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棲み潜む空腹:第六話

「事の起こりは、一ヶ月……いえ、一ヶ月半ほど前に遡ります。仲良くしていた友人が、突然学校に来なくなってしまったんです」


カップの中身を半分ほど残し、真剣な目をした虎落さんが語る。

一ヶ月半、かぁ……その頃は確か……溝出の事件が終わってすぐくらいだと思うんだけど……。

その他に、何かあったかしらねぇ?

頭を捻ってみるけど、ピンとくる出来事があんまりない。

周さんの方にチラリと視線を向けると、私とおんなじ「何かあったっけ?」っていう顔をしてる。


「そいつは米田というのですが、学部こそ違えど何故か気が合って、学校を休んでいた後もぽつぽつと連絡を取っていたんです。それが、十日ほど前に下宿先からも姿を消してしまって……」

「まぁ……それは心配ですね」

「姿を消した、って言うのは、自らの意志で出奔したってことか? それとも、誰かに連れ去られたとか?」

「それが、手がかりが何もなかったんです。部屋が荒らされた感じもなかったし、かといって書置きなどもなくて」


ふむふむ……。部屋が荒れてたら無理やり連れ去られた可能性も高かったんだろうけど、虎落さんの話を聞く限りそうではないみたい。

これじゃあ、穏便に連れて行かれちゃったのか、フラリと姿を消したのか……ちょっと判断に困るわね。

……あれ? でも、さっきのお茶屋さんで「友人と別れて云々」って言ってたわよね?

ってことは、ご友人さん自体は見つかった、ってことなのかしら?


「ああ、気付かれましたか。ええ。つい二日ほど前に、朝草で米田を見かけたという話を聞いたんです。それでようやく見つけることができて……」

「その帰りにブッ倒れかけて、オレたちに拾われた、ってわけかぁ」

「はい。経緯としてはそうなるかと」


ピンと閃いた私に気付いたのか、虎落さんが小さく頷いた。

予想が当たってた嬉しさと、ご友人さんが見つかって良かったっていう安堵が胸に灯る。

……でも、行方不明だったご友人さんが見つかった割に、虎落さんの顔は暗いまま。

他にも懸念すべきことがあるのかしら?


「友人が見つかったんなら良かったじゃないか! 出奔の理由は聞けたのか?」

「実は、今回はそれに関することをご相談したかったんです」


そんな私の疑問を知ってか知らずか……横で話を聞いていた周さんが、ズバリと切り込んだ。

その問いに一つ大きく息を吸い込んだ虎落さんが、舌先で唇を湿らせながら先を続ける。


「確かに僕は、朝草で米田と再会できました。できは、したのですが……アレが米田だったとは、到底思えないんです」

「それは、どういう意味だ? 別人じゃないかと疑うくらいに様変わりしてた、ってことか?」

「様変わりは、確かにしていました。でも、それが問題じゃない。全く話が通じなかったんです!」


話してるうちに、その時のことを思い出して興奮しちゃったんでしょうね。

周さんが話を聞きだそうと水を向けたのに答える虎落さんの声は、吃驚するくらい大きかった。

思わず虎落さんを見つめた私たちの視線に気づいたのか、ハッとしたように息を飲んだ虎落さんがしゅんと肩を落とす。


「す、すみません……あいつの様子を思い出したら、つい……」

「いいってことよ。友人の様子が目に見えておかしいとなったら、そりゃ冷静じゃいられないよな。でも、おそらく、その時の様子が大事になってくると思うんだ。話してもらえるか?」

「ええ、もちろんです。浅草であった時の米田は、僕が知ってる米田ではなかった……もともと肉付きがいいやつではなかったんけど、たった十日でガリガリに痩せて、落ちくぼんだ目だけがギラギラ輝いてて……」


周さんの要望に〝是〟と答えたものの……話してる間に、テーブルに肘をついた手の中に虎落さんは顔を埋める。

ご友人の姿が、よっぽどショックったんでしょうね。

それを悟ったらしい周さんも、急かすことはせずに虎落さんのペースに任せることにしたようだ。


「アイツ、僕を見て笑いながら言うんです。『世界の真理が……世界の本当の姿がわかった』って……」

「……世界の、真理……」

「本当の姿、ねぇ……」

「もともと哲学畑の人間だったので、思索にふけりすぎるきらいはあったんです。でも、あんなふうなことを言い出すようなヤツじゃなかったのに……!」


どんどん昂っていく虎落さんから吐き出されるのは、どこからどう聞いても胡散臭い言葉だった。

うぅん……いくら〝考え方を見出す〟のを本文とする哲学畑にいる人とはいえ、そんなことを考えに行きつくなんてこと、ある?

……というか、〝神は死んだ〟っていう言葉を残した哲学者がいなかったっけ? あれ? これは夢の世界の話だっけ???


「『俺は神と一体化し、神と同じになる』って……米田はそう言ってました」


掌に埋めていた頭をゆっくり上げた虎落さんの顔からは、ごっそりと表情が抜け落ちていた。腕どころか、肩も、身体も……小刻みに震えている。

見開かれた目は真っ黒で……そのくせ、何も映していないように見えた。

ああ……〝絶望〟っていう言葉を体現すると、こんな顔になるのねぇ。


「なるほどなぁ……なかなか根が深そうな話だな、これは……」


黙って話を聞いていた周さんがポロリと零した言葉が、静かな店内に妙に響いた。

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