059_静かなる通過
予選1日目。
展示会場の外縁に作られた特設競技エリアは、朝から熱気に包まれていた。
参加者数は四千名を超えていた。
そのうち半数が、今日だけでシミュレーターに乗る。すでに会場の電光掲示板には「一次予選:進行中(進行率38%)」の表示。各地で“勝った者”の名が表示されては、すぐに塗り替えられていく。
観客席ではすでにSNS配信が行われ、早くも“注目選手”ランキングが形成されつつあった。
だが、その中にクラフトの名前はない。
〈Pilot ID: 1024987 / CRAFT〉
〈指定ゲート:レーン22〉
「機体データ受信完了。同型機、性能差なし」とAI音声が告げる。
レーンに到着したクラフトは、ポッドの中に静かに座り、呼吸を整える。
彼が搭乗する機体は、他の参加者と同一仕様。予選ラウンド1〜3までは、実力以外の要素を排除するため、“完全統一仕様”が徹底されていた。
「本気で勝ちすぎないようにな」と、クラフトは小さくつぶやいた。
ポッド内、照明が落ちる。
視界が仮想空間に切り替わり、〈ルーテ峡谷〉の戦場が広がった。
カウントダウン。
相手機との距離は中距離。視界は晴れ、遮蔽は少なめ。
真正面からの撃ち合いに持ち込むには適したステージ。
――だが、それは避けた。
開戦と同時にクラフトは旋回。先に撃たせ、回避の動きを見せながら軌道をずらす。逆にこちらからは狙わず、時間いっぱいまで牽制を続けた。
観客席には、もどかしさが漂い始める。
《なんで攻めない?》
《慎重すぎじゃない?》
《カメラ追ってても地味すぎて眠くなる》
だがクラフトは意に介さない。
相手のブラスター残弾。ミサイルの予備数。オーバーヒート時間。視点の癖。旋回速度のわずかな偏差――
すべてを把握し、「今なら撃てる」と思った直後にも撃たない。
焦らせ、誘い、引き出し、ギリギリまで“接戦”を演出する。
相手が“勝てるかも”と確信したその瞬間、クラフトは背後へ回ってロックオン。零距離ブラスター一撃で撃破。
時間残りわずか、判定は勝利。
だがスコアは“C+”――命中率・機動評価は極端に低く、「紙一重の勝利」と記録された。
ポッドを出たクラフトを、クレアが呆れ顔で出迎えた。
「……あの動き、大穴を演じるつもりですね」
「ギリギリすぎませんか?ナビちゃんなんて途中で寝かけてましたよ?」
通信越し、ホテルの展望ラウンジからナビの声が入る。
「にゃぁあ~……本気出さにゃさすぎて眠かったにゃ。カメラにすら映らなかったにゃ。いっそ予選落ちすれば注目されなくて済むにゃよ」
「それは困る」とクラフトが返す。
「通過はしたし、順位も低め。いい感じに目立ってない」
「完璧だ」
「完璧って……」クレアは額に手をあててため息をついた。
観客席では、少数の解析屋だけがその戦いに反応していた。
「なにあの試合運び……回避精度、読解力、誘導タイミング……見れば見るほど、わざと地味にしてる」
「バケモンだな、あの男」
だが、それも注目ランキングには反映されない。
登録名は“CRAFT”、戦績は“C+”、動画の再生回数は低いまま。
本気を出していない、ということすら気づかれない。
それもまた、彼の戦術だった。
〈現在:一次予選通過者 1536名/2048名〉
クラフトの名前は、順位表の下の方に小さく載っていた。
ギリギリ、安全圏。だが誰の目にも留まらない、曖昧な位置。
──予選、本格始動。
だが彼は、まだ半分も“力”を見せていない。
すべては、後の賭けフェーズで“仕掛ける”ために。




