045_晩餐の出会い
ご閲覧ありがとうございます。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
夜の帳が降りる頃、惑星ノバスの迎賓館には、黄金色の光が静かに灯されていた。
海辺の風に包まれたその建物は、王宮の管理下にある格式高い社交場。今宵は王室主催の晩餐会。星々の各地から賓客が集い、地元の名士たちと交流のひとときを過ごす。
都市中心部の通路を走るビークルが一台、館の前で静止した。扉が開き、クラフトとクレアが降り立つ。
「……さすが王宮管理だけあるな。造りが違う」
クラフトが低くつぶやいた。純白の大理石で組まれた階段、星晶ガラスを用いた門扉、控えめに揺れる無音のホログラム灯。そのすべてが過剰さを避けつつも、確かな権威を湛えていた。
入口で身分照会を受けると、係官が丁重な態度で二人を迎え入れる。館内は温かな光に包まれ、中央ホールには長テーブルと立食用のラウンド卓がゆったりと配置され、上品な宮廷音楽が流れていた。
奥ではホストたる王女・セシリアが、水色のドレスを纏い、翡翠の瞳を湛えて来賓一人ひとりに丁寧な挨拶を交わしている。
「……あれが、この星のお姫様か。顔は覚えておこう」
クラフトは小さく頷きながらつぶやく。
そのとき、ギルドの役員たちが近づいてきて、出席に感謝を述べた。応対はクレアが担った。無機質に過ぎず、それでいて人間以上に冷静に、丁寧に礼を返していく。人々はその所作に自然と目を引かれ、興味津々といった面持ちで見つめていた。
しばらくしてクラフトとクレアは、案内されたラウンドテーブルに落ち着いた。ギルド関係者たちはすぐ挨拶回りに席を立ち、場は静かになる。
「やっと静かに食事ができるな」
「この方が落ち着きますね」
クレアがグラスを手に微笑んだ、そのとき――
「相席、よろしいでしょうか?」
明るく朗らかな声が飛び込んできた。振り向けば、柔らかな笑みをたたえた青年士官が立っていた。
「ゼフィリウス中尉です。少佐を探していたのですが、ギルドの方のお話が聞こえて来まして」
「クラフトだ。傭兵ギルドの所属で、今はシルバーランクってやつを名乗ってる」
「クレアです。彼のパートナーを務めています」
互いに簡単に名乗り合い、クラフトが手で促すと、ゼフィリウスは軽く礼をして腰を下ろした。
「クラフトさん、お名前は伺っております。ドクタスではご活躍だったとか。お会いできて光栄です」
「恐縮だ、そんなに言われるほどのことではなかったんだがね」
クラフトは軽く視線を泳がせながら応じた。ゼフィリウスは苦笑を浮かべる。
「あれがたいしたことではないとすると、世の中の大抵は些事ということになりますよ」
そのとき、背後から低く鋭い声が届いた。
「……ゼフィリウス。探したぞ」
振り向くと、銀に近い金髪を後ろで束ねた青年士官が立っていた。深紅の礼服を纏い、冷たい眼差しと圧倒的な威圧感を放つ。
「王女のお招きとはいえ、これは任務だ。忘れるな」
「もちろん、少佐」
ゼフィリウスは即座に頭を下げる。その隙を縫って、クレアが静かに声をかけた。
「こちらでご一緒にいかがでしょうか? せっかくのお招きですし、お料理もございます」
レオンは一瞬だけ視線を揺らしたが、すぐに頷く。
「失礼した。ご厚意に感謝いたします」
彼が席に着くと、ゼフィリウスがあらためてクラフトを紹介する。
「こちらはクラフト氏。傭兵ギルド所属で、ドアーズ星系での功績は、我々の部隊でも記録されています」
「名は聞いたことがある。確か、某企業連合の艦を護衛し……」
「撃墜数は三十七です」
クレアが静かに補足した。
「……なるほど」
レオンの目がわずかに細められる。
そのとき――
「楽しそうね?」
淡金の髪が揺れ、柔らかく光を反射するドレスの裾が揺れる。現れたのはセシリア王女。そしてその隣には、白銀の髪と蒼い瞳の青年――ユリオス皇子が並んでいた。
「混ぜていただいても?」
「もちろん。お席はこちらです」
クレアが自然に応じ、二人のために椅子を引いた。
「クラフト様ですね。先日の報告書、拝見しました。素晴らしい働きでした」
「恐縮です、王女殿下」
「でも……」セシリアはふと、翡翠の瞳を細めて言った。
「傭兵って、本当に危ない仕事ばかり?」
「まあ、大抵は命のやりとりですね」
「じゃあ、生き残ってここにいるってことは、それだけ強いってことよね?」
無邪気に聞こえながらも、どこか探るようなセリフだった。
レオンの眉がわずかに動く。
その様子を見て、ユリオスが穏やかに微笑んだ。
「少佐、ずいぶんと楽しげじゃないか」
「……警戒は怠っておりません」
「それでも、“社交”くらいは楽しんでくれよ。戦場じゃないんだから」
一同の間に、ふっと和やかな空気が流れた。
やがて、セシリアの侍女が小声で囁く。
「殿下、そろそろ他のご挨拶も」
「名残惜しいけれど、またどこかで」
セシリアが優雅に立ち、ユリオスもそれに続いた。レオンとゼフィリウスも軽く会釈し、後を追うように席を立つ。
彼らの背を見送りながら、クラフトは手元のグラスを揺らした。
(……おかしいな。単に美味い飯を食いに来ただけのはずなんだが。まるで全員伏線張りまくってる感じしかしねぇ)
クラフトは心の中で静かにぼやいた。
*
ビークルの中。車窓の外に、星々の光が流れていく。
「ゼフィリウス。……あれは、おそらくカテゴリ4のアンドロイドです」
クレアが静かに言った。
「歩幅の揺らぎがゼロだった。ありえないレベルで」
「心強い味方か、手強い敵か。判断は、まだ保留ですね」
*
一方、ソレント帝国軍の装甲ビークル車内。
「やはり直接お会いにならない方が良かったのでは?」
レオンがユリオスに尋ねる。
「宿敵になるかもしれない相手だ、見ておきたいじゃないか」
「お前はどう見た?」
「殿下が気にするほどの相手ではありません」
レオンは闇夜の向こうを静かに見つめていた。
(あの男が……銀色の戦闘艦のパイロットか)
*
一方その夜、王宮・私室にて。
白を基調とした優雅な寝室。翡翠色のカーテンが静かに揺れ、衣装掛けには先ほどまで纏っていた淡水色のドレスがかかっていた。
セシリア王女はシンプルな部屋着に着替えながら、大きな鏡の前に立って髪をほどいている。隣には侍女のリーネが控えていた。
「……今夜は、少しだけ進展したわね」
セシリアがぽつりとつぶやく。
「姫様にとって“少しだけ”というのは、随分と特別なことかと」
「ふふ。そうね。興味深い男がいたの」
鏡越しに笑みを浮かべるセシリア。
「傭兵ギルドの人間。名前は――クラフト」
「傭兵……ですか? 失礼ですが、姫様がそういったタイプに興味を示されるとは思いませんでした」
軽やかにブラシをかけながら、セシリアはふっと目を細める。
「興味を持ったのは私だけではなかったけれどね」
「できれば、身近に置いておきたいわ」
「身近に……と申しますと?」
「どうすべきかしらね。お茶会でも開こうかしら。王族として時々あるじゃない? 親交を深めるための」
「確かに、自然な流れかと。ですが、何故そのような人物を」
「それは、保険よ。単なる保険」
セシリアはそう言って、唇の端だけで微笑んだ。
侍女はそれ以上言葉を返さなかった。ただ一礼し、静かに寝室の灯を落とす。
夜は静かに更けていく。だがその中で、王女の心には、新たな駒を巡る構想が、すでに描かれ始めていた。
お読みいただきありがとうございました!
感想や評価をいただけると、執筆の励みになります。
引き続き、よろしくお願いいたします!




