
「メディカルチーム、あなたたちもモニター監視に参加してもらう。死角を減らす。異常な光量変化や衝突予兆を検知したら即報告だ。」
「了解、医療スタッフも視覚監視に入ります!」
護衛チームも応じた。
「セキュリティ、船外カメラと補助センサーを担当。周辺宙域をリアルタイムで監視する。視認したら即、艦橋へ!」
「了解、護衛チーム監視態勢に入ります!」
全艦が一体となり、嵐のような隕石群へ挑む。
艦橋、医療区画、ラボ、機関室――それぞれのセクションで、クルーたちが震える手でモニターを追う。
AIに頼らず、己の目で宇宙を読み取る。
その緊張感が、まるで金属をきしませるように艦内を満たしていた。
「キャプテン!」
カイの叫び。
「右舷、距離一三〇〇、接近速度一二〇キロ!」
「見えてる!」
クラフトが操縦桿を引き、プロメテウスがわずかに姿勢を変える。
すれ違いざまに爆発――青白い閃光が船体を舐める。
シールドが一瞬きしんだ。
「シールド損耗率三%! まだ持ちます!」
「上等だ。……博士、あとどのくらいだ?」
「あと七分三十秒!」
「長ぇな!」
続く連鎖爆発、閃光、警告音。
それでもクラフトは笑っていた。
「面白ぇ。――やれるもんなら、やってみろ。」
彼の手の中でプロメテウスが獣のようにうなりを上げる。
人工知能の補助を失っても、艦は人間たちの意志で生きていた。
誰一人として目を離さず、誰一人として恐怖に屈しなかった。
十万の隕石型兵器。
それを、ただの人間の目と判断で凌ごうという無謀な賭け。
だが、この瞬間――《プロメテウス》のクルーたちは、確かに“生きた戦艦”そのものだった。




