058_ライムワード級宇宙船
シャトルの座席に身を沈めたクラフトは、無言のまま窓の外を見つめていた。
静かに上昇する機体の下で、ノイア・ヴェルクの都市の輪郭が遠ざかっていく。広告ドローンの光も、ホバーカーの尾光も、すべてが徐々に小さな点になっていく。やがて空は紺に変わり、視界の果てに宇宙の深い闇が現れた。
ナビは膝の上で丸くなりながらも、ときおり尻尾だけを小刻みに振っている。クレアは端末で〈ライムワード級〉の詳細スペックを確認していた。やがてシャトルの進行方向に、それは見えた。
漆黒の宇宙に浮かぶ一筋の光。艦体全体が細身でありながら、中心部にはしっかりとした骨格が通っており、構造的な美しさと実用性を見事に両立させている。
――〈ライムワード・プロトタイプ03〉。
管制塔からの認証を受け、シャトルは側舷のドッキングポートに静かに接続した。
無音の世界。扉が開くと、人工重力がかかった艦内へ、三人と一匹は足を踏み入れた。
「ようこそ。現在は展示モードですので、各セクションの電力は最小限に保たれています」
女性スタッフが説明しながら、先導する。廊下の壁面にはソフトライトが灯り、足音が艦内に柔らかく反響した。
最初に案内されたのは艦橋だった。
視界のほぼ半分を覆うパノラマ型の観測ウィンドウ。だがただのガラスではない。特殊構造の投影パネルが宇宙空間の放射線を遮断しながら、リアルタイムで周囲を映し出す。
クラフトは一歩、観測窓に近づいた。
都市のように煌びやかな何かがあるわけではない。ただ、闇。無数の星。
それだけなのに、不思議と胸の奥が騒いだ。
「この艦で、どこまで行ける?」
問いかけるように言ったクラフトの声に、案内スタッフが答える。
「現在の試算では、補給なしで7年。定期的な補給を前提とすれば20年。現在観測されている星域外、“未踏域”も視野に入ります」
未知の空間。見たことのない星系。誰にも記録されていない空白の星図。
クラフトの視線が、じっと何かを捉えるように窓を見つめた。
艦内をさらに進む。医療ユニットは自動診療ベッドと、重度な患者の再生処理を想定した医療プカプセルを備えた設計になっていた。科学観測エリアにはモジュール式の機材が並び、ミッションごとに機能を組み替えることができるようになっている。長い航海を想定して、素材を現地調達して必要なパーツを作るための開発設備も小規模ながら備えている。
「まさに、一隻で完結する空間ですね」とクレアが感嘆した。
そして最後に案内されたのは、居住ブロックと、艦尾に位置するカーゴデッキだった。
無骨な積載ユニットが整然と並び、その奥にある非常用の後部ハッチからは、再び星空が覗いていた。
「……全部あるな」
クラフトは低く呟いた。
「探査、医療、研究、生活、戦闘……悪くない」
大型艦船に興味はなかったクラフトだが、実機を目にすると感じるものがあった。
「……欲しくなった?」
不意にクレアが囁く。
クラフトは即答しなかった。だが、その沈黙は、肯定よりも肯定だった。
「こんな船があれば、どこまでも行ける。行ったことのない星、誰も知らない宙域、存在さえ疑われる小天体……」
「悪くない」
クレアがクラフトの口調をまねる。クラフトは苦笑いする。
「まあ、まずはバトルトーナメントに勝ってからだな。それからゆっくり考えよう……」
クラフトの指が、静かに艦体の内壁をなぞる。
この鉄の冷たさは、不思議なほどに温かかった。
誰かの思想が詰まっている。何かを成し遂げたいという意志が、金属に変わってこの艦を形づくっている。
「見学は以上になります。気に入っていただけたなら幸いです」
案内スタッフが微笑む。彼女の声には、どこか誇りのようなものが滲んでいた。まるで自分がこの船を作ったかのように。
シャトルに戻る前、クラフトは最後にもう一度、艦橋の窓から宇宙を眺めた。
遠くで、惑星の輪郭がわずかに陽光を反射している。その向こうには、未踏の虚空。
ナビが小さく呟く。
「ねぇ、クラフト。これ、買うの?」
クラフトは答えなかった。ただ、ふっと笑った。
その笑みには、懐かしさと、ほんのわずかな――希望のようなものが混じっていた。




