044_それぞれの思惑
バルコニーから望む海は、まるで液体化した宝石のように輝いていた。ユリオス・ヴァル=ソレントはグラスを手に思案を巡らせていた。
彼が今立っているのは、惑星ノバスの王宮からほど近い最高級ホテルの最上階。バルコニーには遮るものがなく、星の海と地上の海が重なって見える。だが彼の視線は美しい風景ではなく、手元のタブレットに映し出された明日の晩さん会の出席者名簿に注がれていた。
「クラフト……あの傭兵か」
低く呟く声に、背後に控えていたレオンが反応した。「殿下、会わない方が良いのでは?」
ユリオスはうっすら笑みを浮かべた。「まあ、そうかもな」
帝国が進める軍備拡張計画。その中核を担うのが、ダイリチウム採掘のための鉱山確保であった。正攻法では時間がかかりすぎる。そこで帝国の諜報部は、海賊を使って採掘鉱山を襲撃・占拠し、裏から資源を流すという策を講じた。
結果として、確保には成功した。しかし、確保できた鉱山惑星は未稼働のため、採掘する手間が増えた、本来であれば、稼働中の鉱山を労働者含めて奪取する計画だった。
「まさか嗅ぎつけているとはね。企業連合は情報戦に疎いと思っていたが、こちらの油断だったな」
レオンは眉をひそめた。「殿下、あの傭兵……警戒を」
「当然だ。しかし同時に、興味もある。どこまで我々にとって“都合の悪い存在”になるのか」
視線を海へ戻し、ユリオスは深く息を吐いた。「……明日の晩さん会は面白くなりそうだ」
一方、王宮の一室では。
「姫様、明日の晩さん会……あの殿下と再会するんですよね」
王女セシリア・リュミエール=エクシオールは、鏡の前で髪を整える手を止め、侍女の言葉に小さく笑った。
「ええ、でもあの人、私に会うためだけにこんな遠くまで来るような人じゃないわ」
侍女が小首をかしげる。「でも殿下、毎年この時期になると必ず訪れていますし、留学時代からの……その、旧友と伺っておりますし」
「旧友、ね。そうね。けれどユリオスはそういう“軽い男”じゃないの。目的があるときだけ、来るのよ」
セシリアは立ち上がり、窓の外を見つめた。風に揺れるカーテンの隙間から、夜のノバスの街が輝いている。
「最近起きたことで、彼が気にしそうなことと言えば……ドクタスでのゲイト奪取事件。そして宇宙生物“ワーム”の討伐」
「でも、そのどちらも、帝国から遥か遠い星系での出来事なのよね」
「何のために来たのかしらね」
王女は瞳を細めた。「あの人のやり方はいつもそう。理知的で、冷静で……でも決して侮れない」
侍女がぽつりと呟いた。「姫様は……殿下のこと、お嫌いですか?」
「嫌いではないわ」
窓の外、星空には穏やかな風が吹いている。
「昔はもう少し素直だったのに……」
思惑は静かに交差しながら、明日の晩さん会へと向かっていた。




